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 今回の後日談、というか、オチ。
 あのあと倉庫を出た面々を待っていたのは、幾つかのパトカーと救急車の赤いランプだった。被り物集団vsチンピラたちのてんやわんやが繰り広げられる中、寺門が連絡をしていた相手は鬼道だった。目的である二人の回収を終えたので、頃合いを見て警察へ連絡を入れるよう指示を出すための一報である。本来であればそのまま自分たちはずらかり、残ったチンピラたちを警察が発見して逮捕、という予定だったのだが、予想以上にリーダー格の男が粘りを見せたせいで足止めを食らってしまったのと、咲山がそれを相手取ったため、僅かにタイミングがずれたのだ。点灯する赤ランプに、白黒の車。意味もなく外した被り物を再度被っていたので一見判りにくいが、一同がその下で青い顔をしたり冷や汗を掻いていたことは想像に難くない。事の流れを理解しきれていない辺見と咲山を伴い、被り物集団たちはのそのそとパトカーに収容されていった(被り物を取るようやんわりと叱られたのは言うまでもない)。
 しかし意外なことに、拘束時間は全員で一時間程度に収まった。空き倉庫とはいえ管理者の居る私有地への侵入、珍妙な格好をしての乱闘騒ぎに警察側もどう対処すべきかと頭を捻っていたようだったが、どういうわけか事態は急転し、「学生たちが被り物をしてふざけて遊んでいた矢先にあの倉庫に明かりがついていることを発見し、忍び込んでみたらチンピラたちが居た。彼等に見つかりあわやというところで、一人の学生が身を挺して仲間を守った」という筋書きが出来上がっていた。通報だけして待機しているはずの鬼道がパトカーに同乗していたが、彼が上手く口を利いたわけではないらしい。一体誰が、と首を傾げる面々の中、鬼道だけは当たりがついたようにゴーグルの下の目を見開いたが、少しばかり薄ら寒いものを感じてしまったその表情を見ている者は誰も居なかった。警察としても、バットや角材といった殺傷能力のあるものを有していたのがチンピラ側である一方、学生たちはチャンバラ用のソフト剣やおたまといった大よそ武器になり得ない、言ってしまえば悪ふざけにしかならない道具しか所持していなかったことからも、大半の非はチンピラ側にあるとしているようだった。しかしそれはそれとして、相手への暴力行為、調べて出てきた過去の簡易な非行行為について咲山は咎められることとなったが、それも以後気をつけるようにと厳重注意という形でまとまり、それ以外の面子もあまり羽目を外し過ぎないようにという口頭注意のみで終わり、一向は夜九時を過ぎた頃、警察から解放された。

「すっかり真っ暗だな」

 想定外だと言いたげに寺門がぼやく。それもそうだ、本来なら既に撤収し、部室なり自宅なりに引き揚げてきているはずだったというのに、たった数分で見事に計画が狂ってしまったのだから。しかし、その数分で変わったものが、確かにある。この場に居る面子は全員それを判っているからか、誰も彼も呆れたり疲れたように顔をくしゃりと歪めるだけだった。

「なぁ、ラーメン食いに行かねぇ?」
「お前人質にされてたくせに飯の話するとか頭どうかしてんじゃねぇの」
「だってよぉ、終わったと思ったらなんか気ィ抜けちまったっつうか……」
「俺はいいぞ。作戦会議からこっち何も食べていないし、あれだけ動いては腹も減った」
「ていうか、こんな時間に未成年入店させてくれるラーメン屋があるか?」
「鬼道、何とかならないか? お前ならそれぐらいできそうなものだが」
「便利屋のように扱ってくれるな。もうそのアピールはもう効かないぞ」
「ほう、鬼道はできないそうだ」
「……一軒、都合をつけてやらんでもない」
「言ってみるものだな」
「鬼道さん手玉に取られてないか……?」

 そんなやりとりが繰り広げられる集団の一歩後ろを、咲山はとろとろと歩いていた。すっかり疲れきった表情でチームメイトたちを見る。いつからか、この目の前に広がる光景が、不思議と嫌ではなくなっていた。彼等との距離間を変えてみようと、もう一歩ぐらいは踏み込んでみようと思った。多分、というか絶対、彼等は頼みもしないのにそんな自分の腕を引っ張ったり背中を押したりして、此方が思う以上に巻き込んでくるだろうから。だから、その一歩だけで十分な気がした。面倒くさがっていると言われれば否定はできない。だがこれは怠慢ではなく信頼と呼ぶのだということは、咲山も、誰も知らないことである。
 咲山の心はじんわりと暖かいもので包まれていた。今まで感じたことのない、この先も一生感じることはないと思っていた、温度も実感もない言葉ばかりの感情。名前をつけて声にするのは、まだ気恥ずかしいので待っていてほしいと思う。いつか、気が向いたときとか、何年経ってもまだつるんでいられたら、そのときには言えるかもしれない。
 ただひとつ、今の咲山が言えることとすれば。

「……お前たちとのサッカーは、楽しいだろうな」
「? 咲山、なんか言ったか?」
「……何でもねぇ」

 見上げた空に輝く星々の明るさに目を細める。明けない夜は、ないのだ。



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