「深夜に未成年連れまわしてるのバレたら職業柄大問題じゃないんですか」
「心配しなくてもこれは職務質問っていうか教育的指導の一環だから大丈夫」

思いっきり私服着てるのに職務ってか。お仕事お疲れ様です。私よりも、其処等じゅうにいる厳つい顔したおじ様達の方がそれこそ質問のし甲斐があると思うんですけど?だなんて皮肉を飲み込むことにしたのは、山崎さんの顔が普段よりちょっと怖いからだ。こんな夜更けに警察官が女子高生相手に教育的指導を行うだなんて、何だか不健全な気がして奇妙な気持ちになった。

そもそもどうしてこのような状況になったのか。
久しぶりに連絡をくれた男友達と会うことになったのだが、去年付き合っていた頃より髪型や服装などだいぶ垢抜けていて、女の扱いまで手馴れている様子を目の当たりにして不可解な拒絶反応を示した。食事を済ませた後、すんなりとホテルに入って躊躇いもなく服を脱がそうとしてきたところを何とか制止して、男を風呂場へと追いやったまではいいが、こっちは完全に萎えてしまっている。そもそもこの男と体の相性が良いわけではない。仮に相性が良くても全て楽しいかと聞かれれば多分違う。好きでもない相手に誘われてのこのこ付いて行ったのにも関わらず、事態に直面するまで気がつかなかった私が悪いんだけど、これ以上は無意味というか…必要のないことだと悟ったのでシャワーを浴びている男を部屋に置いたままホテルを出たが、不運にも山崎さんに見つかってしまった。
よりによって山崎さん。本当についてない。

「だいたいにして山崎さんもこの辺に居たってことはそういうことでしょ。相手待たせてんじゃないの」
「さあ、どうだろ」

先程までの険しかった顔が今、口の端が片方つり上がって少し意地が悪いものになっていた。その代わり私の顔面筋肉は少しも動かず、山崎さんから目を離せない。もし仮に私の教育的指導とやらで彼女を待たせているのであれば……このままずっとここに居座ってやろうか。と想像でしかない彼女像に嫉妬して独占欲をひん剥いているということは、自分が思っているよりも山崎さんのことを、まだ好きなのかもしれない。

小学生の頃、近所の交番を訪ねるとそこにいたのが山崎さんだった。通学路で拾った十円玉を渡すと大きな掌で私の小さな頭頂部を包み込み、優しい笑顔を浮かべながら小さな飴をくれた山崎さんに心惹かれてからというもの、度々自分の財布に入っている小銭を握りしめ、交番へ届けては山崎さんの笑顔や優しい声にドキドキしていたし、子供ながらに顔や耳を熱くさせていた。しかし成長していくにつれて、年齢が秩序であるかぎり私が山崎さんを追い越すことや肩を並べる事が不可能だということを自覚する。ましてや警察官だなんて市民と一定の距離感において親切にする職業柄、不適切な行動は慎むこと。それをきちんと知り理解していたつもりだった。

「名前ちゃんのこと小さい頃から見てるからさ、ホテルから出てきたところ見かけたときちょっとショックだったなぁ」
「処女だと思いました?」
「…そういうことじゃなくて、いや、そういう事なのかな。大まかに言うと」
「山崎さんが思ってるよりも私は大人になってますよ」
「そうみたいだね。俺だけ老いて取り残されてるみたいで寂しいな」

そうやって期待させるような言葉を軽々しく口にするから、私は諦めることも折れることも出来ずその代わり背徳感だけが肥大していく。だからもうどれだけ嬉しい言葉を掛けられたとしても、気のない返事をすることくらいしか出来ないのだ。

「名前ちゃん」

俯いていた私の目線を覗き込むようにして山崎さんが私の名前を呼ぶ。

「なんですか」
「聞いてた?寂しい、って」
「いい歳した大人がそんなこと言っても可愛くないですよ…」
「じゃあ名前ちゃんが言うときっと可愛いんだろうね」

一回り以上年下の子供相手だからといって、言って良いこと悪いことの区別はきちんとして欲しい。ただでさえ大人の真似事をしたり余裕をひけらかしたいと思っているにも関わらず、あっさりと私のゆとりを削っていき、心臓を潰そうとしてくる。

「可愛くないしそれ言う相手もいません」
「相手はいないのにホテルは行くんだ」
「…」
「若いんだからもっと自分を大切にしたほうが、」
「……私が寂しいのは、山崎さんに恋愛対象として見てもらえないことだけです」

もっと早く生まれたかった。そう無謀とも言える決意を伝えると、山崎さんは目を丸くさせた後に少し眉を下げ困ったような表情を浮かべていた。そして何も言葉を発さず何も聞こうとはしない。水晶のような綺麗な瞳にひどく情けない私の顔が小さく映っていて、それを見ないよう下を向き、そのまま何でもないようにストローを咥えたが、すっかり氷が溶けてしまったオレンジジュースは薄まってぼんやりとした味だった。

「あのさ……」
「……なんですか」
「今のって…深く考えても良いの?」
「…」
「返事がないってことは良いんだ」
「……やっぱり考えないでください」
「え」
「…」
「俺にとってすごく都合の良い思考にしかならないから、考えるのやめるの今ちょっと無理かも」

真剣に心臓が止まるかと思った。逸らしていた目線を再び山崎さんの方に向けると、真っ直ぐに真髄な眼でこちらを見ていて、もう目線どころか体までうまく動かなくなってしまったのだ。
恋愛を知っているつもりでいた自分がいかに浅はかだったか思い知らされる。一時間前好きでもない男に思わせ振りな態度をとっていた女が今更になってよどみない愛情を山崎さんだけに注ぎたい、だなんてお手軽で都合のいい考えが許されるのか、数年後どこかで山崎さんと過ごせる未来を考えたりしてもいいものなのか。そもそも…私のことを好きという解釈でいいのだろうか?いやでも本当に「好き」だなんて言われたら私はどうなってしまうだろう…このまま体が固まったまま死んでしまそうだ。

「…まぁ取りあえずもう遅いから家まで送るよ」
「あ、はい……あっでも私の部屋すごく散らかってる」
「未成年の家に上がり込む気はないから安心して」

あくまでも職務を貫く姿勢に若干気落ちしたけれどその後困ったような表情で笑う山崎さんが何だか可愛らしくてとても愛しくなった。
派手なネオンが煌めく歓楽街を抜けて閑静な住宅街に差し掛かると、微妙な距離をとっていた山崎さんが私の手に触れる。それから手の平をしっかりと握り指先同士を絡めた。生々しい体温が伝わり触れ合っている箇所が焼けるように熱く溶けてしまいそうで、思わず汗ばむくらい力強く握り返していた。聞きたいことはたくさんある。私のことをいつから女として見ていたのかとか、今現在恋人はいるのか…どちらも聞くのは怖いけれど、手を繋ぐだけでこんなにも嬉しくて恥ずかしくて胸がいっぱいで、喉の奥から言葉がでてこない。情けない。情けないくらい幸せだ。

「名前ちゃんのことちゃんと好きになれる頃には俺、もっと老いてるよ」
「わりとおじさんでもイケるんで大丈夫です」
「あ…そう、おじさん…ね…」
「山崎さんこそまわりにもっといい女いるでしょ」
「俺は若い子の方が好きだから」
「それはそれでちょっと嫌なんですけど…」
「ごめん嘘、若い子なんて興味ないよ。あ、興味ないはずだったの方が正しいかな」

このまま愛しい人が近くにいながら健全でいることがどんなにきついものか。抑え込んでいるものがいざ放たれたとき凄まじいことにならないのものか少し不安になった。そもそもあと数年先の未来に当たり前のように隣に山崎さんがいる想像をしてしまうのもどうなのかと思うが、その不安や臆病になる気持ちを否定してくれるのも山崎さんしかいないのだ。

「三年後、俺から言うからさ。そのときになったら返事聞かせて」