※「優しさの成れの果て」の続き。
直接的な性描写はありませんが中途半端にねっとりとした表現があるのでご注意下さい。


「あー…あのさ。ケーキ、ひとつしかねぇんだけど半分こする?」

性欲を満たした後、男はすぐに体を起こし冷蔵庫を開けて真っ赤な苺を乗せたショートケーキを私の目の前に差し出した。先程まで獣のような瞳をぎらつかせ夢中で獲物を喰らっていた生き物とは思えないほど気怠そうにしている。いらない。そう突っぱねると、甘い匂いを漂わせ見せつけるようにケーキを咀嚼する。呼吸が整わない私を見下し嘲笑うかのようにむしゃむしゃと頬張る男はやはり「異常」である。

「ケーキの苺って酸っぱいからあんまり好きじゃねぇの」

クリームがまとわりついた苺を無理矢理指ごと口に押し込まれ、口の中で苺の酸味と男の指についていたであろう私の分泌液の不愉快でしかない味が混ざり合い、それはそれは複雑な味へと変化していった。指が抜かれると、吐き出してしまわないよう飲み込むまで差し込まれていた指にはクリームや苺の糖分でべたついた唾液が滴っている。解放されたかと思いきや今度は唇同士が重なりぬるりと舌が侵入してくるので一向に呼吸は整わないままだ。吸い込むことも吐き出すことも出来ぬまま窒息してしまいそうになる中で、ショートケーキの甘ったるさだけがいつまでも口の中に残っていた。

「また何かあったらいつでも連絡してこいよ。依頼料安くしとくから」

全ての欲を満たした男はひらひらと手を振りながらじゃあまた、と言い下品な笑みを浮かべていた。悲しい、辛い、悔しい、既存するどれにもにも当てはまらないこの感情が胸を詰まらせる。


***


あの悪夢からしばらく経ち、男に噛まれた痕や強く掴まれた箇所の内出血は黄色く変色している。完治まであと僅かと言ったところだろうか。
あれからあの男とは会っていない。いや、会ってはいけないのだ。「見えないところで幸せになって欲しいって言ってただろ?」とあたかも私が犯行を幇助したかのようにそそのかしては、秘密を共有せざる得ない状況を作り上げ、居心地の悪い世界へと惹き込もうとしている。会ってしまえば最期骨まで喰らい尽くされてしまうのではないか。
仕事中外出中は多少なりとも気が紛れてはいるが、ひとりになるとひたすらあの男の顔を思い浮かべてしまい、途端に体がずしっと重くなる。路地の曲がり角や部屋へと通ずる階段すら億劫で、自然と溜め息ばかり吐きだしていた。


「おかえり」


たった一言で崩れ落ちそうな絶望感を与えられ、思わず脚がすくむ。
階段を登りきった先に現れたのは、坂田銀時だった。

「…何で…ここ…」
「名前ちゃんったら全然連絡よこさねぇから心配になってよ。あっ、それとも何でここの場所がわかったかって?仕事柄同業者やら優秀な情報提供者と繋がってるってのもあるけど、まぁ個人情報はわりと簡単に手に入れられるわけ。それにしてもお前、部屋選びのセンスねぇのな」

いたく冷静な口調で淡々と喋る男を目の前にして不安を滲ませる表情を浮かべ固まってしまい、痺れてしまったかのように四肢を動かすことが出来ない。まずい、逃げられない。

「てか顔色悪くね」

もしかして俺のせい?だなんて不調の根源を知ったふうに言い、肩を抱き寄せ唇を奪われる。またしてもあの甘ったるい唾液が喉の奥を通り何とも言えない気持ちになる。
すぐに唇が離れ、私が顔を背け抵抗するより早く男がドアを開け部屋の奥へと引き込んでいく。
出掛ける前に施錠したはずの鍵が開いていたり、いつか食べようと思っていた値の張るアイスクリームの容器がゴミ箱に入っているあり得ない状況に気味が悪くなった。
男の足が止まると同時に乱雑にソファへと投げ込まれ、力強く押さえ込まれた私の身体が柔らかな素材のソファにめり込んでいく。暑くない部屋で汗が滲む。とても嫌な、冷や汗が。

「新しい男でも出来た?」
「は、」
「名前ちゃんってわりとちょろいから、ちょっと優しくされただけで股開くでしょ」
「ちが…そんなんじゃ…」
「いやいや名前ちゃんてば前科あるからね?説得力なくて腹立つわーマジで油断ならねえよなぁ」
「…」
「どうしたら、こういうことすんの俺だけにしてくれんの」

不機嫌そうに私の衣服を乱暴に取り払い、露わになった肌に歯を喰い込ませてきた。痛い、と声をあげてしまえば奴の思惑通りな気がしたので唇をきゅっと紡ぐ。そんな私を見て男は鼻で笑い、首筋に舌を押し付けた。
触れられる指や舌の感触に鳥肌がたつ。背筋が寒くなる。なのに、なのにどうしてか追い込まれた私は必死に抵抗するわけでもなく、密着する男の胸を押し返そうとしているかたちだけを取り繕っていた。歯が喰い込むたびに条件反射で下腹部が熱くなり膣の奥がきゅっとなる違和感が生じた。私はパブロフの犬か…いや、犬じゃなくて猿か。たった一度二度相性の良いセックスしたくらいでどうしようもなく好きになってしまうだなんて事あるのだろうか。やっぱり猿以下かもしれない。猿に謝らなければ。
息を呑むほどに色っぽい表情を浮かべて私の上で腰を振る男は行為に没頭しているようで、私に配慮なんて一切ない。避妊具だってつけていない。なのに男と目が合うと気持ちが揺らぐ。坂田銀時への興味や想いがうまく隠れてくれなくなる。


「…演技でもいいから喘いでくんない?」


紡いでいた唇を解く。
吐息を混じらせながら絶え入るような声を出して、非道な男に犯される可哀想な女を演じることにした。

***
「優しさの成れの果ての続編」
肉弾さんに捧げます。