ヘタレとナルシと魔術師 | ナノ

 くあり、と噛み殺しきれない欠伸をし、生理的な涙で歪んだ視界で壁掛けの時計を見やった後、仕方なさげに黒板に目を向けた。

 午後の授業が始まって漸く十五分を過ぎた頃。温度設定を守られたクーラーから吐き出される冷気の満ちた教室で、仙道は頬杖をつきながら器用にペン回しをしていた。その心中は、


(…めんどくせぇ、)


 幾ら番長だ名の知れたLBXプレイヤーだと宣っていても本業は学生。テスト前になれば嫌々ながらも机を前にするし(期間中ナイトメアが物寂しげに此方を見ているのは気の所為だろう)、受験を控えている自分としては出席日数も考慮しなくてはならない。一般受験の予定といっても欠席の目立つ内申を提出するのは本意ではない。

 結論だけ述べるならば、仙道にはそこそこの学校生活の結果が必要だということである。だからこうして面倒だと感じていても席についているし、一応形としてノートも取っている。周りがざわざわと五月蝿いのは自分が番長だからだと割り切る他無い。
 残りの時間を疎ましく思いながらも真面目にノートに数式を書いていると、不意にポケットの中のCCMがぶぶ、と震えた。自分を学生だと知っていてこんな非常識な時間帯に連絡を寄越す輩の目処は立っている。


from:神谷コウスケ
to:青島カズヤ
subject:無題
―――
可愛いの発見=^・ω・^=


 舌打ちを打ちたくなるほど無駄に可愛らしい文面を送り付けてきたのは、何となく目処の立っていた候補の一人である神谷コウスケであった。無視したいところだがタイミングがいいことに暇である。気は乗らないが、メールと一緒に添付されてきた画像ファイルをクリックしてみた。


「ぶっ、……!」


 猫。コウスケが買い与えたのであろう猫缶にもぞもぞと群がる猫の軍団の写真だった。普段は女子のように食べ物を撮ったり一方的に雑談を仕掛けてくる彼なのだが、流石にこれは予想外だった。幸い荒げた声は小声で周りに聞き取られてはいなかったらしい。一つ咳払いをして、「馬鹿野郎」とだけ返し授業に集中する。断じて愛くるしさに噴いたわけではないと自分に言い聞かせながら教科書の該当ページを捲っていると、またもCCMが震えた。コウスケからの返信にしては早い。今度は誰だと思いちらりと画面を見る。


from:青島カズヤ
to:神谷コウスケ
subject:美味そうだろ!
―――
調理実習で作っただぜ!


 急いで打ったのだろうか、脱字文のメールが青島カズヤから送られてきた。カズは時たまこうして日常的な文面を送ってくる。コウスケはともかく自分のような反応パターンのわかりきっている人間に送って何が楽しいのかと思いつつ、此方にも添付されていたファイルを開く。
 美味しそうな湯気で少し曇ってはいるが、上手く半熟になっているオムライスが映っていた。隣にはクッキー(らしきもの)にペンでカズの(ように見える)デフォルメされた似顔絵が描かれている。実習にしては出来のいいそれに、昼食をとったばかりだというのに腹が今にもきゅるきゅると切ない音を立てそうで仕様がない。


 コウスケからのメール攻撃を総無視し、カズの写真のオムライスを思い出しては鳴りかける腹の虫をひたすら自制しながら数時間後、本日最後の授業の終了を告げるチャイムがスピーカー越しにびりびりと響いた。帰りのHRを待たずしてさっさと校舎を出る。周りの目線など気にしてはいられない。
 空いたままの腹と苛々を抱えながら歩き続ける。進行方向がいつもたむろしているゲームセンターに向くのはもう癖のようなものだ。今日はどう過ごそうかとぼんやり考えながら歩いていれば、いつの間にか目の前には見慣れた電光掲示板。耽っていても自然に着いてしまう辺り、そろそろ末期かもしれない。


「やぁダイキ」

「調理実習の残り持ってきてやったぞ!」


 自動ドアを潜った矢先、立ち止まる仙道。何故居るんだの言葉の代わりに重たい溜め息を吐けば、悪戯が成功した子供よろしく歯を見せた笑いを浮かべる二人。


「コウスケの言うとおり、やっぱ此処に来たなっ」

「彼は自身の行動に関しては若干単調になりやすいみたいだからね、暇なら此処に来ることぐらい容易に予測できるさ」


 引っ掻き傷と猫毛まみれのコウスケが優雅に考察を述べる姿は滑稽以外の何物でもない。きっとあの猫達の仕業なのだろう。隣のカズも苦笑気味にコウスケを見ている。初見では彼も自分と同じ反応をした筈である。


「………はぁ、」

「何で溜め息吐くんだよー」

「幸せが逃げていくね」


 仙道の心中など知らぬ風に口を尖らせる二人。溜め息の意味など理解していない彼等に額を押さえながら徐に引いたタロットは『太陽』だった。



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130523 修正
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