※モブ女友達が若干でしゃばってます。ご注意下さい。

ベッドの上で胸を弄られていたときだった。冷たい指先で敏感なところを攻められ、身を捩らせると枕が床にずり落ちた。そして枕の下に忍ばせてあったであろうハート型のフープピアスが姿を現したのだ。

「…ね、ちょっと。これ…ピアス、私のじゃないんだけど」
「……んなもん後にしろや」
「やだ離して」

引き剥がすように密着していた体を強く押し返すと、高杉は不機嫌そうに見下ろし、面倒臭そうにため息をつく。

「これ誰の?」
「俺のだって言ったら、お前信じるのかよ」

なんだそれ。
呆れて言葉も出ず、唇をきゅっと紡ぎ首を横に振ると、そのまましばらく沈黙が続いた。

丁度一年前、週単位もしくは日替わりで女を変えている、と悪い噂ばかり囁かれていた男を気がつけば目で追っていた。興味本位とはいえ見る目の無さと、男の趣味が悪いことを自覚しなければならない。
自ら手を差し伸べなくとも、女が勝手に群がってくるイケメンは媚びてきた女どもを片っ端に食い散らかしているに違いない。こんなの好きじゃなかったら絶対に許せないと思う。私は高杉を好き過ぎていた。
せめてひと夏の思い出に。と半ば不純な気持ちで告白を決意し、全身を赤く染めてありきたりな言葉で気持ちを伝えると、高杉は薄笑いながら、じゃ付き合うか。と軽々しく、そしてどこか楽しげに言ったのだ。
驚いたのはその日を境に高杉に纏わりついていた女が皆どこかへ消えてしまった。昼間は陰に潜み、夜な夜なアンデッドのように復活しては高杉を襲いにでもくるのだろうか、とふざけたことを考えていた頃が懐かしい。今ならちょっと笑えない冗談。

皮肉を込めて言います。結局、誰も高杉を独占するなんて出来やしないんです。

***

「あの奔放でふしだらな男と一年も続いたんだからあんたも、高杉もよくやったよ。お疲れさん」

翌日、目を腫らしていた私の顔を友達が心配そうに覗き込んでくるまでは良かったのだが、浮気されたと相談した途端にこの言い様。

「で、別れたの?」
「……わかんない」
「連絡は?」
「こないし、してない」

結局あの後逃げるように部屋から出て行き、高杉の家から遠ざかろうとしたのだが、虚しいことに何度も何度も後ろを振り返っては高杉の姿を探してしまう。追いかけて来るかもしれないと期待した私がバカだった。涙と鼻水と何だかよくわからない液体で顔面ドロドロぐちゃぐちゃになって、出て行ったのは私の方なのに、捨てられた気分。
このまま自然消滅、もしくはあっさりふられてしまうのでは、と考えれば考えるほど目が冴えてしまい結局眠れないまま外が明るくなってしまった。その結果お肌のコンディションは、いまだかつてない程に最悪である。

「浮気されたぐらいでこの世の終わりみたいな顔しないでよ」
「今の私、そんな死にそう?」
「死にそうっていうか、超ブス」
「……」
「冗談だって、あ、そうだ。良いとこ連れてってあげるから元気だしなって」
「良いとこ、って?」
「夜兎工業との合コン。奇跡的に一人だけ超イケメンがいるんだけど、仕方ないからそのイケメンくん名前に譲ってあげる。今日だけ」

男は男で忘れるのが一番、と彼女は高らかに笑う。つられてへらへらと笑ってみたものの正直なとこ、心の中では中指を突き立てていた。
男が傍にいないと安心して生きていけないであろう彼女の恋愛思想に共感は出来ないし、出来れば真似したくはない。そう思っていたはずなのに、羨ましいという気持ちも捨てきれずにいる。私だってイケメンに興味がないわけじゃない。イケメンは好きだ。

「……遠慮しとく」

そう言うと友達は鼻で笑いながら、面倒な女だね〜と言い呆れ顔。お前に言われちゃお終いだという嫌味は飲み込むことにしておく。
授業が始まると都合良く眠気が襲ってきた。一生懸命教えを説く先生に申し訳ないのだが、押し寄せる睡魔に抗うことなく意識を手放してしまう。

訳のわからない世界の、訳のわからない空間の中で私は泣いていた。どれだけ泣き叫び、高杉の名前を大声で呼んだとしても高杉は一向に現れてはくれない。これは夢だ、と途中で気がつくことも抜け出すことも出来ず必死に高杉を探していると、聞き覚えのある声で誰かが私の名前を呼ぶ。
悪夢が一瞬にして現実に引き戻されていった。

「苗字!!!」
「ッッッうわ!!!!!?」

伏せていた顔をあげて、虚ろになっていた目の焦点を合わせていくと見覚えのある黒髪、整った顔面がぼんやりと目の前に浮かび上がる。

「たか……じゃなくて、ひじかた…くん…?」

その艶のある黒髪を目にして一瞬高杉に見間違えたのだが、よく見ると土方くんだった。
何で隣のクラスの土方くんがここに?とまだ半分寝ぼけた頭を動かし辺りを見回すと、土方くんと私だけが広い教室に二人、取り残されているようだった。
壁に掛けられている時計を見上げると、授業もホームルームもとっくの前に終わっている時間で、何なら適当な部活動はそろそろ切り上げてきそうだ。こんな時間になるまで誰も起こしてくれないなんて、なんて薄情な教師とクラスメイト達なのだろう。

「えっと…寝不足でさ。起こしてくれなかったらまだ寝てたと思う。ありがとう土方くん」
「あぁ、いや…寝てんなら素通りしようと思ったんだけど、」

泣いてるかと思って、
そう言った土方くんは心配そうに覗き込んできたけれど、その表情がものすごく男前で何だかとても気まずい。こんな時に先程友達が言っていた男は男で忘れるのが一番、という名言をふと思い出していた。なんて都合の良いおめでたい頭なのだろう。

「…泣いてないよ」
「目腫れてんぞ」
「これは昨日の、」
「昨日の?」
「……まぁ色々…ありまして……」

誤魔化しきれない私を見かねてか、どうせ高杉だろ。と土方くんがぼんやり呟く。土方くんと目が合った。その綺麗な、宝石みたいな瞳に全てを見透かされてしまいそうだ。

「意外と別れねぇのな」
「まさか高杉とここまで続くとは思わなかったけどね」
「高杉って呼んでんの?」
「うん。変かな」
「変だろ」

そういえば高杉に取り巻く女達は、揃いも揃って晋助と呼んでいた気がする。まぁそれはどうでもいいとして、高杉も私の事を名前で呼ぶことは滅多にない。基本的に「お前」か「てめー」である。彼女だというのにまるで特別感のない呼び方なのだが、セックスの最中だけは名前を呼んでくれた。
滅多に見せない苦しそうな表情を浮かべる高杉が、私の名前を呼ぶ。その姿はとても美しく魅力的だった。それが計算だったとしても、あざとい部分でさえ愛おしい。
私もまた、彼の下の名前で呼ぶのはセックスの最中だけ。お互い様だと言わんばかりに耳元で囁くと、わかりやすく高杉の熱や呼吸、興奮が伝わってきた。
そんな訳で付き合ってから普段はずっと高杉と呼んでいたのだが、まさかこんな不純な理由だと土方くんに言えるわけがない。

「土方くんはちゃんと彼女のこと名前で呼んであげてる?」
「んなもんいねぇよ」
「え、そうなの?格好良いのに勿体ないね」

口走った後に格好良いは余計だったか、と後悔する。泣いていると思って心配してくれた土方くんに申し訳ないくらい邪な発言だったと思う。

「…俺なら、」
「俺なら?」
「苗字のこと…名前って呼ぶし、あと、そんな辛そうな顔…させたくねぇ」

瞬きを忘れ目をまん丸に見開く私に対して、土方くんは気まずそうに俯いていた。私も私で返答に困ってしまい何も言い返せず鈍感なふりをして黙りこくる。
……これってもしかして告白なのかな、と、どうしても都合のいい解釈をしてしまう。だって、土方くんの耳、真っ赤だし。







「おいおい、人の女にちょっかい出してんじゃねぇよ」

勢いよく開いたドアの音や、その聞き慣れた低い声に息を呑んだ。やたら不機嫌そうな高杉がこちらを睨みつけ、こちらに近づいてくる。
やましい事をしていたわけではないのだが、浮気現場を目撃されたときのような気まずさと焦燥感に駆られた。浮気なんてしたことないけど。浮気された側だけど。

「風紀委員長が呆れるな」
「…誰彼構わないで女はべらしてる奴に言われたくねぇよ」
「は、てめぇは大人しく沖田の姉ちゃんのケツでも追いかけてろや」

ただならぬ様子の二人に挟まれ目を揺らしていると、高杉に手首を強めに掴まれる。掴まれた手首が痛いし熱い。ぐいぐいと引っ張られ、あっという間に土方くんの姿は見えなくなってしまった。
ねぇ、ちょっと、ねぇってば、と声を掛けるも高杉は私を一切見ることなく前へ前へと進んでいく。方向からすると恐らく高杉の家の方に向かっていて、一気に気が滅入る。例の浮気現場となるとさすがに抵抗があるのだが、私の言うことを素直に聞く奴ではない。お構いなしに部屋に入るなり見知らぬ女が喘ぎ乱れたであろうベッドに放り込まれた。

「何で土方に口説かれてんだよ、お前は」

身動きがとれないように組み敷かれ、私を見下す冷ややかな視線が痛い。そもそも何で私が怒られなきゃならないんだ、と喉の奥を通って口から出そうになった。
付き合った当初はここまで長続きするだなんて思っていもいなかったし、結局のところ浮気されて終わるか、飽きられて終わるんだろうなと覚悟していたつもりだった。
その時がきたとして、咎めたりすがりつくことをやめようと思ったのは私と共有した日々を、少しでも良い思い出として、高杉の中に残って欲しかったからだ。
しかし一年という期間が、その決心を揺るがし狂わせた。
今となってはたった一回の過ちでさえ許すことが出来ない。どうしても高杉を責めたいし、咎めたい。
高杉の全てが好きすぎて、心をまるごと持っていかれそうで怖い。
高杉は私に好かれなくても生きていけるけど、私は高杉に嫌われたら死んでしまいそうだ。

「土方みたいな優等生、お前みたいな性悪女には勿体ねぇよ」
「私が今、土方くんを拒まない理由がある?」

不愉快げな顔をする高杉をこれでもか、と言うくらい鋭く睨んでやった。
それなのに高杉は私の唇に優しく触れて、名残り惜しく唇を離す。普段こんなにも優しいキスなんてしないくせに。どうやらこいつにも罪の意識というものが存在したらしい。

「他の男に掻っ攫われてたまるかよ」

私が高杉のことを好きという気持ちと同じように、高杉も同じように私のことを好きだったりするかもしれない、だなんて自惚れてもいいのだろうか。結局高杉を信じるも信じないも私の自由で、信憑性のない言動を繰り返したとて、その真髄な表情ですがりつかれたら、許されないことも許してしまう。
つくづく駄目な女だ。
離れた唇を今度は私の方から引き寄せて、後は高杉が喰らいつくのに任せた。

「名前、まだ俺を捨てるなよ」

そうだね、ごめんね。と呟き高杉の背中に腕を回し抱きしめる。
ちなみに今のごめんねは土方くんに対してである。