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 向かいでもしゃもしゃとでかい図体に吸い込まれるように消えていくパフェやらケーキやらを眺める俺の表情は、多分まだ怒り気味なのだろう。物凄く不細工な面をしている自覚はある。現に俺の向かいに座る源田は、フォーク片手にプチフール(色からしてチーズ系だろうか)をぱくんとひと口で頬張ったあと、苦笑しながら俺を見てきた。

「佐久間、アイスティー薄くなるぞ」
「……ん」

 すっかり原型を失った氷の入ったグラスにはびっしり結露がついているし、溶けた水で上澄みができていた。それをストローで混ぜて一緒くたにしたものをつつーっと飲む。案の定茶葉の苦味もガムシロップの甘味も薄くなっていた。正直不味い。しかし俺の不機嫌はこんなもの程度では塗り替えることはできないので、うげ、と小さく零して、また頬杖をつき、楽しそうに飲食する源田をぼけーっと見ている。俺の手元のケーキが減る気配はない。

 そも、何故俺がこんなにも不機嫌なのかといえば、この店の従業員の接客のせいである。部活のない休日、俺たちは兼ねてより源田が来たい来たいと騒いでいた店に行くことにした。スイーツをメインにした食べ放題の店と聞いて、最初こそそんなもん大量に食えるかと思った俺だが、パスタやサラダのような普通の食事もできると知って、じゃあいいかとあっさり承諾した。単純に、食べ放題に目を輝かせる源田がかわいかったのもある。
 そして当日、普段よりも整った方向で着飾ってきた源田を見て、待ち合わせ場所で携帯を弄っていた俺はぽかんとなりながら、そういやこれってデートじゃんと今更ながらに意識した。恐らく源田はそういう意図で誘ったわけじゃないと思う。ぶっちゃけお前、俺と付き合ってるんだったらもうちょっとちゃんと誘えよと思ったけど、俺も今の今まで気づいていなかったわけだから、ここはお相子ということにしておこう。思いがけず色めいた一日になりそうで、俺は内心ガッツポーズを決めた。ただメシを食べに行くからって、腹回りが楽な格好をしてこなくて本当によかった。かくして俺はそういう理由で、源田は店に並ぶ食事に思いを馳せて、それぞれ違ううきうき気分で街に繰り出した。少し時間が早かったので、調整がてら本屋で新刊のサッカー雑誌を眺めて、スポーツショップで備品の話をして、さぁ本題の店に入ろうとしたところで、事件は起きた。

「いらっしゃいませ〜!」
「あ、学生二人で……」
「そちら、女性の方になりますか?」
「ん?」
「本日、カップルの方はサービス価格でご提供させて頂きます〜!」
「……はぁ?」

 一瞬間が空いたあとの俺の声は、さぞ低かったことだろう。隣の源田はヤバいと言いたげに冷や汗を掻きながら店員へ弁解し、慌てた店員に頭を下げられながら普通に男二人の入店と相成ったわけだが、それで俺の機嫌が収まるわけもない。ぶっちゃけカップルに見られたことはいい。いいのだが、何が悲しくて俺が女に間違われなきゃならないんだ。確かに並んでいた源田と比べれば、俺の方が背も低いし(それでも平均身長だ)、細いし、顔もまぁ綺麗とかそっち寄りだ。にしたって、服装が明らかに男物だし、別にべたべたと腕組んで歩いてたとか、きゃぴきゃぴしながら「あれ食べたーい」なんて甘ったるい声を出した覚えはない。そう、俺が女に間違われる要素は、このタイミングでは皆無なはずだ。何だ、何がいけなかったんだ。顔か、この美人な顔がいけなかったのか。睫毛が長いのが悪いのか。源田だって小綺麗な顔してるだろ。犬っぽくてかわいいじゃん。何で俺が間違われるんだよ。

「佐久間、機嫌直せって。ほら、このケーキ、苺ジャムが美味しいぞ。あんまり甘くないから食べやすい」
「あー、む……。むぐ、まぁまぁ」
「そうか、それならよかった。お前、パスタとかピザなら食べるんだろう? 俺も食べるから、俺の分も一緒に、お前が好きなのを好きなだけ持ってきてくれないか」
「……今俺、自棄起こして無茶苦茶するかもしれないぞ」
「いいさ、付き合う。何か食べればすっきりするだろう。腹が減っていてはイライラも収まらない」
「お前ほんとさぁ……」
「ん?」

 ケーキをあーんしてもらって、懐の広さを見せられてしまうと、流石の俺もじわじわと喜びと恥ずかしさ、そして情けなさが心を占めていく。源田の言動はいかにも王子様といったところなんだが、生憎とこの男は心底嬉しそうな顔でもきゅもきゅと、累計幾つめになるかもわからないケーキを頬張っている。さながらリスだ。若しくはハムスター。どっちにしろ愛玩動物じゃねーか。まぁそういうところがいいんだが。
 そんなふうに気を遣われると、こんなことでイライラしてる自分の方がちっぽけだと思えてきてしまう。源田の言うとおり、食べた方がすっきりするかもしれない。こうなれば自棄だ、手当たり次第に食い尽くしてやる。幸い食べ放題、何をどう食ったところで、誰から文句を言われることもない。

「よっしゃ食う。手始めにパスタだ」
「あ、きのこあんかけのやつが美味そうだったから、それ持ってきてくれ」
「安心しろ、全部持ってくる」
「混ぜるなよ……」

 勇んでコーナーに向かう俺を、源田が苦笑しながらひらひらと手を振って見送ってくる。見てろ、怒りを燃料にすれば俺だって食える……!





「食い過ぎた……うぷ……」
「何であそこでラストスパートかけてパフェなんか食べたんだ……」
「仕方ないだろ、塩気のあるもんばっか食べてたから、ちょっと甘いもん入れたくなったんだよ……」
「それなら好きなサイズに切り分けられるケーキにしておけばよかっただろうに……」

 歩くたびに胃の中でごちゃ混ぜになったパスタと生クリームが踊る。あれからパスタを力の限り食い尽くし、ドレッシング増し増しのサラダを二皿ぐらい食べたところで、すっかり口の中が塩分塗れになった俺は、口直しを求めて、あろうことかセルフパフェなんぞに手を出した。その結果がこれだ。源田の言う通り、ひと口程度で片付けられるケーキにしておくべきだったと今更ながらに後悔している。イライラを埋めるための食事はこんなにも人を無謀にするのかと、十四年生きて初めて学んだ。この先食べ放題なんかに行く機会があったとしても、俺は自分を自制してみせると密かに誓った。

「まぁ、自棄食いとはいえ、佐久間の食べっぷりは見ていて気持ちが良かったな」
「いやそれ、お前の方だろ……」

 適度に会話を交わしながらも、ぱくぱくもしゃもしゃと源田の胃袋に収められていくケーキやパスタたちを思い出す。ちなみに俺が残しかけたパフェをぺろりと軽く平らげたのも源田だ。やっぱこいつ、見た目相応に食う。合宿のときとか、動いたことを差し引いても滅茶苦茶食ってたな。それにしても美味そうに嬉しそうに食うし、食い方も綺麗なもんだから、見てるこっちとしては気持ちがいい。まるで俺が奢ったような気分だ。

「やっぱり俺、食ってるお前好きだわ」
「? そうか、ありがとう。ところで、佐久間はちゃんと食べたか?」

 不意に、そう源田から尋ねられ、自分がどれだけ食べたかを思い返してみる。……わからん、というか思い出したくない。味は総合的に言うと普通ってとこで、まぁ美味かったやつもあるし、機会があればもう一回食べたいものもあったような気がする。はぐはぐと一心不乱に掻き込んでいたせいで、思い出すのにも一苦労だ。決して味わって食べていないわけではないことは弁明しておく。

「おう、自棄食いだけどな」
「美味かったか?」
「まぁまぁだな。あ、あの和風パスタは結構好きだったかも。ケーキもチーズ系の奴が美味かった」
「そうか。……少し早いが、それならよかった」
「あ?」
「何でもない。ああほら、あそこの店、夏前だからペンギングッズが大量入荷しているみたいだぞ」
「マジ? 行く」

 どこかほっとしたように呟いた源田だったが、俺が訊き返しても理由ははぐらかされた。そして指差された店先に並ぶペンギンたちに、俺の思考は一瞬でそっちに切り替わる。だから俺は源田の言葉の真意を知らないまま、そして特に気にも留めないまま、目の前のペンギンたちに熱を上げていた。



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