ヘタレとナルシと魔術師 | ナノ

 ガキン!とルシファーの持つ剣――エリシュオンエッジが、相手のマッドドッグの胴体に綺麗に一閃を描いた。ゆっくりと傾ぐ機体。ルシファーが体勢を立て直すのと、マッドドッグが倒れブレイクオーバーを示す光を纏うのはほぼ同時だった。それに併せて、背後で臨戦体勢を取っていたナイトメアとフェンリルはお互いロッドとライフルを降ろした。


 CCMに表示された「YOU WIN」の文字を確認して、青島カズヤは人知れず安堵の溜め息を吐いた。隣では(一応)メンバーである神谷コウスケと仙道ダイキが相手を揶揄している。相手チームは苦虫を噛み潰したように歯を食い縛りながら、二人の嘲笑を背にショップを出ていった。本来ならばこの場で二人の言動を諫められるのはカズだけなのだが、よくよく考えれば彼等の暴言諸々は正論を述べている。正論なだけに下手に口を挟もうものなら自分も対象にされ指摘される可能性が非常に高い。相手には申し訳ないが、保身は大事なのである。尤も、物言いはもう少し柔らかく且つ遠回しでない方がいいとは思うが。

 お疲れ様、と心中でフェンリルに労いの言葉をかけ、Dキューブから回収する。日々のメンテナンスとバトルの甲斐あってか、照準の狂いはほぼゼロ。駆動部にもしっかりと油を差してやらないとなんてぼんやり考えながら、先程のバトルを思い出して一人嬉しそうに微笑む。


「何だい青島カズヤ、やけににやついてるじゃないか」


 目尻を緩ませるカズに仙道が茶化すように威圧的に話しかける。見られていたことと茶化されたことからの羞恥心に、顔の回りがかぁっと熱くなるのがわかった。クーラーなんて効いていないみたいだった。


「カズヤはさっきからニコニコしているね。まるで周りに花が咲いているみたいだ」


 便乗するようにコウスケからも一言。そんなに表情や雰囲気に出していたのかと思うと、恥ずかしさを通り越してポーカーフェイスを作れない自分に呆れてくる。
 二人は何に表情を緩ませていたのかとは問うてこない。代わりにニヤニヤと、それはもう嫌になるぐらい嗜虐的な顔(様になっているのだから恐い)をしながらカズに詰め寄る。現実のではなく精神面の距離をじわじわと侵食していく。今だけは自白を強要される犯人の気持ちがよくわかった。質が悪いことこの上無い。

 やがて観念したように溜め息を吐くカズ。コウスケと仙道が内心勝ったと呟いていることなど知らず、フェンリルの持つライフルを無意味にカチャカチャと弄りながらだるそうに言う。


「…初めてなんだよ。ルシファーとナイトメアに、一発も擦らせなかったの」


 意外な返答に面食った。幾ら射撃の精度が上がったからといって、動いている的に確実にヒットさせられるかどうかとなるとまた少し話は違う。何せ同じ範囲に味方も居るのだ、直撃はせずとも擦ることは多々ある。ちり、と弾丸がルシファーの翼やナイトメアのマント、果ては胴体に擦り小さな火花を上げる様を、いつもカズは申し訳なく思っていた。
 そういえば、と二人は思い出す。何戦かした後機体を見ると目立たない程度にあった傷の数が、徐々にではあるが減ってきていること。バトル中にふとずらした視界に、表情を歪めるカズが居たこと。バトル後やけに沢山リペアを押しつけてくること。


「うん、そういうことだったのか。成る程ねぇ」


 うんうんと頷きながら今までの出来事に納得していくコウスケは、照れたように目線を背けるカズの頭をぽふぽふと撫でた。それなりに重みのある、自分よりも大きな掌が頭を撫ぜる感覚が気恥ずかしく擽ったい。くすくすと頭上から降る気品のある笑みをどうこう出来るわけも無く、ただただその行為を甘んじて受けるしかないカズであった。


「ねぇダイキ。君は彼の努力に無言なのかい?それとも、彼のとっていた行為は、称賛に値しない、無駄な行為だったと言うのかい?」


 一向にアクションの無い仙道を見ながらコウスケがカズの肩を押し出す。浮いた声を上げたカズの正面には、相変わらずの表情のまま腕を組んで微動だにしない仙道。また下らないことで、なんて言葉を容易に想像できる眉間の皺に、ひっと萎縮するのも無理はなかった。
 す、と伸ばされた手に何をされるのかと一瞬身を強張らせたが、カズの視線に合わせた手は握られたまま、カズのそれを出すようにと催促をした。コウスケの笑みにも促され恐る恐る片手を差し出すところりと掌で何かが転がった。メンテナンスグリス。


「…まぁ、これからも精々足を引っ張らないように精進することだね」


 それだけを述べて店の外へと出ていく仙道の後ろ姿を見ながら、「よくやった、ってさ」とコウスケの翻訳が入る。とどのつまり、この手の内のグリスはご褒美ということらしい。素直じゃないなぁ、とぼやくコウスケの横で、少しだけでも認めてもらえたことに嬉しくなってグリスを握り締めた。



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