10番! | ナノ



「豪炎寺先輩! 今日こそ!」
「懲りないな」
「だってぇ……!」

 ノートとペンを手に、首からカメラを提げて、ベンチに腰掛ける豪炎寺へとずいずい詰め寄る春奈だが、相も変わらず呆れたような拒否の態度をとられ、へにゃりと表情を顰めた。この春奈の突撃も、そして豪炎寺がそれをあしらうのも、片手で数えられる回数をゆうに突破していた。
 次の新聞部の特集記事に、絶賛活躍中の我等がエースストライカーである豪炎寺のインタビューを掲載しようと考えていたのだが、肝心の本人が滅多に捕まらず、会えばこうして取材の依頼を取り付けようとしては、曖昧に誤魔化されて逃げられる日々が続いている。一度目はきっぱりと断られ、二度目は呆れがちに断られ、てっきり三度目ぐらいで渋々受けてくれるとばかり思っていたのだが、春奈の交渉が下手なのか、豪炎寺の躱し方が上手なのか、結局のらりくらりと会話をすり抜けられて、ここ最近はそれでもめげない春奈に全く快諾する気のない豪炎寺がくすくすと笑って応対する始末だ。柔和な態度で接してくる割に、豪炎寺がインタビューの許可を下ろす様子はない。歯痒い思いをしながら、春菜はそれでも取材時お決まりの三点セットを装備して、(休み時間は本人から却下を食らったので)部活の合間を縫っては、交渉と呼ぶには少々駆け引きが足りていないやりとりを続けていた。既にここ最近の日常と化し始めた二人の攻防戦(豪炎寺の方が上手なために勝負になっていない気もするが)を、部員たちは生暖かい視線でもって見ている。

「ちょっとだけ! ふたつ、いやみっつ、うーん……いつつぐらい質問に答えてくれればいいですから!」
「増えてるぞ。普通そういうのはまず無理だと思わせる数字を伝えてから、それよりも小さい自分の希望数を提示して、相手に少なくなったと錯覚させてうんと言わせるものだ」
「そうなんですね! じゃあ豪炎寺先輩、手始めに二十個ぐらい質問したいんですけど!」
「無理だ」
「そうですか……。じゃあいつつだったらどうですか!?」
「無理だ」
「全然引っかからないじゃないですかぁ!」

 すっかりおちょくられている春奈に、あからさまなネタに素直に引っかかり過ぎなのでは、と思う一部の部員たちだったが、それでもと食らいつく姿勢は賞賛する他ない。何せ相手があの豪炎寺なのだ。これが風丸あたりであれば、最初こそ渋るものの最終的に苦笑しながら受けるだろうが、こと豪炎寺において日々の詰め寄り作戦は通用しないらしい。毎日のようにあの手この手でうんと言わせようとする春奈と、あの手この手で躱し続ける豪炎寺の戦いは、どちらも折れるつもりがない以上、まだまだ続くのであろう。

「先輩! じゃあひとつ、ひとつだけ答えてください! 好みの女性のタイプは!?」

 よりもよってそれか、と聞き耳を立てていた面々は心の中で呟いた。一番プライベートな、しかも普通に考えたらとても答えにくい質問だ。しかし豪炎寺は、ふむと考える仕草をしだした。今までのゴリ押しが強すぎてひとつぐらいなら……と感覚が麻痺してしまったのではと不安になる面々を余所に、豪炎寺は納得したようにひとつ頷くと、やわらかく瞳を細めて、答えを今か今かと待ち望む春奈へと微笑みかけた。

「音無のような明るい奴は、まぁ嫌いではないな」
「……へっ」

 思いがけない言葉に、春奈は数拍間を空けてから、気の抜けた声をあげてぴしりと固まる。春奈どころか、グラウンド全体の空気が戸惑ったようにフリーズしていた。たっぷり十秒ほど硬直してから、途端ぼんっと音がしそうなほど耳まで真っ赤にさせた春奈は、あ、とかう、とか言葉にならない言葉を唇から零し、わなわなと身体を震えさせたあと、ぴゃあっと一目散に秋の元へと走って逃げていってしまった。

「豪炎寺さぁ、あんまりからかってやるなよ」
「何のことだ?」
「えぇ……」

 見かねた半田が勇気を出してそう言うも、小奇麗な顔で微笑する豪炎寺に、本気か冗談か判りかねると、半田は走っていったやかまし後輩に同情してやるのだった。なおその始終を見ていた鬼道が「豪炎寺……」と静かに呟いていたのを聞いてしまった染岡は、自分のことでもないのにぶるりと背筋を震わせていたのだが、それは豪炎寺の知らぬ話である。



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