10番! | ナノ


 円堂が豪炎寺に対して思うのは、いつも背中を見ているな、ということである。自分の立つゴールからはいつだって一番遠くに居るのに、不思議とその背中が視界に入ってきて、無性に奮い立つ。例えばFWというだけでいいなら染岡とか、目立つというだけなら鬼道とか、決して豪炎寺だけが際立った存在というわけではないはずなのに、あの絶対的な十番を背負った、決して厳つくもない後ろ姿が、円堂は意味もなく好きだった。
 思えば円堂にとって豪炎寺とは、目の前に居るような、隣を走っているような、いつも進もうとする自分を支えている、そんな感じの人だった。リベロとなった今、本当に豪炎寺が目の前だったり隣に居るのが少しおかしな気持ちはあったが、とてつもない違和感を覚えるということはなかった。

「それにしても、豪炎寺と同じフィールドに立つって、何か変な感じ!」
「いつも立っているだろう」
「キーパーとしてじゃなくてってことだよ! でも、キーパーのときからだけど、豪炎寺っていつも俺の近くに居る気がするんだよなぁ」
「……はぁ?」

 思っていることをそのまま伝えてみれば、案の定意味が判らないと言いたげに眉を潜められた。おまけに訝しげな疑問符付きである。流石の円堂もこれは馬鹿にされてるな、ということが理解できたので、少しだけむっとしてみる

「何だよその反応っ」
「だって、お前が変なことを言い出すからだろう。俺はFWだぞ。イナズマ1号なんかを撃ちに来るときならまだしも、いつもなどと言われたら、首を傾げるに決まってる」
「もーっ、鬼道もそうだけど、豪炎寺もリクツっぽい! こういうのはニュートラルだろ!?」
「ニュアンス、な」

 変な言葉は知ってるんだな、とくつくつ笑われてしまって、円堂は恥ずかしいやら何やらでぷしゅうっと頭まで登った熱を吐き出して、それきり大人しくなってしまった。こんな、中身のあってないような会話を、そしてそれを豪炎寺とするのはいつ振りだろう。このところずっと気を張っていて、色々な出会いと別れを繰り返していて、いつしか妥当宇宙人を目指すために集まっていたメンバーは様変わりしていた。既知の者が減ってゆく中、一度は折れかけもしたけれど、今は彼等の思いも背負って進むことを選んだ。もしかしたら、どこかに次を出しまいと焦る気持ちは、まだあるのかもしれない。また負けたら、今度は誰が。それを考えるのはとても恐ろしいことだった。倒れゆく仲間を、自分の目の前から去る誰かを見るのは、もう沢山だった。
 そんな中で豪炎寺は、一番最初に消えて、一番最初に舞い戻ってきた。胸がいっぱいだった。また豪炎寺とサッカーができる。それは、進む道が真っ暗になりかけた雷門に、そして自分に、どれだけの勇気をくれただろうか。今だって、新しいことに飛び込むのは不安だけれど、一緒に走ってくれる人たちが居るから、そして、雷門サッカー部に始まりの一手をくれた豪炎寺が居るから、前を向いて、頑張ろうと思える。

「でも、リベロって面白そうだけど大変そうだよなぁ」
「キーパーで培った底なし体力を活かせるな」
「むむ、何だか馬鹿にされてる気がする……」
「褒めてるんだ。リベロにとって、体力は何よりも重要なものだ。何せフィールドを縦横無尽に駆け巡る必要があるんだからな。鬼道よりも仕事は多いかもしれないぞ?」
「……俺、できるかなぁ」
「そこで怖気づくのか」

 やることが多いというのは、少し頭が疲れてしまう。キーパーのときだってボールのコースを見極めたりすることはあったけれど、基本的に“止める”ということだけを意識していればよかった。それが一歩フィールドを駆けるとなったら、やれパスコースだやれディフェンスだと、考えること、動くことが増える。それを逐一捌いていかなければ、リベロはやっていけない。それ以前に、まず手が使えないというのが大きい。うっかりゴッドハンドを出してしまわないか、始まる前から内心ひやひやだ。

「大丈夫だよ。そんなことを言ったって、どうせお前はやれるしできる。円堂守はそういう奴だ」
「……へへ、豪炎寺にそう言われちゃ、やるしかないよな」

 けれど、こうして豪炎寺という男に信頼されていると判ってしまえば、円堂には首を横に振って諦める選択肢はなくなってしまう。この男の熱意に応えたいと、心が叫ぶのだ。この先、今回のようにまた道を別つことがあるだろう。それはお互いの考えの衝突だったり、意図せず逆らえない流れで起きるものかもしれない。けれど、何度別々のところを向いて進もうとも、いつか必ず交わって、同じ道を歩き出す。そんな根拠のない確信が、円堂にはあった。

「俺たち、ずっとずっとサッカーやっていこうな!」
「……ああ、当たり前だ」

 二人で並んで見上げた、疎らな星々が輝く濃紺の空を、きっと忘れることはないだろう。




×