授業が始まって早々端末の画面に「屋上に来い」と表示される。何で?と返信しようか迷ったけどそのまま不調なふりをして教室を出た。普段来ることがない又は来る機会がない屋上は案外何もない。学生の憧れともいえようスポットは人の手入れが施されてはおらず冷たいコンクリート床はそこら中薄汚れていた。落下防止のフェンスに寄りかかる高杉の口元はいかにも悪そうにつりあがっていて、それだけで嫌な予感がした。

「告白でもしに来たか」
「誰に」
「俺しかいねぇだろ」
「……自分で言って恥ずかしくないの」
「別に。お前に対しては何の感動も持たないからな」
「……で、何の用」

睨むように視線を向けると高杉は憎々しげに鼻で笑う。
お互いバカだバカはお前だと罵り合ってきたが昔から絶対に口では勝てないし小生意気で可愛げがない。今となっては可愛げがないどころかひどく感じが悪い不良になってしまったのだが、一番身近にいた高杉が知らない間に大人の男になっていく一方で追い抜かれ取り残された私の恋愛活動は小学生の頃からまるで変わっていない。
好きな人がいるなんて一言も聞いたことがないのに、いつのまにか女の子と付き合っていつのまにか別れている。そして別れた相手は綺麗な人ばかり。まぁ恨みとか妬みは色々買い込んでるだろうけど。

「…最近銀時とやたら仲良くしてんの、なに」
「クラス一緒だし仲良くするのが普通でしょ」
「あ?」
「え、聞こえなかった?」
「お前さ、誰にでもへらへらしてんのな」

高杉はものすごく不機嫌そうで、一体何がお気に召さなかったのか一気に仏頂面へと変化していく。間の抜けた声で「はぁ?」とゆるく聞き返すと高杉の片方しかない目が私を捕えてそのまま食われて呑みこまれてしまいそうになった。私はこの目に弱い。目が合った瞬間から逆らえそうにないと思ってしまうからだ。

「…機嫌悪いね」
「お前のせいだな」

理不尽極まりない。私が何をしたと言うんだ…ああ坂田くん、クラスメイトの坂田くんが最近よく話かけてくるからそれに受け答えしているけど、私は高杉と違って人を選り好みするねじ曲がった性格じゃないし、坂田くんも高杉と違ってとても友好的でちゃんとした優しさを伝える術を知っている人だ。そもそもあんたの数少ない友達の一人なんじゃないの?坂田くんって。

「つけ込まれんなよ」
「誰に」
「銀時」
「坂田くん、そんな人じゃないと思うけど」
「…随分と信用されてるな、あいつ」
「まぁ少なくともあんたよりはね」

高杉が溜息を吐くと険しくしていた眉間のしわが消えた。そしておもむろに煙草に火をつけわざとらしく私の方に煙を吹き掛けてきやがった。この独特な匂いを嫌っているのを知っていながらこういった信用ならない行動を繰り返すのだ。
それでも私は高杉のことを嫌いになれない。一緒にいて楽しいとか落ち着くとか、それとはまた別の特別な感情が芽生えたことに気がついてからはより一層近くにいたいと思えたし、他の女の子と一緒になっても平気なふりをした。傷つくくらいならやめときゃいいのに、好きだと言えないまま体だけはあっという間に大人になってしまった。この片想いが終わってしまうくらいならこのままの関係を壊さない方がいい、だなんて気持ちになるのは私だけなんだろうなと胸を痛めたとして、もう後には引けないくらい盲目的になっていた。

「多分下心しかねーぞ」
「…それって坂田くんは私に好かれたいってこと?」
「そこそこ仲良くなって一回ヤれれば十分ってとこだろ」
「もしかして常習犯?」
「そ。あいつの得意な手口」
「……でもさ、その下心も思惑も全部知ってたとしても私が坂田くんを好きになっちゃう可能性。ないわけじゃないと思う」

あと高杉の特別な誰かになれるより可能性は高いと思う。

「やめとけって」
「なんで?」
「あいつじゃなくて、俺にしとけ」
「……は?」
「…俺がいんだろ」
「……だからさ、それ自分で言って恥ずかしくないの?」
「うるせーよ」

再び機嫌を損ねた高杉が私に煙を吐く。さっきと同じ言い回しなのに今度は笑ってくれなくてそのまま黙ってしまった。先程まで嫌ってくらい合わせてた目線がわざとらしく逸らされてしまうとなると、なんとなく予想はつく。不機嫌は恐らく…照れ隠し、だと思う。でも本当にこの自惚れが許されるのか不安になる。許されないのであれば相当間抜けなわけだし、もし許されるなら…期待してもいいのだろうか。散々自分の首を絞めてきたっていうのに長年の片想いが報われるだなんて。

「じゃあ昨日一緒にいた女の子はどうするの?」
「……後で片付ける」
「最低」
「おい」
「…」
「こっち向け」

強引に顎をつかまれて噛みつかれるように唇を奪われた。本当に食われるんじゃないかって思うほど容赦ない。それでもうまい具合に噛みあって唇と唇だけがぶつかり鼻先が触れ合う。途中で息の仕方がわからなくなってしまい密着していた高杉の薄い胸を押すと名残惜しく唇が離れた。目を開けたすぐそこにいる高杉の右目が今この瞬間私だけを見ているという現実に心臓が破れそうになった。やっぱりこいつの目は苦手だ。

「気づくのが遅ぇんだよ、バカ」

引き寄せられそれほど大きくないはずの高杉の体の中にすっぽりと埋まる。宙ぶらりんとしていた両腕を恐る恐る華奢な背中に回すと私を包み込む高杉の腕の力が更に強くなった気がしたから私も意地でも離してやるもんか、と力いっぱい抱きしめることにした。