10番! | ナノ


「ああ佐久間、丁度いいところに居た」

 大広間で無意味にテレビを垂れ流しにして、読めない英語で綴られた雑誌を適当にぱらぱらと捲っていた佐久間は、不意に名前を呼ばれて、ソファに転がしていた身体をよっこらせと起き上がらせた。やや低めのその声に名前を呼ばれることがほぼなかったために、佐久間、と名前を形にされたことに少しだけぎょっとしてしまう。
 声の主である豪炎寺は、そんな佐久間の気など知らず、ソファまで近寄ってきて、徐に手に持った何かを佐久間へと差し出してきた。何、とかやる、とか、そういった言葉もなく差し出されたそれを、一瞬躊躇ってから、おずおずと手を出して受け取る。ころんと佐久間の手の内に転がったのは、コンビニのペットボトルについているおまけのような、小さなストラップだった。しかも、中身は。

「っ、ペンギン!?」
「さっきマネージャーたちの買い出しに付き合った途中、水分補給ということで一旦店に立ち寄ったんだが、そこの売り場のペットボトルにおまけでついていたんだ。
マネージャーたちはそれぞれ好きなものを選んでいたが、俺はどうもこれといったものがなくてな。そうしたらそれが目についたものだから、つい選んでしまった」
「そうなのか……」
「何となく、皇帝ペンギン2号を思い出してしまってな。ペンギンと言えば帝国のイメージが強くて、ついといったところだろうか。鬼道に持って行ったら、佐久間に渡した方がいいと言われたから、探していたんだ」
「こっちのペンギンは土産屋で見かけたのだけだと思ってたから、嬉しい。ありがとな」

 込み上げる喜びを噛み締めつつ、できるだけ表情に出さないよう緩まる頬に力を入れながら佐久間が礼を告げると、豪炎寺は小さく笑った。鬼道が自分の趣味を理解してくれている(実際はその愛玩ぶりに呆れつつだということを佐久間は知らない)ことも嬉しかったが、わざわざ豪炎寺がそれを自分に持ってきたことにも、妙な喜びがあった。初対面が初対面だったために、同じチームとはいえどうにも気まずい気持ちもあったし、向こうも向こうで必要以上のコミュニケーションをとるようなイメージがなかったため、きちんと会話をする機会などなかったのだが、こうして話してみれば、意外とマメな性格をしているようだった。

「そうだ、何かお礼……」
「別にいい。必要な奴のところに必要なものが行っただけだ」
「そうは言ってもなぁ……。あ、今時間あるか?」
「? 特にこのあと用事はないが」
「少し待っていてくれ」

 先程までぐうたらと寝転がっていたソファから立ち上がると、佐久間は豪炎寺のやんわりとした制止も聞かず、すすっと大広間から出て行ってしまった。豪炎寺はそんな佐久間の背中をぼんやりと見送りつつ、どうしたものかと悩み、とりあえず立ちっぱなしでいるのも変だと思い、ソファへと腰かけた。これから自分は何をされるのだろう。まさかとは思うが、ペンギンショーの映像でも延々と観せられるのではないだろうか。もしそうなったら、適切な相槌を打つ自信が豪炎寺にはなかった。
 そんな豪炎寺の不安を余所に、五分もしないうちに佐久間は戻ってきた。想像とは違い、両手に湯気の立つマグカップを持っている。

「俺特製ブレンドのココアだ」
「…………はぁ」
「どうしたんだよ、溜め息なんか吐いて」
「いや、俺が考え過ぎていただけだ。気にしないでくれ。それよりココアなんて此処の備品にあったか?」
「ないない。というか此処、緑茶と紅茶しかないのは流石に偏り過ぎだよな」
「俺はジュースを好んで飲むわけではないから、あまり気にしたことはないが……。まさか、粉を持参しているのか?」
「ご明察。俺も少しは拘りがあるんでね。こっちで同じやつが手に入るわけでもないだろうし」

 手荷物検査のときに何かチェックを受けていたような姿が見受けられたのはそれが原因か、と思いながら、豪炎寺は手渡されたマグカップをまじまじと覗き込む。見慣れたブラウンにどこかほっとしながら、口に持っていく。少し傾ければ、ミルクの素朴な味と、チョコレートの甘味が舌にゆるりと絡みつく。自分が普段飲むものよりもやや甘味が勝っていたが、不思議とくどくなく、美味しいと感じた。

「……甘いな」
「疲れたときには甘いものがいいっていうだろ。寝る前に飲むと身体もあったまって快眠だぜ」
「それはいいな。また作ってくれ」
「いいけど、俺のストックを減らすんだから、代わりを探すの付き合ってくれよ?」
「新規開拓か、いいだろう。次のオフにでも付き合おう」

 くつくつと笑う豪炎寺を間近で見る機会などなかった佐久間は、愉快そうに微笑む彼に目を丸くしてから、その距離が少し縮まったような気がして、嬉しくなる口元を隠すようにカップに口をつけた。



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