10番! | ナノ


 何となしに豪炎寺がぽんぽん、と吹雪の頭を撫でると、当の本人はちょっぴり驚いたあと、むすっとあからさまに不機嫌そうに頬を膨らませた。それがリスのようでかわいらしいと思ってくすくす微笑むと、さらにむっとなるものだから、豪炎寺としては面白くてついつい手が伸びてしまう。

「豪炎寺くん、定期的に僕の頭撫でるよね」
「そうか?」
「そうだよ」

 まるで小さな子供扱いだ、と吹雪が抗議する。豪炎寺としては、吹雪は同い年なのだから、幼児を相手にするような気持ちで接しているつもりは毛頭ない。背丈の差かと思ってみたが、そこまで吹雪が極端に低いわけでもない。ならば性格かと思うも、今の吹雪に変な子供っぽさは見受けられないし、どちらかといえば凛々しい方だ。豪炎寺自身、自分の行動の起因は何なのかと不思議でたまらないのに、そんなことを言われても困るというのが正直な気持ちだった。妥当な回答が紡がれないために、吹雪の機嫌はますます悪くなる一方で、端正な顔立ちの眉間に皺が寄っていた。その表情を見ても、豪炎寺は取り繕おうという気持ちよりも、何故だかほんわかとした気持ちになっていて、自分のことがよく判らずにいた。
 しかし、その拗ねた表情にふと見覚えがある気がして、少し記憶を整理してみると、合点がいった。

「……そうか」
「何さ」
「弟妹のようだな、と思ったんだ」
「僕が?」
「ああ」

 頬を膨らませたり、小さい唇を尖らせたり、じとりと視線を歪ませたりするその表情は、妹の夕香が不機嫌なときによくするものだった。口にはしないまでも「おにいちゃんのいじわる」と言外に付け足されているような気がして、そんな表情が豪炎寺はちょっぴり苦手で、でも健気ないじらしさが垣間見えるそれに、愛しさを感じていた。

「弟はアツヤだよ。僕はお兄ちゃんなんだから」
「俺からしたら、お前も弟みたいなもんだ」
「何でそうなるのさ」
「そういう拗ね方、弟っぽさあるぞ」
「えっ嘘!?」

 年下扱いされることに不服そうな吹雪だが、顔立ちもあってか、むっとしてみても幼さの方が勝って見えて、漸く豪炎寺は自分が彼を構いたがる理由が腑に落ちた。無意識に、世話を焼いてやらないといけないと感じていたのだ。きっかけは恐らく、沖縄で初めて邂逅したとき、あの虚ろな姿を見たのが始まりだった。希薄な雰囲気と此処ではないどこかを見ている生気のない瞳に、庇護欲が湧いたのかもしれない。きちんと両足で立てるようになった今でも世話を焼いてしまうのは、きっとその名残りだろう。

「すまないな。初めて会ったときや、河川敷で蹲っていたお前の印象が、どうにも抜けないようだ。これからは気を付ける」
「……別に、撫でられるのが嫌いだとか、そういうことじゃないんだ」

 誰かに触れられることは、存外嫌いではない。もう戻ってこないはずのぬくもりを感じている気がして、けれどそれを重ねることが悪いことだとも知っているから、自分から欲することがないだけで。
それでもなお吹雪は、誰かの手が自分をあたためてくれることを、求めていた。
 ぐりぐりと、隣の豪炎寺の肩に頭を擦り付ける。妙な甘え方だと思いつつも、豪炎寺は吹雪の頭に手を持って行き、一瞬躊躇ったあと、ゆっくりと髪を梳くように撫でた。在りし日の父親のようにぐしゃぐしゃと撫でまわすようなそれと違って、ふわりと壊れ物を扱うように与えられる熱に、吹雪はうっそりと目を細めた。

「えへへ」
「……そういうところが、弟っぽいんだが」

 それはそうさせる豪炎寺くんの手が悪いんじゃないか、と吹雪は思ったが、敢えて口にはせず、苦笑交じりに寄越される重みとあたたかさを享受していた。



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