季節は秋。少し前までの暑苦しい毎日が嘘みたいに快適になっていた。少し肌寒い空気が吐いた煙と混じり合い夏より煙草が美味く感じる。屋上での一服は至福の一時。
3年間を振り返るとまるで中身のない高校生活だったと思う。勉強も恋愛もその場しのぎで思い出なんて微塵も無い。そもそも恋愛と呼べるかも怪しい所だ。
残り僅かとなった高校生という肩書。早く卒業してしまいたいと思っていた。

「ね、火持ってる?」

その言葉は教師が発している言葉とは到底思えない。喫煙を注意されるとばかり思っていたために目を丸くして立ち尽くしてしまう。そんな俺の隣で女は自分の煙草を咥えた。

「正気かよ、校内禁煙だろ」

俺がこんな事言うのも可笑しい話だが、教師が当たり前の様に生徒の隣で煙草を吸おうとしている姿に思わず正論が出た。
「意外と真面目なんだね高杉くん」名前も知らない教師が俺の名前を呼んだその日から、屋上に通う理由が出来た。喫煙仲間が出来た、それが名前との出会い。

「若いうちから煙草吸ってると背が伸びなくなるんだよ」
「そんなもん迷信だろ」
「現に伸びてないじゃない高杉くん」
「うるせぇ、お前こそガキ出来なくなんぞ」
「それこそ迷信だと思うけど」

憎たらしく綺麗に笑う姿を見るとこの場で孕ませてやろうかと思う。名前の吐き出される煙が俺の髪の毛をかすめて染み込んでいき、マルボロの洋煙独特な匂いがする。そもそも女ならメンソールとかピンクのパッケージのやつとか。そう言う物を吸えば少しは可愛気があるのになと思う。
いつから喫煙しているか聞くと、今の高杉くんくらいの時かな、それからずっと。と何とも教師らしからぬ返答が返ってきた。内緒だよ、と付け加えられた小さな秘密事も俺だけに向けられていた気がして少し嬉しく感じた。

「あれ、ライターどこやったっけ」

ライターを失くしては大した探さずに、火をくれと俺に催促する。朝はあったんだけどなぁ、その言葉は聞き飽きた。そんな名前の煙草にほぼ毎日火を着ける事が俺の日課になっていて、火を着ける事に抵抗は無いがだらしない女は嫌いだ。

「いくつ失くせば気が済むんだよ」
「まぁいいでしょ。高杉くんにつけてもらうと美味しいし」
「…誰でも同じだろ」
「マッチだと味違ったりするでしょ?そんな感じかな」
「数学教師のくせに全然論理的じゃねぇ」
「うるさいな。ねぇ早く火ちょうだいって」

煙草を咥えたまま俺を見上げる名前を目の前にして自分のポケットを弄る。指に触れたライターを取り出そうとしたが、そのまま沈めて名前を引き寄せる。
唇が触れるにはまだ遠く、触れ合う煙草の先端同志がじりじりと燃え煙となる。甘くないシガーキスの残り香が俺にいつまでも纏わりついた。