10番! | ナノ



 暦はもう夏を過ぎたというのに、連日の暑さが身体を襲う。故に、水分補給は大事だ。持参したペットボトルのうち、一本は既に空、もう一本は部活後に飲めるよう凍らせてきたため、まだ手を付けられない。教室でそんな状況に陥った土門は、結局幾何かの小銭を持って、購買へと向かうことを選んだ。タイミングがよかったわね、と購買のおばちゃんに言われて首を傾げたが、ドリンクコーナーの飲み物類が潤沢だったことと、丁度いい具合に冷えていたことで察した。
 適当に炭酸を一本見繕って会計を済ませると、丁度見慣れた顔がひょこりとやってきて――けれど顔触れとしては意外な人物だったために、土門は僅かに驚いてしまった。

「あれ、豪炎寺?」
「土門か」
「何、飲み物?」
「ああ。今日はうっかり一本だけしか持ってこなくてな」
「丁度いいときに来たな、どれもキンキンだぜ」

 財布を持って現れた豪炎寺は、ケースの前で少し悩んでみせてから、紅茶を選んで会計を済ませた。別に付き添う意味はなかったのだが、成り行きというか興味本位で、土門はその流れを見ていた。中休みは始まったばかりで、あと十五分はある。妙な気まずさにどうしたものかと悩んだ土門だったが、ここではいさよならも寂しいよな、と思い、教室へ戻ろうとする豪炎寺を引き留めた。
 二人で日当たりのいい窓際に背中を預ける。窓が吸った光熱がワイシャツ越しにじりじりと背中を焼いてきて、此処を選んだことに少し後悔した。

「最近ずっと天気いいよなー。飲み物が追い付かないぜ」
「我慢するのもよくないしな」
「ほんとそれ。暑くてたまんないわ。俺、中身もアツい男だからさぁ」
「そうだな」

 土門としては軽いジョークのつもりだったのだが、意味が判っているのかいないのかは兎も角、豪炎寺が躊躇いもなく普通に返してきたことに、逆に自分の方がぎょっとしてしまった。これが鬼道辺りであれば「馬鹿を言うな」とでも返してきたのだろうが(実際今もそんな返答を予想していた)、まさか素直に肯定されるとは思いもしなくて。

「あっ、そんなことないって思ってるだろ」
「いいや?」
「またまたー」
「……バスの一件、あっただろ」

 豪炎寺の言葉に、土門はぎくりと何かを暴き立てられたような気持ちになった。そのことは、できれば今でも触れてほしくない一件だ。たまに冗談を言う面子が茶化しのネタとして口にすることがあるが、その度に平気な顔をした裏で、胃の底を舐られているような不快感が襲っていた。それを、そんなことを言いそうにもない豪炎寺に言われることになるとは。続く言葉に身構えてしまう。手に持ったペットボトルが、めこりと小さく撓んだ音を立てる。

「あのとき、自分を顧みずに申告したお前のことを、強い奴だと思った。そのあとの帝国の試合でも、身を挺してボールを受けただろう? あれを見せられて、お前が情に熱い男じゃないなんて、俺には思えなくてな」

 しかし、土門が予想していた言葉とは裏腹に、豪炎寺が紡いだのはそんな賞賛で。どくどくと焦燥で脈打っていた心臓の音が、少し穏やかになった気がした。代わりに、別の意味で身体の中が沸き立つような感覚。思わずは、と声を零してしまう。豪炎寺は相変わらず薄く微笑んだままで、その笑みが女子に人気なんだよな、と唐突に意味もないことを考えてしまった。確かに、男の土門でさえ、ずっと見ていると変に意識してしまいそうになる。

「……そろそろ中休みも終わるな。俺は戻る。円堂も、数学のノートの写しが終わった頃だろう」
「えっ? あ、ああ、そうね……」
「じゃあな。また放課後」
「……うん、また部活で」

 土門がぽかんとしている間にも、豪炎寺は何事もなかったかのようにさっさとその場を去っていってしまった。後に残された土門は、消えていく背中を見つめながら、ほへぇ、と間抜けな息を漏らす。

「…………っ、はぁ〜……」

 たった十分程度だったというのに、もっと長い時間二人きりで話をしていたような気がする。その長いようで短い十分に、今までの記憶にもデータにもない豪炎寺を垣間見た。今も耳に残る落ち着いたアルトボイスに、土門はじんわりと遅れて襲ってくる喜びと気恥ずかしさに、思わず身体を抱いて、くぅ、と小さく唸った。
 今日一日、何だかいつもより頑張れそうな気がする。そんなふわふわしたあたたかさに包まれる土門が、予鈴のチャイムに慌てて教室へ駆け込む羽目になるまで、あと三十二秒。


×