10番! | ナノ


 今日も丹精込めて作ったおにぎりを机に並べる。夏未の手洗いチェックが入ってから、まるで一位を争う徒競走でも始めたのかと言わんばかりの勢いで突っ込んでくる部員たちに、秋は毎度ながら苦笑してしまう。差し入れと称したおにぎりは、やはりいつでも嬉しいものらしい。
 はぐはぐと瞬く間に減っていく白い三角形たちを眺めていると、不意に前に影が差した。他よりも少し長身のそれは、豪炎寺だった。首からかけたタオルで額をひと拭いした豪炎寺は、秋の前のお盆に並べられた、残り少ないおにぎりを指差す。

「食べてもいいか?」
「? 当たり前じゃない、皆でどうぞ」
「……いや、てっきりあいつに食わせたいんじゃないかと思ってな」
「……っ、!? もう、豪炎寺くん!」

 珍しく身を乗り出す勢いで怒った秋に、豪炎寺はくつくつと笑いながら「悪かった、冗談だ」などと微塵も悪びれない口振りで言う。こんなからかい方をしてくるような人だったかな、と秋は思ったが、以前から少し抜けているところはあるし、悪乗りすることだってあった。普段クールな姿ばかりを見慣れているせいか、たまに見せる歳相応の素振りはどうしたってびっくりしてしまうけれど、そんな姿を見ると、何だか豪炎寺が身近な存在のような気がして、意味もなくほっとする。

「そんなこと言う人にはあげません」
「すまない、そこまで拗ねられるとは思っていなかった。頼むこの通りだ」
「音無さんか夏未さんのを貰ってくれば?」
「音無のは鬼道に目をつけられたくない。雷門のは……冒険し過ぎていて、手を出す気になれん」

 ちらりと冷や汗を掻きながら豪炎寺が視線をやった先を見ると、塩分が濃かったのかはたまた具材の味付けが突拍子もなかったのか、妙に涙目になりながら形だけは綺麗なおにぎりをもっさもっさと頬張る円堂と壁山が居た。周りの雰囲気は夏未以外ご愁傷様といった感じだ。あまり強くは言わない秋も、流石にあれはとやや苦笑気味になる。

「だから、食べるなら木野が作ったやつがいい」
「……わかった。ただしもう言わないでね、次は私も怒るよ?」
「あれは怒っていないうちに入るのか……」
「残念ながら豪炎寺くんの分のおにぎりは没収されました」
「木野は菩薩のようだ。俺のような人間にもおにぎりを恵んでくれるんだろう。恵んでくれ」

 空腹のまま練習に戻るのも辛いのか、豪炎寺はどこかにキャラを忘れてきたように捲し立てる。そんな豪炎寺が面白くて、もう少し意地悪をしてもいいかなと思った秋だったが、時間も押しているし、何より目の前の豪炎寺がどこか餌を強請る子犬のように見えて、思わずふふっと笑ってしまった。きょとんと首を傾げる豪炎寺だが、理由は判らず仕舞いだ。

「はい、早く食べてね」
「すまない」

 差し出されたお盆からおにぎりをひとつ受け取った豪炎寺は、はぐりと齧り付く。

「ん……。前々から思っていたが、木野のおにぎりは落ち着くな」
「どういう意味?」
「親を思い出すというか、あたたかいんだ。優しい味というんだろうか」
「普通のおにぎりだと思うんだけど……。特別なことは何も……あ、皆が元気になるように、とかは、考えながら握ってるけど」
「その普通がいいんだよ。奇を衒わない、ありのままの味だ。俺はいいと思うがな」

 まさかそんな褒められ方をするとは思ってもいなくて、秋は目を丸くしたあと、頬にさした熱を冷ますようにぱたぱたと顔の前で手を扇いだ。もう、と呟くと、やはり豪炎寺は小さく笑っていて。しかし不思議と、からかわれているような気持ちにはならなかった。

「秋〜、おにぎりくれ〜……」
「円堂くんったら、さっき夏未さんの食べたでしょ?」
「夏未のは何ていうかさ……ドクソウテキ? コセイテキ? でさぁ……。秋のふっつーの何でもないのが食べたいんだよ〜……」
「だ、そうだが?」
「……しょうがないなぁ」

 へろへろと秋のおにぎりに吸い寄せられるようにやってきた円堂に、豪炎寺と秋は顔を見合わせて苦笑する。どうぞ、と了承したと思えば、あっという間にお盆からなくなっていく残り数個のおにぎりを見た豪炎寺が、こそりと自分の分を確保しているのを見て、秋は思わずぷっと笑ってしまった。

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