「先生」

名前が求める男はここにはいない。甘ったるいセックスなんかじゃなくて、反道徳的な行為を犯しているという現実を突き付けた。自分の存在を肯定して欲しいが為に重たく縛り付けるような言葉を言ってしまい、彼女に対する独占欲で胸がいっぱいになっていく。

週が変わった月曜日。四日前最後に見た表情が間抜けな寝顔に対して、屋上の風によって髪をなびかせながら向かってくる名前はあからさまに気まずそうな表情だ。隣に来ると色気も素っ気もない剥き出しの万札を差し出してきた。

「何だよ」
「飲み代もタクシー代も全部払ってくれてたでしょ」
「そういうのは男が出すもんだろ」
「さすがに生徒からおごられるのは…教師としての威厳が、」
「…まだそんな事言ってんのか」

あんな事までしといて?

その言葉に名前は数回瞬きをして俺から目を逸らした。図太い女だと思っていたけど流石に罪悪感や背徳感は持ち合わせているらしい。軽率に越えてしまった一線は距離感まで変えた。ただお互いの性器を擦り合わせて気持ち良くなっただけ。たったそれだけの事で生徒と教師という関係が一気に「男と女」として意識してしまう。

「…お金だけは返そうと思って」
「いらねぇよ」
「高杉くんなら多分そう言うだろうなって思った、けど受け取って。お願い」
「それで全部チャラにしようとしてんの」
「そういうわけじゃ、」
「じゃあまた俺とヤれるのかよ」

名前は俯き、小さな声で「できない…」と呟く。柄にもなく胸が痛んだ。ここ最近表立った変化が見えてきて、どこかで名前はきっと俺を特別視していると思っていた。具体的にどうとかは言えないけれど…だからこそ弱い部分も全部さらけ出して俺に抱かれたんだ、と。
しかし実際は彼女が弱い部分をさらけ出したのではなく、俺が彼女の弱みにつけ込んだだけだった。向けられていた好意が恋愛的な感情ではなかった。ただそれだけの事。

「その金はとりあえずいらねぇよ」
「とりあえずって」
「ひとつ貸しが出来たな」
「高杉くんの貸しってものすごい利息がつきそうで怖い」
「手始めに連絡先」
「えっ連絡先って、嫌な予感しかしないんですけど…」
「色々使えるだろ?テスト前とか」
「えっと、それって職権乱用」
「今更何言ってんだ、淫行教師」
「同意の上でしょ、問題児」

所詮卒業までの関係、そう割り切れば高校生活の誇り高き頂点はあと僅か。欲張らずもこの健全な関係性でも良い、と自分に無理矢理言い聞かせるしか他は無かった。
いつも通りライターを探す名前に自分の吸っている煙草を突き出すと、少しためらいながらも先端を焦がそうと近づいてくる。俺達はどちらも大概だ。

夜になり教えてもらった連絡先の画面に触れようか触れまいか。特に用も話題も無い。いや、でも。と携帯の画面をつけたり消したりしながらベッドに依存している姿に我ながら違和感、むしろ気持ち悪いと思えてくる。
この最悪な気分が性欲に変わらないうちに寝てしまおう。部屋の灯りを消し目を閉じようとした時、携帯の液晶がうっすらと部屋を照らした。画面には『名前』と表示されていた。

「…」
「…」
「どうした」
「…」
「今どこにいんの」
「…」

電話越しでもわかる、あきらかに普通ではないその様子は何となく予想はつく。


「……慰めようか?」


あえて名前に判断を委ねるように聞くと震える声で「かぎ、あけとくから」とだけ言われ電話を切られた。先程までの最悪な気分が一気に性欲に変わりそうだ。健全な関係でも良いだなんて嘘、名前が頼れるのは俺しかいない。そう自惚れながら途中で寄ろうと思っていたコンビニの前を駆け抜けていった。