10番! | ナノ


「豪炎寺さん! 蹴ってください!!」

 その大声に、何人かが揃って手に持ったフォークをずるっと皿に落とした。からんからん、と陶器と金属がかち合って合唱を奏でた後、声をかけられた当の本人は、やや困ったように眉を下げながら、目の前で息巻く後輩を見た。

「立向居、言葉が足りていないように思えるんだが」
「えっ? ……あっ、す、すみません!! 俺、気が逸っちゃって……!」
「翻訳すると、練習に付き合ってほしいと、そういうことでいいか?」
「はっ、はい!!」

 豪炎寺の言葉に、立向居は大きく頷いた。つまりは「(練習がしたいので俺にボールを)蹴ってください」ということらしい。圧縮言語にも程がある、とツッコミ属性持ちは揃って頭を抱えたが、同時に疚しいことだと勘違いした自分を責めたくもなった。
 立向居の目に宿る熱意を感じ取ったのか、豪炎寺は皿に盛られた残り少ないポテトサラダをぱくりと収め、空の皿を下げるために手に持ち、席を立った。そしてちらりと立向居を横目で見て、ふっと笑う。了承、ということなのだろう。行くぞ、と呟いた豪炎寺の後ろを、一瞬きょとんとしたあと、すぐにぱぁっと表情を明るくさせた立向居が追いかけていく。円堂と並ぶと元気な犬たちがきゃっきゃとじゃれ合っている印象だが、豪炎寺と並ぶとしゅっとしたクールな大型犬の後ろを追いかける小型犬といった感じだ。その微笑ましさに、一部はあたたかい視線で二人を送り出していたが、豪炎寺の容赦のなさを知っている一部の面子は、立向居がボロボロになり過ぎないことをやんわりと祈っていた。



「ファイア、トルネードッ!」
「マジン、ザ、ハン……っ、ぐぁ、っ!!」

 ぶわりと舞い上がった体躯と炎の勢いに一瞬呆気にとられるも、すぐに構える。捻った身体からエネルギーを放出するよりも先に、炎を纏ったシュートが轟、と突っ込んできて、右手を掠めた。あ、と目を瞬かせたその瞬間集中が途切れ、エネルギーが霧散する。スピードを保ったまま視界の横を突っ切っていく熱量に、悔しさと喜びが同時に湧いた。

「はぁ……っ、やっぱり、豪炎寺さんは凄いです……!」
「お前もやるじゃないか。円堂でさえ、マジン・ザ・ハンドは習得に相当の時間がかかったんだぞ」

 それは嫌味ではなく、素直な賞賛だった。円堂が至った道のりを思い返していた豪炎寺は、立向居の凄まじいまでのポテンシャルと才能に震えた。きっと彼は、この戦いやこの先の経験を通して、もっともっと強くなるだろう。それこそ、円堂と並び立つか、それ以上に。

「俺はキーパーじゃないから、細かい動作とかについては円堂から教わった方がいいだろうな。尤も、あいつの言葉は抽象的だから疲れるだろうが」
「あはは……」
「お前はキーパーを始めて日が浅いんだろう? ならまだまだまっさらということだ。経験も、実技も、吸収できるものは良し悪し問わず何でも受け入れてみるといい。取捨選択はそのあとでも遅くはない」
「良し悪し問わず何でも……っ、はい、わかりました!」

 土埃のついた顔で嬉しそうに破顔する様は、まさしく犬のようだ。うっかり撫でそうになる腕を押さえつけていると、あの、と立向居が申し訳なさそうに眉を下げる。

「豪炎寺さん、あの、俺、すみません」

 さっきも言葉足らずでご迷惑をおかけしました、と項垂れる立向居。その姿に何となく見覚えがあって、豪炎寺はぷふっと吹き出してしまった。

「キーパーとはそういう生き物なんだろうか……」
「?」
「……いや、言葉足らずの相手は慣れているから大丈夫だ」

 思ったことを素直に、抱いた熱のまま吐き出すから、どうしたって相手に伝わりにくくなるし、意味を理解する間もなく胸の中を駆けるものがある。もう少し理性的な会話をしろとは思わなくもないが、自分がそれに惹かれたものだから、溜め息を吐いて苦笑するしかない。目の前の丸っこい顔をした男も、それに似た雰囲気を持っているせいか、どうにも絆されてしまう。そういう面も含めて、こいつはこれから成長していくな、と感じた。

「まだ時間はあるぞ、どうする?」
「っ、もう一本、お願いします!!」

 にやりと笑ってやれば、意気込んで拳を握るその姿に、豪炎寺は不敵に笑って構えるのだった。



×