ヘタレとナルシと魔術師 | ナノ

 人で賑わう昼過ぎの商店街。クエストの依頼内容であるクレープを依頼者に渡す。ポップな彩りのそれを受け取りながら、申し訳なさそうに、されどとても嬉しそうにお礼を述べて去っていった依頼者の背中を小さくなるまで見送った後、徐にコウスケが不機嫌そうに頬を膨らませた。


「なんて面してるんだい」

「…クレープずるい」


 仙道の問いかけにそのままの表情で答えたコウスケ。美形(しかし服装は通報の一歩手前)に入るであろう男子中学生がぷうっと可愛らしく頬を膨らませたところで仙道の心に訴えるものなどありはしなかったが、このままこの半裸の御曹司を放置すると厄介になることだけは直感で理解できた。その間もコウスケはクレープ屋と、この中で一番折れやすいカズと、この中で一番財布が潤っている仙道(実際さっきも買ったのは仙道である。今でも腑に落ちてはいないらしい)を順番に見つめる。


「僕、クレープって食べたこと無いんだよねぇ」

「へ、へぇ……」

「さっき買ったのはクリームとアイスが乗っかっててすごーく甘くていい匂いがしたなぁ」

「そ、そうだな……」

「美味しそうだったなぁ、ふわふわだったなぁ」

「………〜っ、」


 視線と遠回しな誘導攻撃に限界の表情を見せ出したカズは、ちらりと彼を挟んだ先に居る仙道を見た。下がった眉に潤んだ瞳が「助けてくれ」と懇願している子犬にしか見えない。カズと視線を交わらせて十秒ほど経った後、仙道はたっぷりと間をとって溜め息を吐いた。余りの重さにカズがぴくりと肩を揺らす。


「…………好きなの選んできな」

「ふっ、ダイキは優しいなぁ」

「そんなにニマニマされながら言われても嬉しくねぇ」


 先程までのしおらしさなど何処へやら、作戦成功と言わんばかりににんまりと弧を描いた口を見て、カズと仙道はお互い額に手を当てた。


「よかったのか?」

「全然よくねぇ。けど、下手に駄々捏ねられた挙げ句晒し者になるのは御免だ」

「あー……、うん」


 仙道の言葉を想像できてしまったカズは苦笑する他ない。そんな二人を知ってか知らずか、クレープ屋からは女子の声に混じって若干太い男の声が聞こえる。トーンの高低差が妙に浮いて仕方がない筈なのだが、コウスケの(服装には目を瞑って)シルエットだけならばその辺の女学生と変わらない。メニューディスプレイの前の女子はコウスケを見て最初こそ驚くものの、自分達と同じようにはしゃぐ彼を見ているうちに違和感が薄れたらしく、好奇の目線はなくなっていった。仙道とカズは同時に思う。恐るべしてへぺろ系男子、と。


「ダイキ、これとこれとこれとこれが食べたい」

「一つにしろ」

「神である僕に逆らうと?」

「それお前のキャラじゃねぇだろ」


 不満顔のコウスケを無視してきっかり一つ分だけ買えるように設定したCCMを放り投げた。数分後クレープを片手に浮かれたように帰ってきた彼を呆れた目で見る二人。
 しかし黄金色に焼かれた生地に包まれた生クリームの山をそれはそれは美味しそうにぱくりと頬張るコウスケの姿を見ていると、段々と自分達の胃の辺りが空腹を訴えるようにぺこん、とへこむような感覚が込み上げてくる。口を大きく開けて、ぱくん。目の前のコウスケが動作を繰り返すその度に、仙道とカズの腹は切なそうな音を低く奏でる。


「……なぁ仙道」

「…………はぁ」


 自分を見上げてくるカズの視線には自分と同じ感情が籠もっていた。眉を下げ、何処か納得のいかないような表情を引っ提げながらクレープ屋のウィンドウの中を吟味し始める二人を見たコウスケは、満足そうな笑みを浮かべて頬のクリームを掬い取った。



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