10番! | ナノ


「はい、風丸さん!」
「あ、ありがとな……」

 ふらりとサッカー部へやってきたかと思えば、突如専属マネージャーよろしく世話を焼きはじめる宮坂に、風丸はやや乾いた笑みで応対していた。陸上部に居た頃から似たようなことはあったが、サッカー部に来てからは頻度こそ減ったものの、その間を埋めるように密度が濃くなったように思う。今だって、こちらに気をかけようとする秋が苦笑しているほどだ。しかし風丸も追い払うなどと無下に扱うこともできないので、内心口端を引き攣らせつつも、甘んじて接待を受けていた。

「随分熱心なファンが居るな、風丸」

 ふとにやついたような声が聞こえてきたので視線を上げると、口元に拳をやって釣り上がった唇を隠しながら、それでも目元を穏やかに歪める豪炎寺が居た。気付いた宮坂がぺこりと頭を下げる。

「もう休憩終わりですか?」
「いや、あと五分はあるな。思う存分マネジメントしてやってくれ」
「は、はい!」
「豪炎寺っ!」

 嬉しそうに跳ねる宮坂とは対照的に、風丸は疲弊したように豪炎寺を睨んだが、ひらりと躱されてしまった。お前だって木野に強く出られたら逃げられないのを知ってるんだからな、と思いながら、さらに甲斐甲斐しさを見せてくるる宮坂を宥めるように薄く苦笑いしてみせた。



「豪炎寺お前、やりやがったな……!」
「いいじゃないか、お前の一番のファンなんだろう?」
「あまりあいつを乗せるようなことは言うなよ。どこまでやりだすか気が気じゃない……」

 雷雷軒へ迎う途中の帰り道、風丸は豪炎寺へそう食って掛かった。しかし豪炎寺はといえば、素知らぬ顔でまたもひらりといなす。これでは風丸の一人相撲だ。

「でも、ファンが居るというのは意外と大事だぞ? 陸上の頃だって、そうやって応援してくれる奴は居たんだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
「横断幕、フラッグ、うちわにメガホン、応援の声。全部が自分に向けられた期待だと思うと、嬉しくなるが、同時に怖くもなる。背負うものが増えるのは、案外きついんだよな」

 豪炎寺の言葉に、風丸は陸上部で走っていた頃を思い出す。レーンに一人立ち、先だけを見据え、スターターの合図を今か今かと待ち続ける。弾けた音と同時にたっと地を蹴って、ひたすらに前へ。その刹那聞こえてくる、間近で自分の走りを見守る仲間や、或いは観客席からの「頑張れ」の言葉に、どれだけ励まされ、同時に押し潰されそうになったことか。あのときの瞬間的な相反する感情を、豪炎寺も感じたことがあるのかもしれない。

「……豪炎寺は、応援してくれる奴のこと、どう思う?」
「さっき言ったとおりだ。嬉しさと怖さ、どちらも持った、頼もしい味方であり、一番の敵みたいなものかな」
「敵であり、味方……」
「昔からそうだ。仲間の、スタンドからの応援に、背中を押されたことも、足を絡めとられたこともある。それでも俺は、俺を応援してくれる人たちを大切にしたいと思っている」

 誰にも何も与えられない、与えてもらえないサッカーに意味なんてないからな、と豪炎寺は小さく微笑みながら言った。風丸は豪炎寺がそんなことを言うだなんて思いもしなくて、驚いてぱちぱちと目を瞬かせた。

「……夕香ちゃんからの「頑張れ」も、やっぱり怖いのか?」
「……ああ。夕香は、俺の一番のファンだからな。期待に応えられないのは、怖いよ」
「そっか」

 風丸の中の豪炎寺は、寡黙でストイック、けれど内に燃え滾る熱意を秘めている男の印象が強かった。そんな彼は、てっきり応援の声も当たり障りなく感じているのだとばかり思っていたのに、返ってきた言葉は意外なものばかりで。ましてや、あの豪炎寺にも怖いものがあるだなんて(それはとてもスポーツ選手らしいものだったけれど)。遠くに見えていた背中に、ちょっぴり親近感が湧いた。

「まぁ、熱意のあるファンは悪いものじゃないぞ。お前も慣れるさ」
「あれに慣れたらおしまいな気もするが……」
「じゃあ、風丸の士気が下がって困るからやめろとでも言ってやろうか?」
「……誰も、そこまでは言ってないだろ」
「……ぷっ、くく……!」
「笑うなよ!!」

 夕暮れ時に、風丸の拗ねた声が響く。「早く行こうぜ!」と急かす円堂の声に、豪炎寺はああ、と短く返すと、さっさと行ってしまった。すっかり豪炎寺のペースに巻き込まれて、珍しい話をしてしまった。最後にはやっぱりからかわれたが、それでも不思議と嫌な気持ちにはならなくて。風丸は妙にあたたかくなった胸のあたりにそっと触れてから、鞄のショルダーをかけ直して、皆の影を追いかけた。




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