10番! | ナノ

「ファイア、トルネード!」

 炎を纏い、ぐるぐると螺旋を描きながら宙に昇って繰り出される利き足からの強烈なシュートには、いつだって目を惹かれる。
 真っ直ぐにゴールを狙った一撃は、円堂のゴッドハンドと拮抗する。踏ん張りが利かなくなった円堂が後ろに倒れたが、その拍子にゴッドハンドを上に向けたことで、ボールの威力は向きを変え、ゴールネットを揺らさず、がぉんとクロスバーに当たって弾かれた。止めたというよりは、あまりの威力に逸らさらざるを得なかったといった方がいいだろう。結果としては、勝敗着かずの引き分けといったところだろうか。残り火をちろちろと漂わせながら着地した豪炎寺の横顔は、ゴールが決まったわけでもないのにどこか嬉しそうで。そんな一部始終を隣で見ていた鬼道は、一連のシュート対決にほう、と溜め息を零した。

「久々に見たな、ファイアトルネード」
「そうか?」
「相手が手強くなるにつれて、新しく強い必殺技主体になっていくだろう。決してファイアトルネードが弱い技だと言いたいわけではないが、ここ最近は爆熱ストームや爆熱スクリュー、グランドファイアばかり見ていた気がしたものでな」

 何となく、豪炎寺修也という男の原点を見た気がして、柄にもなく高揚してしまったとは言えず、鬼道はふっと笑って誤魔化した。鬼道の真意は悟られていないようで、豪炎寺は汗を拭いながら「ほう」とだけ返し、「ナイスシュート!」と円堂から返されたボールをトラップして受け取った。
 ファイアトルネードは、勿論豪炎寺にとっては特別なものなのだろうが、鬼道にとってもまたそうであった。一年生の頃、偵察に寄った木戸川清修でのとある試合。宙に上がっていく炎の渦に、一瞬目を奪われた。思えば、豪炎寺を意識の片隅に置くようになったのはそのときからだっただろう。彼が試合を欠場したと聞いたときは驚いたし(僅かに落胆した自分が居たことに気付いたのは、もっとあとの話だ)、雷門へ襲撃したあの日、彼がエースナンバーを背負ってフィールドに現れたとき、総帥である影山の指示を遂行できた達成感とは別に、自分の中で何か昂るものを感じた。
 この男を飛び越えるにはどうすればいいか。向上心しか許されなかったあの頃の鬼道は、円堂たち雷門や妹のことを気にする傍ら、豪炎寺への形容しがたい感情も燃やしていた。嫉妬とも対抗心とも言えるようで言えない、何かを求めるような、妙な気持ち。紆余曲折を経て雷門に転入し、千羽山中との試合でフィールドの立ち位置に着いたとき、視界に映ったそれを見て、鬼道はその正体を漸く理解した。自分はきっと、彼の背中を見たかったのだと。神々しいまでに輝いて見える、自分が背負っていたものとはまた違う、あの十番を。

「爆熱ストームや爆熱スクリューもいいが、俺はやはりファイアトルネードだな」
「唐突になんだ」
「いや、俺の中でのお前の始まりといえばそれだからな。やはり、思い入れというべきか、印象の度合いが違うんだよ」

 沖縄で爆熱ストームを放ったときや、世界大会で見せた爆熱スクリューやグランドファイアへの衝撃は確かにあった。しかしそれよりも何よりも、復活の狼煙となったあのファイアトルネードの方が、とても印象的だった。熱量と迫力を増したそれは、ゴールに突き刺さると同時に、自分をも貫いていった。

「お前のシュートはいつも気持ちがいいが、ファイアトルネードは別格だ。あれが一等いい」
「……鬼道。お前、今日はよく喋るな」
「なんだ、照れているのか」
「……そうじゃない」

 呆れたように眉を寄せる豪炎寺だが、気温のせいでない赤みが頬に差していることに気付いた鬼道は、意地悪く微笑んだ。
 と、一度そっぽを向いた豪炎寺が、暫く視線を彷徨わせたあと、徐に鬼道へと近寄ってきた。一歩ほどしか隙間のない距離。ゴーグルの奥に見える深紅の両目を見つめながら、豪炎寺はどこか不敵に笑って。

「俺は、お前が皇帝ペンギン2号を撃つ瞬間の、あの指笛が好きだぞ」
「……!?」
「……ふっ、これでお相子だな」
「……はっ、ご、豪炎寺! お前……!」

 くつくつと悪戯が成功した子供のように笑みを零した豪炎寺は、円堂の呼びかけに応えてそちらへと向かっていってしまった。残された鬼道は、小さく震えながら、してやられたと、かの十番の背中を、少しだけ熱くなった瞳で見つめるのだった。

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