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「佐久間センパーイ! お誕生日おめでとうございまーす!」

 パーンッ! と顔面目掛けてクラッカーを打ち鳴らしやがった成神の頭に一発拳を落とすところから、俺の一日は始まった。蹲る成神の横では洞面があたふたとしており、その手には未発砲のクラッカー。恐らくタイミングが合わなかったんだろう、命拾いしたな洞面。俺と目が合った洞面は、ささっとクラッカーを制服のポケットに仕舞い、「おめでとうございます!」と手叩きしてきた。

「朝っぱらからうるせぇな……」
「五月蝿くしたのは成神だ」
「わーってるよんなの。お、忘れるとこだった、誕生日おめでとさん」
「軽過ぎる。もっと丁重に扱え。まずは其処に跪いて「佐久間様おめでとうございます、貴方がこの世に生を受けたこと、神に感謝してもしきれません」とでも言え」
「死ね」
「ちょっとー! ぶん殴るだけ殴って俺のことスルーは酷い!」
「そりゃ自業自得だろうが。音だけのやつとはいえ人に向けるな」

 いつもより割り増しで騒がしいロッカールームで着替えを済ませていく。練習時間は有限だが、中でも朝練は殊更貴重だ。朝のホームルームに間に合うように、上手く時間を使わなきゃいけない。何をどれだけやるか、どの練習は放課後に回すか。限られた時間で効率のいい鍛え方をするため、何度も悩んで漸く組んだメニューを更に組み直す。思案しながら着替えるのも、すっかり手馴れたもんだ。面倒だし苦しいと思うことはあるが、俺はキャプテンとして、このチームのためにできることを、全力でやりたいと思うから。だから、そういう苦は甘受してやろうと決めたのだ。

「おーっす」

 フランクな挨拶と共に、今度は不動が入室してきた。こいつも案外馴染んだもんで、最初こそ突っかかる奴も多かったし、こいつ自身も突っかかってばかりだったが、俺と源田が何とか上手く背中を押してやったのと、周囲の理解もあって、今では嫌味も流されることが殆どだ。だからといって、言い返さないわけでもないが。

「……何この空気」
「今日佐久間誕生日なんだよ」
「へぇ、おめっとさん。佐久間クンも人の子だったってわけね」
「えっ、まさかお前俺のことペンギンの子だとでも思ってたのか……?」
「んなわけねーだろ、ガチで引くんじゃねぇ!」

 こういう軽口を叩けるようになったのも、FFIでの一件があったからだろう。態度が鼻につくのは間違いないんだが、根っこの部分は何やかんやいってまともだ。方向性としては辺見と同じ感じだろうか。いや決して頭髪のことを言っているわけではない。
 と、復活したらしい成神が、着替え途中のまま、ワイシャツを半脱ぎした状態でててっと駆け寄ってきた。

「佐久間センパイ佐久間センパイ、今日練習早めに切り上げて、お誕生日のお祝いに放課後皆でケーキ食べに行きましょうよ。最寄駅のひとつ先に美味しい店できたんですって!」
「オープン記念か何かで、時間いっぱい食い放題なんだと。練習終わりなら腹減ってるし、糖分補給もできていいだろ?」
「一応スタメン組は全員参加できるっつう返事を貰ってるから、あとはお前次第なんだけど」
「は? 俺そんな話聞いてねぇぞ」
「お前は返事も返信もしなかっただろ。まぁ予約してるわけじゃねぇし、行くでも行かねぇでも好きにしろ」
「俺だけハブとかざけんな。でもまぁ? お前等が金出すなら考えてやらねぇこともねぇけど?」
「洞面、このモヒカン野郎は欠席にチェックしておけ」
「はーい」
「おいこらテメェ等!!」

 もう少し素直に生きろよ、と内心不動に呆れる。しかし、ケーキの食べ放題か……。数日前の出来事を思い出して、俺はげんなりとしてしまった。口の中にトマトソースと生クリームが引っ付いているような味がするのは、気のせいだと信じたい。

「あー、祝ってくれるのも折角のお誘いも非常に嬉しいがパスだ。悪いがケーキというか、甘いもんは暫く食いたくない」
「そらまたなんで」
「この前源田と食べ放題行ってしこたま食い込んできた。あのパフェ攻撃を俺は忘れない」

 正しくは俺が勝手に特攻して勝手に爆弾を受けてきただけなのだが、俺の名誉のためにそこは黙っておく。

「は!? 何でセンパイたち二人でお出かけしてるんすか! 俺も誘って!」
「馬鹿野郎、何が楽しくて子供同伴で行かなきゃならないんだ。子連れは面倒なんだぞ」
「まーた俺をガキ扱いする! こんな母親俺なら絶対グレるね! ですよね辺見センパイ!」
「俺を巻き込むな!」

 再度喧騒の輪が広がり出す室内。おいお前たち、そろそろ朝練始めるんだから、さっさと着替えてグラウンドに行け。あと成神はいい加減俺を女扱いして弄るのはやめろ、練習量を増やすぞ。ひくひくと引き攣る俺のこめかみは、誰にも見えちゃいないんだろう。こんなことでイラついても仕方がないと溜め息を吐いて自身を落ち着かせたところで、既にユニフォームへ着替えを済ませた寺門が、何だか神妙な面持ちで俺に声をかけてきた。

「佐久間、お前それいつ行った?」
「先週。ほら、練習のなかった土曜あっただろ、あそこ」
「……他に店に寄ったりはしたのか?」
「本屋寄って、スポーツショップ覗いて、そのあとペンギングッズ見たりしたかな。ああ、そういや最後の店で源田が何か買ってたみたいだったけど、何買ったかは教えてくれなかったんだよな……」

 ショッパーに何が入っているのか訊いても「まぁまぁ」と言われて、結局わからず仕舞いだった中身。別に気にすることじゃないんだろうが、隠されているような態度が気に食わない。そんなに大事なもんなのか。そういうものを、よりにもよって俺と出かけたときに買うのかこいつ。思い出して腹が立ってきてしまった。むっとした表情になる俺を余所に、寺門は苦い表情をしながら唸った。それに続くように、話を聞いていたらしい辺見も成神も洞面も渋い顔をする(成神はどちらかといえば歯軋りしてる感じだが)。不動は少し離れたところで呆れていた。何なんだこいつ等。

「何だよお前等」
「お前、それってさぁ……」
「何で溜め息吐くんだよ」
「佐久間クンさぁ、流石に鈍くねぇかそれ」
「五月蝿いぞ不動。だからどういうことだって」
「どう考えてもお祝いですよ、それ」

 ちょっと早いっぽいけど、と洞面が付け足す。……は? あれが? 誕生日祝い? ちょっと待て、待ってくれ。スイーツについては源田が行きたがって行った店だ、断じて俺が提案したわけじゃない。他に立ち寄った店も、まぁ見たいものはありはしたけど、特別行きたかったわけじゃない。あ、でもペンギングッズの売っていた店はすっげぇ楽しかった。うん、あれはよかった。確か源田が何か買ってたのもあの店だよな。……そういえばあいつ、「少し早いが」とか言ってた気がする。そういえば、帰りがけに見たコーナーから一匹マスコットが居なくなってた気がする。…………え、マジで?

「すまん、遅れた!」

 と、此処で件の源田が駆け込んできたもんだから、俺含めて全員の視線がそっちに行く。数人から見つめられた源田は、少しだけあがった息を整えながら目を丸くさせて、「遅刻だったか……?」などと的外れにも程がある一言を零した。

「いや、遅刻とかそういうんじゃなくてだな……」
「でも、遅れてはいるだろう。すぐ着替えるから、先に行っててくれ」
「おう。……ってちげぇそうじゃねぇ」
「は?」
「……源田」

 やけに神妙な面持ちをしている自覚はあった。恐る恐る声をかけると、源田は着替えの手をとめて、きょとりと視線を此方に向けてくる。さて、何と切り出すべきか。自分から「この前のあれって俺の誕生日関係?」と率直に訊くのもいかがなものかと悩んだが、だからといって他にそれとなく探りを入れられるような言葉も思いつかなくて、結局俺はしどろもどろになりながら、疑問を吐いた。

「この前のデー……食べ放題とか、買い物とか。その、あれは……」
「ああ、忘れないうちに渡しておいた方がいいよな。ほら、これ」

 俺の言葉を遮るように、源田が何かを差し出してきた。先日持っていたショッパーだ。え、と驚くも、源田は微笑んだままだ。何だと思いつつ受け取って、中身を見る。ラッピングされた赤い袋が入っていた。開けていいのか尋ねるとこくりと首を縦に振ったので、しゅるりと紐を解いて、袋に手を突っ込む。ころんとした何かが手に収まったので取り出すと、やっぱりあの店で一匹だけ見当たらなくなっていた、丸い目をした青と白のペンギンのマスコットストラップが出てきた。

「誕生日おめでとう、佐久間」
「お前、これ」
「この前行った店で買ったやつだ。目敏いお前のことだから、棚でも見て気づかれていやしないか冷や冷やした」
「じゃあ、やっぱ……」
「ケーキはまぁ、俺が食べたかったというのもあるが、お前のお祝いにも、な」

 「まぁちょっと早かったが」と、洞面が言っていたのと同じようなことを苦笑しながら言う源田。ちょっと色々と突然過ぎる。衝撃の真実が波状攻撃を仕掛けてきている。待ってほしい、今まともな顔を作れている自信がない。あまりのサプライズに泣きそうだし、できることなら雄叫びを上げたいぐらいだ。多分目も口もわなわなしてる。どれぐらいかは俺自身ではわかりかねるが、少なくとも成神が笑いを堪えてるぐらい酷いということだけは理解した。あいつは今日の練習メニューを増やす。

「いい一日になるといいな」
「(もうなってるんだよなぁ……)」
「……で、いつまでほんわかしてるつもりだよお二人さん」
「……はっ、すまない! すぐに着替える!」

 見かねた不動の鶴の一声で、源田は忘れていた着替えを再開した。こういうとき、こいつの存在はまぁちょびっとぐらいはありがたい。俺も持ったままのストラップを丁寧に袋にしまってロッカーに入れる。さてこのペンギン、どこに着けるか……。携帯か、財布か、鞄か。いや、いっそのこと部屋に飾るか? 奉るか? うーむ、恐らく見えるところにつけていた方が源田も気にかけてくるだろうし、携帯か鞄にしておこう。部活が終わったら早速装備だ。

「ま、そういうわけだから今日はケーキはなしで」
「つっても、もう全員時間に融通利かせてんだよなぁ……」
「あ、じゃあファミレス辺りどうっすか。安いし豪遊できますよ!」
「お前の豪遊はそんなちんけなもんでいいのかよ……ま、それが一番安パイっぽいし、そうすっか」
「おい、主役である俺の意見を訊かないとはどういう了見だ」
「じゃあ何がいいんだよ」
「ファミレスでピザ頼んで追加トッピングの削りチーズ山乗せ。ドリンクバーも冒険したい」
「訊く意味ねーじゃねぇか!!」

 あのときはパスタで腹いっぱいになってしまったから、今回はピザを楽しもうと思う。専門店ではないにしろ、ファミレスならそれなりに種類はあるだろう。何、無茶苦茶な量を食べなければいいだけの話だ。まだ試していないドリンクバーの調合もあるし、今日なら好き放題やらかしても怒られない。

「だから俺は時間作ってねぇっつってんだろ」
「じゃあ訊くが、お前今日用事あるのか?」
「…………別に、ねぇけど」
「不動センパイさ、意地張ってないで行きたいって言えばいいじゃん。お金ないの? 貸すよ?」
「後輩に心配された上に融資提案されるとか悲し過ぎる……」
「うるせぇ! それぐらいの持ち合わせはあるっつうの!! いいぜ、行ってやるよ!! 好きなもんじゃんじゃん頼めよなァキャプテンさんよォ!!」
「覚悟しろ不動、俺はお前の財布の中身を貪り尽くしてやる……!!」
「どこのバトル漫画っすか」

 結局不動も巻き込んで、全員で行くことになった。これは騒がしくなるぞ、と思いつつ、今日に限っては奔放に生きてやるからなと意気込んでいるので、羽目を外しまくった俺たちを止めるのは、やっぱりいつもの面子になるんだろう。その筆頭である源田は、「練習始めなくていいのか……?」と苦笑している。止めないのはまぁ、優しさってやつかもしれない。

「源田」
「ん?」
「ドリンクバー合成実験、付き合えよ」
「お手柔らかにな」

 こつん、といつもの試合の調子でぶつけた拳。今日も俺の世界は、喧しいけど、優しく明るい。




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