「ねぇ、神威んちは何見てたの?」

毎年神社までの道のりはこの会話から始まる気がする。

「神楽がK-1見てたから、それを何となく見てた」
「えー大晦日と言えば紅白でしょ」
「俺は別に何でもいいんだけど」
「あ、ガキは録画したから後でうちで一緒に見ようよ」

知ってるよ。名前が大晦日に紅白を見て、裏でやっているバラエティ番組の録画を一緒に見ようなんて流れはお約束だという事も。でも今年は少し違うと思った。その録画した番組を一緒に見るのは、

「シンスケじゃなくていいの?」

クリスマスの一週間前に彼氏が出来たと喜んでいる事にも落胆したけど、名前の男を見る目の無さに愕然とした。だって、シンスケだよ?しかもクリスマス前だなんて。そんなの長続きするはずないと言う俺に「彼女もいない神威に何がわかるの」と皮肉を言われた。
彼女はいないけど女には不自由してないよ。
本当はその後に、シンスケと同じで。と付け加えたかったけどこれ以上は本当に怒りを買いそうなので余計な事は漏らさない事にした。

「…高杉くんは友達と集まってるんだって」
「ふーん、友達ね」
「男友達だよ?」
「可愛い彼女より男友達を優先するんだね」

可笑しいくらい嫌味が次々と出てくる。そんな俺に目を細めながら睨む名前の耳にはゆらゆらと揺れるピアスが主張していた。高杉くんからのプレゼント、と自慢してきた時には人生で初めて女を殴ろうかと思えるくらい不愉快だった。付き合って間もないはずなのに何で名前に似合うものを選べたのか。俺ならきっと、こんなにも名前を可愛いく飾る事は出来ない。

「結構人いるね」

小さい神社だけどそれなりに人は集まっていた。昔はよく家族で来ていたけれど、母さんが亡くなってからは親父と神楽と。そしていつからか名前と二人きり、昔からいる神社の巫女さんにも今年も一緒に来たのね、なんて毎年言われている。

「ね、奮発して五百円入れちゃおうかな」
「奮発で五百円なんて神様がガッカリするんじゃないの」
「じゃ神威はいくら入れるの」
「五円」
「それこそ神様見向きもしないでしょ」

前のめりになりながら賽銭箱に硬貨を投げ入れる名前を横目に、俺も宣言通り五円玉を放った。奮発する程のお願い事があるのか、名前は強く目を閉じながら長めに手を合わせていた。どうせシンスケとずっと一緒にいれますように、とか下らない事でしょ。五百円の無駄遣いだと思うけどな。多分あと何回かセックスして捨てられる。神様より俺の方が先にその事に気付いているけど名前には内緒にしておこう。せめて五百円分でもいいから、幸せを感じさせてあげよう。

「神威ってさ、いつもお祈り短いよね」
「俺の願い事は毎年同じだからね」
「え?毎年何お願いしてるの?」
「言ったら叶わなくなるでしょ」
「あ、そっか」

昔は、お腹いっぱいご飯が食べれますように。もっと喧嘩が強くなれますように。母さんの病気が治りますように、と沢山願い事をした。その結果食べ物には困らなくなり喧嘩もわりと強くなった。けど母さんは死んだ。一番強く念じた願い事が叶う事は無かった。
そんな残酷な神様に毎年この日だけ、限り無く小さな願い事をひとつだけしている。それが叶わなくても別に悲しむわけじゃないし、叶ったとして喜ぶ事でもない。それくらい俺にとって期待していない事だけど、神様はどうやらこの小さな俺の願いを五円玉と共に毎年受け取ってくれているらしい。

「神威、今年もよろしくね」

新年の始まりは名前と一緒にいれますように。