10番! | ナノ


「豪炎寺は、もっと周りとコミュニケーションをとった方がいいかもしれないな」

 部室に入ろうとして、中から鬼道のそんな言葉が聞こえてきたものだから、半田は反射的にドアノブに伸ばしかけた手を引っ込めた。話は続いていて、このまま入るべきか悩んだが、中の様子が気になってしまったので、こっそりと窓側に移動して、覗くことにした。幸か不幸か換気のために細く開いた窓からは、引っ張り出された椅子や机に座りながら話す影がいくつか見える。

「お前は少し言葉が足りなさ過ぎるきらいがある」
「そうか?」
「まぁ、正直そんなお喋りじゃないよな、豪炎寺は」

 くつくつと風丸が苦笑する。確かに、豪炎寺が口を開くことは少ない気がした。かくいう自分も何度か話しかけられたりしたぐらいだし、こっちから声をかけてもああとかそうかとか短い単語で会話が終わってしまうし(そもそも豪炎寺と話すのは殆どが部活の伝達だ)、コミュニケーションと呼べるほどの応対をした記憶は薄い。しかしまた、何でこんなタイミングでこんなことになっているのか。つくづく謎だ。と、積まれたタイヤの上で腕を組んでうーんと唸っていた円堂が、そうだ! と両腕を挙げて吠えた。

「よぉーし! じゃあ豪炎寺のコミュニケーションを深めるために!」
「ために?」
「全員と連携必殺技を作ろう!」
「馬鹿か!!」

 意気揚々と宣言した円堂に、染岡が丸めたサッカー雑誌ですぱこーん! と頭を叩いた。いい音だな、と誰かが呟く。「いってぇ!」と頭を押さえながら唇を尖らせる円堂は、納得がいかないようだった。

「だってさぁ、仲良くなるならサッカーしかないだろ? お前たちだって、ドラゴントルネードとか、炎の風見鶏とか、そういうのがあって、豪炎寺ともっと仲良くなったんじゃないのか?」
「……まぁ、確かに」
「言われてみればそんな感じだけどよ……」
「だったら、やっぱり連携技だよ! 鬼道、何かいい案ない?」
「俺にあと五人以上の技の原案を出せというのか……」

 企画の内容を丸投げされた鬼道は、呆れたように額を押さえる。少しだけ考える素振りを見せてはいたものの、やはり鬼道の頭脳を以てしても、それが得策でないことはすぐに弾き出されたようだった。半田としても、イナビカリ修練所での特訓だけでも相当きついのに、今度は豪炎寺とのマンツーマンでの必殺技習得ときたら、肉体的にも精神的にも流石に逃げ出す自信がある。
 半田にとっては、豪炎寺はどことなく近寄りがたいというか、所謂雲の上の存在だ。顔面偏差値も高いし、風丸方面とはまた違った美人な見た目をしているから、ある意味では高嶺の花と言ってもいいのかもしれない。

「必殺技自体、そう湧き水のように浮かんでくるわけもないだろう。万一アイデアがあったからといって、今度はそれを形にするまでに時間がかかる。
それを、必ず豪炎寺を含んだうえで、残りの部員全員分となると、各々が習得する前に豪炎寺が倒れるぞ」
「俺はそんなに柔じゃないぞ」
「話を収束させようとしてるんだから、変なところでアピールするのはやめろ……!」
「ちぇっ、駄目かぁ。うーん……あ、じゃあさ、豪炎寺から見て他の奴等ってどんな感じ?」

 ふとそんな話になって、一同の視線が豪炎寺へと向いた。豪炎寺は一瞬きょとんと目を丸くしてから、そうだな、と顎に手を当てて真面目に考え始める。こうした思案する表情も様になるのだから、イケメンはつくづく狡い、と平均代表の半田は心の中でぼやいた。
 じとーっと隙間からその様子を見つめていると、やがて思い立ったように豪炎寺は顔をあげて、ぽつりと呟いた。

「……半田」
「半田がどうかしたか」
「半田のパスは、受け取りやすいな」

 突然名指しされたうえに続けられた言葉に驚いて、半田は思わず引っ繰り返りそうになった。何とか窓枠を押さえて踏み止まるも、ばくばくと心臓は五月蠅いままだ。あの豪炎寺が、真っ先に自分の名前を挙げた。それが、嬉しいようなおかしいような、奇妙な感じがして、すぐに喜べない自分はどこかズレている気がした。部室内では、豪炎寺のその言葉に、染岡が嬉しそうに声を上げていた。

「おお、豪炎寺も半田の良さがわかるか! なんつうか、滅茶苦茶パスが上手いとか、すっげぇ取りやすいとかってわけじゃねぇんだけど、妙にしっくり来るんだよな。良くも悪くも」
「上手さでいえば計算されている分鬼道の方が取りやすいんだが、半田のそれは、なんというか……上手いわけではないんだが、下手なわけでもないというか、だからこそ丁度いいというか……」
「つまり半端?」
「おいこら」

 円堂の何気ない一言に一瞬傷つくも、二人の言い分からすれば確かに自分はどっちつかずだもんなぁと項垂れる。滅茶苦茶上手いわけでも、かといって最底辺のど下手なわけでもなく。シュート成功率も半々、チャージ成功率も半々、ブロック率も半々。得意なことはもっと得意な人が居て、苦手なことももっと苦手な人が居る。しかし今、形はどうあれ、豪炎寺という紛れもない天才に褒められたということが、おかしさを押し退けてじわじわと嬉しくなってきて、半田は緩む頬を抑えようとして、もごもごと変な表情になっていた。

「まじかぁ……」

 窓枠に手を置いて、項垂れるように地面を見つめる。今なら校庭百周は……いや盛り過ぎた、五十周ぐらいならできそうだ。余韻に浸る半田を他所に(そもそも話の輪に加わってすらいないが)、その後も部室内では豪炎寺が皆の良いところを挙げる会のようなものが進んでいた。わいわいと笑い声や、時たま呆れたような雰囲気が流れる中、半田は喜びに緩んだ表情をあげて、再度部室の中を覗こうとして。

「あれ、半田じゃん。何覗き見してんの?」
「マッ……!?」

 一番厄介な奴に見つかったと思えば、中の視線が一斉に窓際の自分に向いた。ぱくぱくと犯人のマックスと中の面子を見遣った半田は、わなわなと震えながら、言葉も出せずにいる。そんな中、自分の発言を聞かれたことにいち早く気付いて、こそりと立てた襟で赤くなった顔を隠そうとする豪炎寺に、半田の変な扉が開きかけたのは内緒だ。




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