10番! | ナノ


 その背中は、腹が立つぐらいに大きくて、悪態を吐きたくなるほど遠かった。

 真夏の屋外練習は地獄以外の何物でもなく、太陽が真上に昇ったこの時間は、殊更最悪だった。じとじとと額や首筋を伝う汗は拭えど拭えど湧いてくるし、張り付いたユニフォームのせいで思うように身体が動かない。そんな中でも我らがキャプテンは長袖常備でいつもの台詞を声高に叫んでいるのだから、つくづく頭が上がらない。
 そしてふと、昔のことを思い出して、染岡はほう、と息を吐いた。帝国学園との練習試合に成り行きで勝って、雷門サッカー部が始動し始めた頃のことだ。自分の知っているサッカーを遠くへ追いやったあの頃、それを手にしたくてがむしゃらになったあのとき。何故今になってそんなことが思い浮かんだのか、本人にさえ判らない。ただ言えるのは、今も昔も、自分の躍起さの理由が、あの十番に在るということだけだ。

「どうした、ぼーっとして」

 不意にその張本人に人物に声をかけられて、染岡はぎょっとしながら振り返った。スクイズボトルを二本持った豪炎寺が、タオルを首からかけて、涼やかな顔で立っていた。差し出されたボトルを受け取って、がぁーっと一気に流し込む。少しはマシになったような気もするが、相変わらず体感温度は高いままだ。熱中症ではないにしろ、この暑さに意識がふんわりとするのは致し方ないのではないだろうか。

「今日も暑いな」
「まったくだぜ。こういうとき、屋内練習場のある学校が羨ましいったらありゃしねぇ」
「帝国は温度管理もされていて、なかなか快適に練習できると聞いたぞ。尤も、これだけ暑ければ遮光していても湿度でやられそうだが」
「照り焼きも蒸し焼きも勘弁だぜ俺は」
「ドラゴンステーキか?」
「うげぇ」

 冗談めいて言う豪炎寺に苦い顔をしてやる染岡。そもそも必殺技で出てくるドラゴンやらワイバーンやらは食用なのだろうかと、要らんことまで考えてしまう始末だ。お互い暑さで参っているのかもしれない。昔を思えば、こんな他愛ない会話をすることになるだなんて思いもしなかった。
 あの頃の染岡にとって、豪炎寺はいけ好かない奴で、自分が躍起になる原因を作った男で、それでも追いかけ続けずにはいられない存在だった。けれど尾刈斗中との試合から始まって、様々な出会いや、別れや、経験を経て、染岡の中での豪炎寺修也という存在は、あまりにも大きく、遠く、そしてその実力でもって誰もを納得させる、とても強いものだった。常に自分の斜め前に居続ける人。そんな男だと、思った。

「……お前は、もう立派な雷門のエースストライカーだ」
「またそれか」

 唐突な言葉に、豪炎寺は一瞬目を丸くしたあと、くつくつと笑った。最初のときのことを思い出したのだろう。あのときの些細ないがみ合いでさえ、覚えていてくれていたのだと、少し気恥ずかしさが芽生える。あの頃の一匹狼めいてつんけんしていた自分は、周りも見ない小さい奴だったと思い知らされているみたいだ。そのこともあって、けっと零した染岡は、色々な感情を隠すようにボトルの中身をあおった。
 一頻り笑った豪炎寺は、拗ねたように十一番を向ける男へと、ゆっくり語りかける。

「俺からすれば、お前だって立派なエースストライカーだ。どちらかといえば、点取り屋と言った方がいいかもしれないな」

 今まで自分に向けられてきたのは、大半が賞賛と羨望ばかりだった。そんな中で、まず敵意を剥き出しにしてきた染岡に、豪炎寺は何か面白いものを感じた。縄張り意識の強い奴だと思った。そしてその期待を裏切らず、染岡はいつだって雷門という居場所を大切にして、喜び、怒り、泣き、笑う男だった。いつの間にかその輪に自分も入れられていて、気にかけられるようになったとき、何となくこの男に認められたのだと思って、嬉しさを感じた。時には猪突猛進だと、無謀だと言われるようなことでさえ、彼は諦めることなく突っ込んでいった。その無鉄砲さが、少し羨ましい。

「何があっても臆さず、率先して突っ込む、切り込み隊長のような役割。雷門にとって、その存在はとても大きい。俺はそんな最初のスイッチスターターにはなれない。お前だからこそできることだ」

 ぽん、と背中を――背番号の書かれた辺りを叩かれる。その番号は、役割は、お前が背負うものだと言われたような気がして、染岡はむず痒さを感じて頬を掻いた。滅多に熱の上らない頬に赤みがさしたのを、豪炎寺は見逃さなかった。

「頼むぞ、点取り屋」
「任せとけ、エースストライカー」

 そんな鼓舞が、気恥ずかしくて、擽ったくて、しかし確かに互いの導火線に火を点けるのだ。



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