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 佐久間の影を気にしつつ、どうにかこうにか校内を移動してきた二人は、サッカー部の部室の入り口までやってきた。静かに聳え立つ見慣れた建造物へ近づき、そっと扉の前に立つと、ウィーンと音がして自動ドアが開く。予想外の挙動を見せた扉に、源田は少しだけ眉を動かした。

「おかしいな、部活は休みなのに」
「鍵ぐらい、どうとでも理由をつければ借りられる」

 基本的に、部室の鍵は顧問や監督が所持する他に、職員室で一括保管されているものもある。そちらに掛け合えば、例えば忘れ物をしたとか自主練をしたいなど、それらしい理由があれば借りることは容易だ。サッカー部の場合、一年生であればやや渋られるかもしれないが、鬼道を始めとした部の主体となっている一軍のメンバーであれば、下手に何かを勘ぐられることもなく借り受けられるだろう。
 誰とすれ違うこともなく、鬼道と源田は室内を進んでゆく。確信を持って先を進む鬼道の後ろで、源田は頭を捻っていた。自分たちだけを締め出して、わざわざ部室で何かをする理由。鬼道は当たりがついているようだったが、何を訊いても意味ありげにほくそ笑んで「まぁ行けばわかる」としか返してこない。できれば自力で答えに辿り着きたかったが、こればっかりは目星がつかないので、諦めざるを得ない。大人しく鬼道についていって、正解を見せてもらおうと思う。

 やがて鬼道が立ち止まったのは、いつも利用しているミーティングルームの前だった。正確には大部屋の仰々しい方ではなく、自販機などが置かれ、談笑や簡単な作戦会議のできる、どちらかといえばラウンジのような造りになっている方である。少し近づいてみると、確かに中から物音や喋り声が聞こえる。今の怒鳴り声は辺見だろうか。

「此処か? 少し声が聞こえるが……って、おい鬼道!」

 耳を澄ませる源田を余所に、鬼道はすっと自動ドアの前に立つ。ロックがかかっている様子もなくすーっと開いた扉の先には、華やかに装飾された室内と、その中でせっせと飾り付けや料理を運んでいる一軍メンバーたちの姿だった。

「おー、佐久間やっと戻って……えっ!? あっ、き、鬼道さん!?」
「は!?」
「源田も!?」

 思わぬ来客に、持ったものを落としかけたり引っくり返しかけたりと慌てふためく室内。一方、鬼道と源田は、室内に施された飾り付けをしげしげと見つめながら足を踏み入れる。色紙のガーランド、コンフェッティバルーン、カラフルなオーナメント。極めつけは、会議用のホワイトボードに書かれた「Happy Birthday」の綴り。

「“誕生日おめでとう”……? 鬼道の誕生日パーティー、か?」
「……はぁ、それを言うならお前もだろう」
「…………あ、」
「畜生、バレちまったなら仕方ねぇ。お前等出せ出せ!」

 源田が事の真相に気づくと同時、はぁ、と大きく溜め息を吐いた寺門の横で辺見が声を上げると、皆は一旦作業を止め、制服のポケットからクラッカーを取り出した。そして。

「鬼道さん!」
「源田!」
「お誕生日!」
「おめでとうございます!」

 パパンッ! と響き渡るクラッカーの華やかな音と、紙吹雪。若干揃っていないお祝いの言葉。目の前に広がる色とりどりのやわらかな光景に、鬼道と源田は目を丸くさせた。そして互いを一度見やり、どちらともなくふっと微笑むと、すっかりお祝いモードと化した整いきっていない小さな会場へと、身を投じた。





 ここまで来たらもう取り繕うのもいいかと、ペットボトルのジュースやスナック菓子を開けての立食会が始まった。無論メインである鬼道と源田のお祝いも忘れておらず、どこからともなくやってきた苺のホールケーキに、つい源田の目頭が熱くなってしまう。

「いやー、ほんとは準備が全部終わってから、誰かに呼びに行ってもらうつもりだったんですけど……」
「まさか、先に勘付かれるとはな。とはいっても、鬼道相手じゃ時間の問題ではあったが」

 ガーランドやオーナメントの飾りつけ自体は今日行ったものだろうが、それらの用意や飲食物の買い込み、ケーキの発注などは、とてもじゃないが一日で行ったとは思えない。恐らく数日前、ともすればもっと前から計画されていたのだろう。これだけ大掛かりな準備がよく自分に一部の露見もなく進められたものだと、鬼道は内心感心していた。

「俺も気づいたのはさっきだし、偶然だ。それにしても、随分と手の込んだことをしようと思ったな」

 鬼道がそう零すと、丁度ケーキを切り分け終えた咲山が、皿を手に寄ってくる。

「去年話したじゃないですか、「鬼道さんと源田のお祝いは来年か」って」
「だからって、本当にやるとは思わなかったぞ……」
「まぁ、ぶっちゃけ俺たちもちょっと前までは考えてなかったんだけどよ。佐久間がな」
「佐久間が?」

 ケーキを頬張る大野や万丈曰く、三学期も終わる三月の中旬を過ぎた頃、タイミングよく鬼道と源田が残って打ち合わせをしているとき、着替えをしていた佐久間がぽつりと「鬼道と源田の誕生日が近い」と零したのが発端だという。そういえばそんな時期か、やべぇ忘れてた等と話が盛り上がり、結果的にこのようなパーティーが計画された。バレないようにするため、できるだけ自分と鬼道をセットにして遠ざけたり、今日の部活をまるっと休みにして場所と時間の確保をするためにそれらしい理由を組み、万一部室に立ち寄られたり帰宅されるのを防ぐために佐久間を派遣したのだという。理由が判れば数々の違和感にも筋道が通り、思わずおお、と感嘆を零してしまう。

「嬉しいな、色々と考えてくれていたのか……。除け者にされてるなんて思ってすまなかった」
「構わねぇよ。まぁ、まさかお前が自分の誕生日を頭に入れてねぇとは思わなかったけどよ」
「はは……。しかし、佐久間が追いかけてきたときは焦ったぞ。何せ鉢巻を巻いて、サイリウムを持ってきたからな」
「は?」
「確かに、あれは何事かと思ったな。血走った目で、正に一心不乱という感じだった」
「……何だ、それ」

 あのときの佐久間は凄かったよなぁ、と二人がぼやいている横で、辺見や寺門はわけが判らないといったように顔を引き攣らせていた。そんな彼等に気づいた源田は、不思議そうに問う。

「どうしたんだ? 大野や万丈たちから、時間稼ぎと俺たちの足止めのために佐久間を寄越したと聞いたんだが、そうじゃなかったのか?」
「あ、ああいや、それは合ってる。合ってんだがよ……」
「確かに佐久間の役割はそれだ。だが少なくとも、俺たちは鉢巻もサイリウムも渡してない」
「……え?」
「鬼道!!!! 源田!!!!」

 僅かの困惑が室内に走った刹那、ドタドタと忙しない足音が響いてきた。キキーッ! と急ブレーキを踏んだような音と共に、何者かが扉の前で止まる。そして自動ドアをぶち破る勢いで現れたのは、まぁ当然というべきか佐久間だった。やはり二人が見た通り鉢巻とサイリウムを装備していて、またも辺見たちの顔が引き攣る。

「佐久間! 突然追いかけてくるから、驚いて逃げてしまったじゃないか」
「じゃあもっと簡単に捕まってくれよ!」
「あんな目で追われたら逃げるに決まっているだろう……」
「つうか、何でそんな格好なんだよ……」
「ああこれか? この方が目立つし、俺の気持ちが存分に伝わるかと思って」
「アイドルのライブじゃねーよ!」

 興奮度合いが完全に推しているアイドルを応援するオタクのそれだ。まぁ、自分の憧れの人物と好きな人物の誕生日が二人揃って同じなんてこと、滅多にある偶然ではないから、興奮するのも判らなくはないが。それにしたって、感情の向け方が妙にズレている男、佐久間次郎である。

「まぁ、ちゃんと役割は全うしてたみてーだからいいけどよ……」
「役割? 何のことだ?」
「はぁ!?」
「俺はただ、鬼道と源田の誕生日をお前たちよりも早く祝おうと思って、二人を探してただけだが?」
「こいつちゃんと計画聞いてなかったのかよ!」
「思えばまともに話を聞いた上で相槌が打たれていたかも怪しいな……」

 本人の煩悩と部員たちの計画が奇跡的に一致していただけだと知り、寺門は頭を抱えた。これが参謀で大丈夫かと苦い顔になるが、これでも実力は本物だし、締めるときはきちんと締めるから問題ないだろう。ただ一点、この“好き”への感情が荒ぶっているだけなのだ。

「ああ危ない、忘れるところだった。鬼道、源田、お誕生日おめでとう!」
「……ああ」
「なんだ鬼道、照れているのか?」
「ばっ、そんなんじゃない……っ!」
「はは、こんなに大掛かりで祝われちゃ、嬉しいし照れもするよな」
「だから違うと……!」
「素直じゃないな、鬼道は。ありがとう佐久間、嬉しいよ」
「……〜〜〜っ!!!!」

「……おい、このパーティーで一番得してるのって佐久間じゃねぇか?」
「そうかもしれないな……」




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