10番! | ナノ


 刑事に連れられて沖縄にやってきた彼を見たとき、土方は言い知れぬ不安を感じたのを覚えている。フードの下から垣間見える瞳は、同年代だというのにどこか尖りと憂いを映していて、少しだけ危ないなと思った。そして実際その印象に違わず、彼は自分を責めるような表情で、ずっと海を見ていた。食事も禄に食べず、寝ることもせず、生きているのが不思議なほど、ぼうっと佇んでいた。
 転機があったのは、弟たちが遊んでいたサッカーボールが彼の足元に転がったときのことだ。自分は洗濯物を干しながら見ていた。「とってー!」「けってー!」と騒ぐ弟たちを窘めようとしたところで、轟、とボールが視界を横切った。子供でもとれる威力。しかしその精巧さと込められた思いに、彼の本質を見た気がした。そこからは転がるような勢いで彼の世話を焼いた。放っておいてほしかったかもしれない、けれど、そんな奴ほど一人にさせておけないのが、土方という男である。時には弟たちに扇動させ、渋る彼を庭に連れ出して、リフティングを教えさせたりボールの追いかけっこに巻き込むこともあった。何となく、彼からサッカーを取り上げてはいけないと思ったのだ。そしてそれは、エイリア学園が襲来してきて、彼が本当のチームに戻ったとき、確信に変わった。やっぱりあいつは、サッカーをしているときが、一番生きているな、と。

「どうしたんだ土方、こんなところで」

 日も落ち、夕食も食べ、風呂にも入って、あとは寝るだけだというのに、妙に眠気が襲ってこなくて、土方は宿舎の大部屋の窓の外に腰かけて、一人ぼんやりとしていた。季節が季節なら冷えたきゅうりの一本でも齧っているところだったが、無論宿舎にそんなものは用意されていないので、冷蔵庫から持ち出した麦茶(自分のところとはまた味が違う)で我慢していた。さわさわと風を感じていると、ふと声をかけられる。豪炎寺だった。風呂上がりらしい豪炎寺は、ワックスを落としてやや垂れ下がった髪をタオルで拭きながら、特に了承を得ることもせず土方の隣に腰掛けた。

「なんか、眠くならなくてよ。昼間あんだけ練習したってのに」
「そういう日もある」
「お前は規則正しい生活してそうだよなぁ……」
「まぁ、家が家だからな。不用意な夜更かしは翌日のパフォーマンスに影響が出るし、食事も三食しっかり摂らないと」
「そりゃそうだ」

 がはは、と土方が笑う。思えば、こうして二人で話すのも沖縄以来かもしれない。それは豪炎寺も感じているようで、「久々だな、お前とゆっくり話すのは」と呟いた。あのときのお前は借りてきた猫みたいだったよな、と言えば、豪炎寺は面白くなさそうにむすりと表情を歪める。だってそうだろう、最初は誰も寄せ付けまいと一人で居たくせに、サッカーが絡んだ瞬間あれよあれよという間に打ち解けて、仕舞いには一緒に料理することだってあったぐらいなんだから。経緯を思い返していれば表情が緩んでいたのだろう、土方がくだらないことで思い出し笑いしていると思っている豪炎寺は、面白くなさそうに眉を顰めてみせた。以前から思っていたが、こうしていると、年の近い弟ができたような気分だった。

「ま、何はともあれ、お前がサッカーやるようになって嬉しいよ。あんときは一緒についていけなかったが、今回は思う存分暴れてやる」
「その意気だ」
「っと……その前に。おらっ!」
「う、わっ」

 豪炎寺の頭にかかったままのタオルを持って、ぐしゃぐしゃと髪を拭いてやる。見る度に毛先から落ちる雫が鬱陶しかったのだ。風邪をひかれては困るというのもある。普段から逃げ惑う弟たちを相手にしているせいか、やや乱暴な手つきだったが、豪炎寺は暴れることもなく甘んじていた。合間から見えた耳は赤く、もしかしたら照れているのかもしれなかったが、土方は黙ってやることにした。きっと、兄という立場から、こうして誰かに世話を焼かれることに慣れないのかもしれない。そう思うと、やっぱりくつくつと笑ってしまう。

「お前、不器用だよなぁ」
「何がだ……!」
「そういうとこだよ。ほら、さっさと乾かしてこいって」

 すっかりぼさぼさになった頭を手櫛で整える豪炎寺の表情は不満そうだが、不思議と嫌悪は見られなかった。ばしんと背中を叩いて送り出してやれば、まだ納得はいっていなさそうだったが、抗議しても無駄だというのを悟ったのだろう、ゆっくりと腰を上げて、風呂場へと戻っていった。そんな後ろ姿は、フィールドで見る頼もしさよりも、年相応の小柄さの方が強くて、思わずふっと笑いがこみ上げる。けれど、その背中は、沖縄で燻っていた頃のそれよりも、うんと大きくなっていて。

「……俺も、負けてらんねぇな」

 星が疎らに煌く夜の空へと、土方は決意を新たに呟いた。


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