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 ぬぅっと伸びてきた血みどろの真白い手に、画面越しの出来事だというのに、鬼道と不動はびくりと肩を揺らした。
 それきり暗転した画面。やや間を置いて無音で流れ始めるエンドロール。それを合図に、頭上の蛍光灯がぱぱぱっと点灯する。多目的室に設置されたスクリーンと、映写機。明るくなったことで淡くなったスクリーンのエンドロールを見ながら、二人はどちらともなく強張った身体の緊張を緩めるようにはぁ、と長く息を吐いた。

「どうでした? どうでした?」

 背後の暗幕から飛び出してきた成神に、余韻を引き摺っていた二人は驚いて身体を揺らしたが、幸いなことにお互い以外に気付かれている様子はなかった。

「……なかなか、壮観だったな」
「でしょー! オレと成神が提案したんですよー!」
「脚本は五条と寺門が煮詰めたけどな」

 成神の登場を機に、次々と暗幕から帝国学園サッカー部のイレブンたちが現れる。鬼道の賞賛の言葉に、皆一様に満足そうな、やり遂げたような表情をしていた。

「で、どうだったお二人さん?」
「『帝国イレブン総出演 ホラームービー「エンペラーは眠らない」』か……」
「よくもまぁこんな大掛かりにやるもんだ」
「何事も全力でやる方が迫力が出るだろう?」

 一連の映像は、来週に控えた帝国学園の文化祭でサッカー部が出す催し物である。
 例年通りであればカフェをやるかアイスを売るかぐらいになるはずだったのだが、一年生二人組の「もっとど派手に! どうせなら夏だし怖い方面で!」という無茶振り提案の元、形となった企画だ。陳腐なもので終わるとばかり思っていた企画だったが、脚本を任せた五条と寺門が想像以上にストーリー作成にヒートアップしてしまい、またこの話を知った学園側から学園自体をまるまる撮影現場として提供されてしまったが故に、ここまで大掛かりで壮大な長編となってしまったのだ。

「お化け役は咲山か? 鈍器の扱い方に見覚えがあったんだが」
「はい。我ながらいい迫力が出たと思ってます」
「俺たちも、まさかこんなところで咲山がマスクを取った姿を見ることになるとは思わなかったな」
「咲山センパイってばチョー怖かったんすよ!? ありゃ演技じゃなくてマジモンでしたね!!」
「成神、お前あとで校舎裏な」
「ひぇえ……」

 恐らく本気ではないだろうお誘いに、成神はぴゃっと肩を揺らして源田の後ろに隠れた。
 鬼道は入室時に貰った、配布予定だというチラシに再度目をやる。作品もだが、こうした小物にも手を抜いていないあたりは、流石帝国学園といったところだろう。その辺の遊園地のホラーアトラクションで見かけるような、CGを駆使した精巧なつくりのものよりもやや幼さを見せる宣伝だが、実際映像を観てみると、いい意味でそのギャップに圧倒された。これは口コミで広がるタイプだな、と内心で考察する。

「そういえばイレブン総出演とのことだったが、あの冒頭の女子生徒は誰だ? 俺が知らない間にマネージャーでも入ったのか?」
「いやぁ、あれは、その……」
「?」
「いやこれ言ったらまずいんじゃねぇの」
「確かにそうですねぇ……」
「まぁ俺は空気を読まないんで言いますけどね。一応この映画、全部帝国イレブンだけで撮ってるんすよ。んで、うちの部の中で中性的っていうか、それなりに女っぽいのって……とまで言えばわかると思うんすけど」
「ぎゃははは! 佐久間くん女装してたのかよ!!」
「うるせぇ!!」

 一応全員が気を遣って直接的な表現を控えていたというのに、そんなことお構いなしに成神が告げ口して不動が大声で叫んで腹を抱えて笑うものだから、佐久間も羞恥の限界点を突破させ、二人に向かってぎゃんぎゃんと騒ぎ始めた。
 そもそもあのシーンに女子生徒を出す理由は皆無だったのだが、これまた成神の「女っ気がなさ過ぎる!」というどうでもいい意見が強引にねじ込まれ、そこそこ顔の見れる面子(といっても三人も居ない)でジャンケンを行うことになり、その結果、負けた佐久間が女装をして出演する羽目になったのだ。演出の関係上、顔を映されることがなかったのだけが救いかもしれない。

「でもまぁ、いい思い出にはなったよな。劇なんて園だか初等部だかの見せ物で一回か二回やったぐらいだし」
「それもクオリティお察しの、劇っつうよりお遊戯会って感じだったしな。ダンスとかそっち系の」
「そう考えると、素人集団でこれだけの自主制作映画が撮れたのは、結構凄いことなんじゃないか?」
「確かにな。これなら総合優勝狙えるんじゃね? おっしゃ、優勝したら賞金で焼肉な!」
「気が早いなぁセンパイ」
「おっいいねぇそれ。俺と鬼道クンも連れてってくれるんだろ?」
「馬鹿野郎、誘うにしたって鬼道だけだ。お前は自費で来るなら、まぁ呼んでやらんこともない」
「ケチくせぇ」

 とんとん拍子に決まっていく夢のような予定に、そんな大それたことを、と一部のメンバーは思っていた。
 しかし文化祭当日、学生の出し物クオリティとしては意外というか、出演メンバーの知名度を考えれば順当というか、集客は予想を遥かに超え、ぶっちぎりで出し物部門の優勝を掻っ攫い、本当に焼肉食べ放題に行くことになるのだが、それはまた別の話である。


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