ヘタレとナルシと魔術師 | ナノ

 商店街の階段を上がった通りに面しているゲームセンターは、多少の廃れ具合に反してそこそこの人と筐体のメロディ音で溢れていた。UFOキャッチャーの前では可愛らしいぬいぐるみを親にねだる子供も見かけられる休日、その内の一角では、プリクラ用に設置されているテーブルとスロット用の椅子を引っ張ってきて無理矢理陣地を作っている、傍目から見ればかなり迷惑で怪しい三人組が居た。


「参ったなー」


 三人組中最年少であるカズが頭を掻きながらそう呟くと、他の二人――仙道とコウスケも表情を歪めた。ピッといつものようにタロットを引いた仙道だったが、結果の図柄を片目で見て苛ついたように舌を打った。


「『月』の逆位置…」

「意味は?」

「失敗だよ」


 仙道が漏らした結果が尽く現状に当て嵌まっている(しかも聞けばここ数日連続でこの絵柄らしい)ことに絶望を感じつつも、重い腰を上げながら三人は翌日のために対策を練るしかなかった。


 そもそもの始まりはBBSで受けたクエストにある。依頼者曰く「幻のたこ焼きを母に食べさせてあげたい。しかしどれだけ並んでも買えない。代わりに並んで買ってきてほしい」とのこと。それぐらい自分でどうにかしてくれというのが本音ではあるが、依頼を承った以上責任を持って依頼者の元にたこ焼きを届けなければならない。契約を反古にするのはあまりいい印象を持たれないばかりか、信頼度的に今後のクエスト攻略にも支障が出る。

 そうとなれば善は急げと件のたこ焼き屋に特攻を仕掛けてみたはいいものの、例の幻のたこ焼きは数量を限って販売しているらしく、さらに朝早くから行列に並ばなければならないと店主から悲報が告げられた。何が楽しくて朝っぱらから野郎と顔を合わせなくてはならないのかと約二名は内心項垂れていた(一名は睡眠時間がどうの美容がこうのと別の意味で喚いていた)が、翌朝の商店街前での待ち合わせには三人とも遅れることなく集合していたりする。
 面合わせ一番にそんな愚痴を言うよりも早く並びに行かなければならないと、三人は言いたいことをぐっと飲み込んでたこ焼き屋へと向かった。その先で見たものは、予想を上回る行列と「本日分完売」の貼り紙だった。そしてその光景は毎日十分間ずつ集合時間を早めて並んでも殆ど変わることはなかった。
 この繰り返しがかれこれ五日間続いている。しかも行列の長さ自体目下記録更新中だというのだから埒が開かない。


「ったく…依頼とはいえ、こうも毎朝早くに起きてちゃ生活リズムが狂ってくるぜ」

「カズヤは早起きではないのかい?」

「学校ある日でももうちょい遅いぐらいだからな。でも逆に考えると、俺がのんびり寝て朝飯食ってる間に毎朝あんなことになってるんだよな……怖ぇ」


 このところ毎日見ている長蛇の列と変わらない貼り紙を思い出して青ざめる。その気持ちは他の二人も同じらしく、頭を抱えて動かなくなった。依頼者は勿論だが、彼等からしても早く終わらせたい案件であることは否めなかった。


「で、明日からどうするかだ」

「もういっそのこと店の前でテントでも張るか?」

「庶民の仮小屋に素泊まりというのも悪くはなさそうだね。鏡の持ち込みは許可してくれるかい?」

「実行する前提で話を進めるな。もっと早く集まるしかないだろ」

「また早起きかよ!勘弁してくれ……」


 カズの嘆きも最もだが、店に迷惑をかけない方法といえばひたすら並び続けるしかないのだ。
 結局、集まりはしたもののまた集合時間を早めるだけの結論に至ったメンバーは、薄く隈ができはじめた目を擦りながら睡眠の足りていない頭を引き摺って解散していった。


 翌日。日が昇って間もなく起床したカズは、まだ睡眠を求める身体に喝を入れながらベッドから這い出た。こんなに朝早くでは朝食すら支度されていないので、仕方なしにその辺から食パンを引っ張り出してきて無言で頬張る。できればもっと温かな食事を食べたいところだったが、それはまだまだおあずけ状態であり依頼が無事達成できた時のご褒美になるだろうことを予想しながら、ちぎったパンを牛乳と共に胃に流し込んだ。

 日課のようになってしまった早起きとたこ焼き屋までのジョギングは、休息をとれたかどうかの有無はさておきカズに多少の体力をつけたらしい。最初の頃よりも幾分か到着が早くなったように感じながら見慣れ過ぎた店へと着いて一番、カズは目を見開いた。自分より先に先客が居たのだ。仙道やコウスケではない、街の人々がいつもと同じように列を作り並んでいたのだ。今までの経験から言って、この人数が並んでいると今から最後尾に回っても買える確率は低い。今日も駄目なのか、俯いたカズだが、そんな彼に向かって飛ばされる怒号があった。


「おい青島カズヤ!」


 人混みの中だというのにやけに通ってカズの耳に届いた声は、間違えようもなく仙道のもので。顔を上げたカズの視線の先に、ドヤ顔で立つコウスケと人波に迷惑そうに眉を顰める仙道が居た。慌てて駆け寄りながら二人が居る位置を見ると、最前列と中間の間ほどであった。カズの主観で言えば前から数えた方が早いように思える。


「ふ、二人とも、早過ぎ、だろ……っ」

「そりゃあ日の出前からずっと並んでいるからね」

「はぁっ!?おい、日の出前って何時だと思ってんだよ!」


 ふぁ、と男子にしては可愛らしい欠伸を漏らしながら言うコウスケにカズは驚く。自分が起きたのだって日出前後だというのに、彼等はその前にはもう此処に居たというのだ。眠そうに欠伸をしたり苛立ったりしても無理はない。


「…ごめん、俺……」

「まぁ、これはダイキが言い出したことだからカズヤが変に気負う必要はないと思うよ」

「『世界』の正位置、約束された成功の為だ」


 不機嫌そうな目ではあったがタロットを用いる余裕はあるらしかった。
 そんなこんなでカズを加えた三人は再度並ぶ。此処でのリタイアだけは洒落にならないと話題作りをしたりCCMを弄って眠らないようにと必死になって目を開けていた。そうして大体一時間。


「ありがとうございましたー」


 店主の陽気な声と共に差し出された小さな袋を恐る恐る受け取る。まだ温かい湯気が隙間の端々から上がり袋を持つ手を包む。あれだけ並んで手に入れた物なのだから、さぞ立派な見目をしているのだろうと今すぐにでも中身を拝みたくなったが、そこはぐっと堪えて外の包みと重さで納得することにした。依頼された側とはいえ、最低限の節度は守らねば。
 本日完売の貼り紙にそわそわしている列から離れた所で、三人揃って袋の中を覗き込む。パックと紙袋越しではあるものの、依頼者と彼等の求めていたものが、確かにそこにあった。


「い……っよっしゃぁぁああああああ!!!!」

「いやぁ此処まで長かったねぇ」

「……帰らせろ、寝たい」


 依頼の品を手にした感想は三者三様だったが、誰もが眠た気な表情の中に薄く微笑みを滲ませていた。


「でもこんなに美味しそうな匂いだと食べたくなってしまうね」

「おい馬鹿やめろ」



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