ネリネ | ナノ



「僕はシュウ、よろしくね」


訝しげな表情の俺をおいてにっこり人当たりのいい笑みを浮かべたそいつの所為で唐突に始まった俺達の関係。
差し出された手には返事を返さず、その張り付けたような微笑にある種の気色悪さを感じながらすれ違って行った。最悪に近い出会いだったはずなのに、奴はそれでもひょこひょこと俺の後ろについてきて。気がつけばいつの間にか気を許していた。鬱陶しさに俺が折れた、といってもいいかもしれない。

サッカーが強くて、同じポジションで。性格は真逆に近いのに何処か話が合う。それ以上にお互いが相手に対して興味を抱くことが無かった(あいつの方は知らん)からか干渉し過ぎることは無く、程度のいい距離感を保てていたと思う。とりあえずすれ違い様に挨拶を交わして、練習の合間に隣に来てあいつの雑談を受け身する。そんな間柄でよかった。はずなのに。

俺はその日、均衡を崩した。


「なぁ、シュウ」

「何だい。君から声をかけてくるだなんて珍しいね」

「お前、何処から来たんだ」



それは明らかにタブーだった。深入りをした、という実感などあるわけも無く、俺はただあいつの返答を待ち続けてた。奴が伏せた瞳に何を思っていたのかは、わからなかった。


「……うーんと、うんと遠くから」

「遠くとは外国か?確かにお前の服は日本のそれとは少し違うようだが」

「まぁ、そういうことにしておいてよ」



奴の浮かべる曖昧な笑みの理由に俺は気づけないまま、成り行き任せに納得した。後々それを悔いることになるとは考えもしなかった、幼く浅はかなあの頃の記憶。





久しぶりに見た夢の中でもあいつはやはり寂しく微笑んでいた。今までとは違う薄く歪んだ表情のあいつを見たのはその時が初めてで、しまったと思った頃にはその事自体が有耶無耶にされていた。

それからは何処か遠慮がちに距離をとった付き合いになっていた。お互い気にしていない素振りをしながら、内実壁を作っていたのだ。
だから雷門と出会って本気と本音をぶつけ合った時、試合だけでない意味も含めて無性に震えた。此処に来て、漸く俺はあいつと向き合えたような気がした。


ふやけた頭に、ありがとう、と俺に言ったあいつの姿が何度もリピートし続ける。柔らかで希薄な、まるで蜃気楼のような一時の夢に酷く似ていた、あいつ。
仲を深めようだとかもっと相手のことを知りたいだとか、あの年頃の子供が浮かべる無邪気とは全く結びつかない、本当に何と無しに訊いてしまったそれ。後になって幾ら後悔を募らせようともただ言えるのは、俺はあいつとの人一人分ぐらいの距離間のある関係が心地良かったということと、それを壊したのは紛れもなく自分だということだけ。



なぁ、シュウ。
そろそろ俺に言わせてくれないか。まだ、伝えきれていない言葉がたんと残っている。





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