受付で渡された座席表に目を移すと自分の名前より先に「高杉晋助」という名前が目に入った。共通の友人の結婚式、という私にとって高杉くんに会える唯一の機会に心が踊る。席は離れているものの未だ空いている彼の席に何度も視線を送った。

「ねぇ、名前と高杉って昔何かあったんじゃなかったかしら?」
「…高校三年間の片想いの末に卒業式の後告白してあっさり振られただけですけど」
「ああ。そうだったわね、可哀想に」

隣の席に座るさっちゃんが平然と私の古傷をえぐる。さっちゃんこそ昔から坂田くんに一切相手にされてないじゃない。同類と思う反面、彼女は今も変わらず彼を追い続けている。その真っ直ぐな愛と行動力を羨ましく思う。
私が好きだった頃の高杉くんは、それはそれは格好良くて女が放って置くはずの無い存在だった。それ故に悪い噂ばかり取り巻いていたけれど、どんなに女たらしでヤリチンでも彼の事になると都合の良い様に視野を狭め、本来向き合わなければならない所をぼんやりと見ないふりをしていた。
せめて想いだけでも、と卒業式の後全てのボタンを剥ぎ取られた高杉くんを呼び出して想いを伝えた。きっと彼なら聞き飽きてるだろう言葉「ずっと好きでした」を震える唇で伝えた。

「悪い」

返ってきた言葉はある程度予想していたとしても中々辛い。込み上げる涙を抑え込み「ありがとう」と彼に言った。何がありがとうなのか自分でもよく解らない。振られておいてありがとうはおかしかったかな、と思いつつ教室を出ようと彼に背を向けた。

「…最後に一回ヤってやろうか」

背中に突き刺さった言葉が貫通するかの様に胸に痛みが走った。
彼が下衆な事は知っている。それを全て理解した上で想い続けていたはずだったのに、どうしても彼への想いを美化させようとした私は何も言えずに彼に背を向けたまま教室を出て行ってしまった。
あれから数年経ったけれど、高杉くんは相変わらず格好良い。彼に話かける綺麗な女性を見るたびに、あの時体の関係を結んでいれば私もあれくらい自然に話せたかもしれない。今この様な微妙な面持ちにならずに済んだのではと後悔が生まれていた。

披露宴が終わると流れ込む様に二次会会場へと移動する。
正直二次会は不参加のつもりだったが、さっちゃんがどうしても一緒に来てほしいと頼み込んで来たので参加する事にしたが、巻き込んでおきながら自分の欲求のままに坂田くんに付かず離れず癒着していた。放置された私は半ば拗ねるように一人カウンターでカクテルを嗜む。

「マスター、俺に似合うカクテルを作ってくれないか」
「女みたいな事言ってんじゃねぇよ気持ち悪ぃ」
「なんだと!ヤクルコがないからと文句をつける貴様の方が気色悪いぞ!」

急に騒がしくなったと思えば右半身に軽く振動が伝わり横を向くと、そこには桂くん。そして高杉くんが座っていた。しかも私の隣に高杉くん。距離が近いとかそういう問題ではなく、私の右腕と彼の左腕が触れ合う程、つまりその距離はゼロ。思わず視線を正面に戻し触れあう腕を離すように体を避ける。が、離れたと思えば再び距離は詰められていった。
相変わらず高杉くんと桂くんは愉快に話しているが、その内容は全然わからない。それ程私はのぼせ上がってた。いつの間にかカクテルが注がれていたグラスも空になり、店員が「何かご注文されますか?」と聞いてきたがあまりの緊張と興奮のせいでと声が裏返ってしまい、恥ずかしさ故にこの場から立ち去りたい衝動に駆られた。
少し高さのある椅子から降りようと体をずらそうとした時だった、

「銀時も災難な男だな、いっそあの女と結婚しちまえばいいのに。そう思わないか?ヅラ、」

桂くんと会話をしているはずの高杉くんの左手が、しっかりと私の手首を掴んでいた。
握り締められた手首は逃げる事が出来ないように更に強く拘束された。
逃げ場を失った私は、再び深く椅子に腰をかけて、

「…カシスオレンジ下さい」

そう注文するしかなかった。


されるがまま指と指の股をなぞられたり、と興奮を掻き立てられるが高杉くんは一切こちらを向かずに私の指を弄ぶ。勿論桂くんはこの状況に気づく事無く会話を楽しんでいた。

「お前ら、よくも俺を置いてきやがったな…」

後ろから聞こえる声に背筋に緊張が走り反射的に手を引っ込めると、今度は掴まれること無く解放された。

「おお、銀時。どうやら猿飛をうまくまけた様だな」
「酔いつぶれたから後は服部にに押し付けてきた…って、あれ?」

「名前ちゃん?」

自分の名前を呼ばれ更に体が強張った。坂田くんは私の左側に回り込み「やっぱり」と笑みを浮かべる。

「隣に美女がいるってのにお前らときたら全然気づかねーのかよ」
「それは申し訳なかったな。話に夢中で、なぁ高杉」
「ああ」
「ごめんねー名前ちゃん。無神経な奴らで」
「…いえ、お久しぶりです」

先程までの行為がまるで無かったかのように振舞う高杉くんはこんな事も慣れているに決まってる。もし隣に座るのが私じゃなかったとしても指を絡めていたんだろうなと思うと切なくなった。私の好きだった人は相変わらずの下衆で、そんな彼の事を未だ忘れられずにいる私は相当のバカだと思う。

「そういえば、名前ちゃんと高杉って何かなかったっけ?」

本日二度目の会心の一撃。
さすがに本人目の前にして「片想いの末振られた」なんて言えないので何もないと言うが、銀時は不意に落ちない表情をしていた。

「ヤったんだっけ?」
「ヤッ…やってない!何もしてないよ!本当に!」
「何焦ってんの?怪しいな〜…で、本当のとこどうなのよ?高杉」

「…そいつとは何もねぇよ」

高杉くんと私の間に何も無い様に、高杉くんの中に私なんていない。繋がらない関係なはずなのに再び右手に重なる体温にたまらない気持ちになる。周りにわからないように絶妙に触れてくる彼はずるい。私は握られた手を、握り返すことすら出来なかった。







「名前ちゃんはこれからどーする?三次会いっちゃう?」
「私は帰ろうかな」
「じゃ俺達はもう一件行ってくるわ」
「じゃあね坂田くん、桂くん…高杉くん」

手を振る坂田くんと桂くんに反し、高杉くんは私と目線を合わすこと無く行ってしまった。彼らしい。でも卒業式の時は私から背を向けたんだったね、高杉くんの呼び止める言葉がもっと違うものだったなら、足を止めて振り返っていたのかもしれない…なんて、自分の勇気の無さを高杉くんのせいにしてしまいたい。

帰る前に用を足し手を洗う。一瞬、触れられた感触を思い出して洗うのをためらってしまったが、衛生的によろしくないので綺麗さっぱり洗い流した。先程まで熱をもっていた手はすっかり冷えてしまっている。これで良かったのかな、と鏡に映る自分に対して自問自答した。
トイレから出ると人気の無いロビーに見覚えのある姿が近づいて来て私の前で立ち止まる。そう、目の前には高杉くんが立っていた。


「どうしたの…忘れ物?」
「…お前を待ってた」
「えっ、なんで…」
「ずっと悔やんでた。卒業式の後の事。やっぱりあの時お前と…、

ヤっとけば良かったなって 」

予想を裏切らない彼の外道さに怒りや悲しみはなく、不思議と笑みがこぼれる。すると高杉くんもやんわりとした表情で話を続けた。

「あの頃は一人の女に縛られるなんて理解出来なかったし、女に不自由もしてなくて本当に大切にしたい相手を、どう繋ぎ止めれば良いかわからなかった…だからお前にあんな事。それが繋ぐどころか離れていく事に俺はずっと後悔してた」

「…」
「まぁ今更だけどな」
「私もあの時抱かれてれば良かったってずっと思ってたよ。…今更だけど」

これ以上にない程高杉くんは真っ直ぐに私の方を見つめていた。
卒業式のあの日から数年経って、甘い雰囲気を垂れ流せるようになった私達は引き寄せられる様にお互いの「後悔」を知りあう。

「ずっと、好きでした」
「知ってる」
「…ずるい」
「三次会は俺んち、でいいだろ?それとも適当にそのへんのホテルにする?」
「え!?」
「俺とヤりたかったって言ってただろ」
「あれはそういう事じゃなくて…!」
「今はフリーだから安心しろ。お前だけだ」

彼が言うと胡散臭い言葉も、繋がれた手の温もりによって安心感を与えられた。ゆっくりとした足取りは高杉くんの家の方向へと進んでいく。