10番! | ナノ


 憧れは、思っていたよりも簡単に憎悪に変わる。最初は自分たち兄弟よりもうんと強いその姿に魅せられ、憧れた。エースナンバーをとられたことは悔しかったけれど、それ以上に、それを背負う彼がとても眩しくて、彼と自分たちが居れば、もう怖いものも敵も居ないと思っていた。
 しかし決勝当日、その背中を見ることはなかった。飛ぶ鳥として墜とされ、帝国学園の勝利に沸く中、ひっそりと、しかし確かに、彼への恨みや憎しみが生まれた。捨てられたのだと本能的に感じると同時に、何故なのかという当たり前な疑問が湧いた。幾度も監督に理由を尋ねて詰め寄ったが、監督は曖昧に笑って(今思うとどこか辛そうだったように思う)、終ぞ明確な答えをくれることがないまま、自分たちのFF初出場の年は終わった。

 それから一年。偶然にも次の対戦校として当たることになった学校に、彼は居た。理由は判らないが、サッカーを続けていることは確かだった。もしあのときの不出場の理由が事故か何かで、彼がサッカーを続けることのできない身体になっていたとか、親の言いつけでサッカーを捨てることになっただとか、そういった理由なら、幾分か納得できたかもしれない(実際、あとで話を聞いてみれば、一時的にイップスのようなものになっていたのだという)。けれど、何の因果か駄菓子屋で見かけた彼は、自分たちのチームに居た頃と変わりない――どころかそれ以上に楽しそうに、雷門の生徒たちと笑っていた。それも、自分たちの少しだけ神経を逆撫でした。木戸川に居た頃の彼は、あまり表情を表に出さず、寡黙にボールを蹴り続けている、いわば高嶺の存在だった。それがどうだ、今は何のしがらみもないような笑みを浮かべているのだ。彼に捨てられた自分たちはこんなにももがき苦しんでいるというのに、自分たちを捨てた彼はこんなにも清々しく生きている。詰め寄っても、彼は特に弁解をすることはなかった。それもまた、こんなに感情を乱されているのは自分たちだけなのだと思い知らされているようで腹が立った。そして、少しだけ寂しいと感じた。

 試合を終えてみれば、何てことはない、彼は彼のままだった。言葉足らずの彼から事情を聞いて、驚いた。そんなことがあったのか、それならそうと言ってくれればよかった。言いたいことはあったし、その清々しい顔を一発殴ってやりたいとも思った。けれど、形はどうあれ彼自身から直接事の顛末を聞けたことに、不思議と荒んでいた気持ちは治まっていた。差し出された手を素直にとるのに一瞬躊躇ったけれど、握ってしまえばそれも杞憂だった。あのときに止まったままだった時間が、漸く動き出したような気がした。

 いつか、この静かに燃え盛る背中を、きっと超えてみせる。
 その強く煌いた夢を胸に、自分たちは新しい一歩を踏み出す。



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