スーツを着たまま、化粧を落とさないまま眠りにつく事もたまにある。そんな日の朝はスーツのしわと肌の調子を目の当たりにして落胆する。
後悔ばかりの目覚めはアラームが鳴る30分前。辺りを見回すと高杉くんの姿は無かった。それゆえに、あれは夢だったのでは?と都合良く解釈しようとしたがテーブルの上の灰皿に見慣れぬ吸い殻が何本かすり潰されていた。
夢なんかじゃない。高杉くんが耳元で囁いた言葉を思い出し、一気に現実へと引き戻された。
やや小柄な身体は土方さんと全く重ならないはずなのに、縋るように名前を呼んでしまった。判断能力の低下を酔いのせいにしようとしていた私を、高杉くんは許してくれない。
普段「先生」だなんて絶対に呼ばないくせに。その一言に自己主張と卑屈を交えている所が高杉くんらしい。
ふとバッグと共に転がっている財布の中身を確認してみると、コーヒーショップから出た時と変わらないお札の枚数に眉をひそめる。

…高杉くんにどんな顔して会えばいいのやら。







思い足取りで職員室に入ると先に出勤していた銀時が大きな欠伸をしていた。

「おはよう、寝不足?」
「…誰のせいだと思ってんの?」
「え」

銀時の部屋は私の隣、安っぽい教員アパートの壁は薄い。今更になって昨晩の行為がいかにハイリスクだという事を目の当たりにした。

「お隣さんが俺で良かったな。あんなこと、他の先生に聞かれちゃマズイだろ」
「え、えっと、そうだね。ご迷惑おかけしました。ちなみにあんなことってどんなこと…?」
「どんなことって?お前が引っ切り無しにもっと奥まで突っ込「あーわかったわかった、もういいです」
「こっちまでムラムラして2回も抜いたわ。ごちそーさん」
「最悪」
「オカズにされたくなかったらもう少しわきまえてヤれよ。そもそもいつのまに男出来たんだよ」
「いや、その。彼氏というか…何と言いますか、」
「…別に何でもいいけど避妊くらいちゃんとしとけよ」

避妊法の中で最も安易で失敗率が高い膣外射精は、はたして避妊とは言えるのだろうか…言えない。誰にも言えない。
どうやら相手が高杉くんだとはバレてはいないらしい。一瞬にして込み上げた吐き気が少し治まる。高杉くんはあの後ちゃんと自宅に帰ったのだろうか、遅刻せずに登校するんだろうか…昨日は「遅刻しないでね」と偉そうに言ったものの、出来れば私の授業がある2限目以降に登校して頂きたいと思っている私は…教師どころか、人として終わっている。

その日高杉くんは無断欠席をした。普段から素行の悪い彼の事を「これが彼の普通。むしろ最近真面目に登校していた事の方が驚いた」と周りは気にもとめない様だった。そういえば出逢ったあの日から毎日先回りするように屋上にいたかもしれない。
高杉くんの姿は無い。そしてライターも無い。煙草を吸うわけでもなく、屋上でぼんやりとしながら土方さんを掻き消すように高杉くんの事ばかり思い浮かべた。