就任初日に愕然とした。校内禁煙はこのご時世仕方無いと覚悟を決めていたが、どうやら喫煙所も設けていないらしく途方に暮れていた。落ち込むだけならまだ良いが喫煙者独特の焦燥感が襲う。校内禁煙と言う事は、屋外…屋上なら許されるんではないか?と何とも安易な考えで屋上へと足を運ぶ。扉を開けると既に先客がいて煙草の煙が風に運ばれて鼻を掠める。しかしよく見ると学生服、つまり生徒が喫煙している。教師として注意すべき立場なのかもしれないがその時の私は、欲求に忠実過ぎた。

「ね、火持ってる?」

目の間で目を丸くして立ち尽くす生徒が、先程銀時に要注意人物と念を押された高杉晋助だとすぐに気がつく。彼は私に「正気かよ」と言った。教師を目の前にしても煙草を咥えたままの君に、その言葉そのまま返したいくらいだけど。そう思いつつ本来なら知るはずの無い彼の名前を呼んだ。その日からの屋上は私と高杉くんだけの喫煙所と化した。

「赤点だったから補習だよ」
「うわ、めんどくせぇ」
「勉強しない高杉くんの自業自得でしょ」
「教師面すんな」
「一応教師なんですけど…臨時だけどね」

シガーキス。と言うものから数日経ったが高杉くんに何ら変化は無い。私が意識してしまうと教師として、大人として色々問題がありそうなので平然を装っている。つもり。
正直な所既に教師としては問題有りなのは重々承知の上だが、生徒との恋愛や性的関係こそは絶対に踏み込んではいけない領域と肝に銘じている。

「で、いつ補習?」
「今日の放課後にする?どうせ高杉くんだけだから早めに終わらしちゃえばいいし」
「ずいぶん俺には適当なんだな」
「補習が早く終わるなんて優遇されてると思わない?」
「思わねぇよ、優遇してんなら補習免除にしろ」

無茶苦茶な事を言う高杉くんは煙草を咥える。マイペースな彼を置いて先に屋上から出て行き職員室の自分のデスクに戻ると隣の銀時が顔を歪ませていた。

「…ヤニ臭ぇ」

すん、と鼻を吸う音に少し距離を置こうと離れるとキャスターのついた椅子が銀時の方に引き寄せられる。
銀時とは高校、大学の先輩後輩の仲でこの学校に赴任になって彼がいた事に驚いた。ここまでくると多少の腐れ縁感が否めない。

「今どき煙草吸う女はモテねーぞ」
「大きなお世話ですけど」
「今日何時に帰んの?」
「補習あるから、それ終わり次第かな」
「補習?お前の甘っちょろいテストに赤点取るバカもいるんだな。誰だそいつ」
「高杉くん」
「へぇ、高杉がね…あいつと二人きりで大丈夫なわけ?」
「言うほど悪い子じゃないよ、話せば意外と普通だし」
「ふーん。ずいぶんと仲良しなんじゃねーの、高杉と」

その言葉の後に嫌な間が出来た。一見とぼけた様に見えるこの男は、意外と勘が鋭かったりするので気が抜けない。そりゃ可愛い教え子だからね、と言い足早に職員室を後にした。喫煙を黙認している事以外、やましい事をしているわけでは無いのに。「仲良し」と言う言葉に若干後ろめたい気持ちにさせるのは、きっとあのシガーキスのせいに違いない。