text | ナノ



今日はアイチ達一年が午後集会だとかで部活がなくて珍しく放課後を持て余していた。時期的に小中学生はテスト前のせいかカムイ達も最近は来ないし、店のここ二、三日の子供の入りも芳しくない。ついでに言えば宮地のテスト期間ももうそろそろなわけで。よって毎度のようにシンさんからテスト期間中の店番禁止令が出てしまった。アタシの記憶力にかかればテストぐらい大したことはないのだけど、「学生なんですから、きちんとらしくなさい」なんて説教じみた台詞は聞き飽きてるし聞きたくないから、とりあえずこの期間は逃げるように図書館や本屋で時間を潰す。


「ミサキミサキぃー」


図書館は昨日行ったし、今日は本屋で立ち読みコースかな、と元々少ない勉強道具を鞄に放り込んでいると、窓際に寄り掛かっていたアカリがにやにや顔でアタシを呼ぶ。正直言って嫌な予感しかしない。


「何?」

「ほらほらこっち!」


とりあえずコートに袖を通し手短に帰り支度を纏めてから、物凄く嬉しそう(大概この表情の時の彼女はろくなことを考えていない)なアカリの声音に招かれるままに近づく。校門前のあそこ、と指を差された先を見て、思わず鞄を落としそうになった。


「あれってさ、この前文化祭に来てた後江の人だよね!?」

「あ、あぁ、うん……」


遠くからでもわかる逆立った茶髪、羽織っただけのコートからちらつく後江の青い制服。誰が出待ちしているかなんて、見知ったアタシには明白だった。他の学校の生徒が居ることに帰り際の宮地の学生がちらちらと彼を盗み見ている。それなりに整った顔立ちをしているからか、余計に人の目を集めているような気もする。それよりも、何故アイツが此処に居るんだ。一緒に帰る約束なんてした覚えないし、そもそもアイツはこっちの部活の日程なんて知るはずもない。
何にせよこれ以上アイツをあそこに待たせていると色んな意味で面倒になりそうだから、「ごゆっくりー」だなんてにやにやと茶化す笑いを浮かべているアカリに一言断って教室を飛び出す。適当に巻いたマフラーを翻しながら足早に校門へと向かうと、アタシに気づいたのか櫂がゆっくりと視線をこちらに向ける。


「遅かったな」

「何で此処に…」

「後江はテスト期間だ」

「だったら尚更、わざわざ此処に回ってくる必要なんてないでしょ」

「………宮地もテスト期間で部活がないから、送ってやれと」


眉間に皺を寄せて言う櫂。珍しいどころの話ではないと思っていたら自発的に来たわけではないようだった。大方シンさんか三和に茶化されたんだろう。アタシの勘じゃ、十中八九後者だけど。顔こそ険しいけれど、声音は柔らかい。自惚れてもいいのかな。どちらにせよ、こうして櫂がわざわざ迎えに来てくれたことが、アタシは嬉しいのだ。我ながら単純である。明日辺りアカリに問い詰められるんだろうなぁとありありと予想できるシーンを頭に、速く行くぞと急かす櫂の隣へ小走りで駆け寄る。日は伸びてきたけどまだ防寒具が手放せないぐらいに外は寒い。学校帰りの子供たちは、帽子や手袋をつけて元気に走り回っている。


「アンタ、勉強する予定あるの?」

「…一応はな」


お互い視線を向けずに会話をする。前よりも並んで歩く距離は縮まったけれど、相手をしっかり見て話せないのは変わらなかった。どうにかしたいと思いつつも、うっかり仏頂面以外の櫂を見てしまうと何だか心がぎくりとしてしまうので、どうしようもないという達観の方が勝っている。ちらりと盗み見て、気づかれないうちに視線を戻すことを繰り返す。


「そう」

「物珍しそうとでも言いたげだな」

「店で勉強だテストだ騒ぐのは森川とかカムイだしね。あと三和」

「……アイツはムラがあり過ぎる。ファイトもそうだ」

「ああ、確かに」


ちょっと前、カムイに勝ったかと思えばエミちゃんとのファイトでライド事故を起こして負ける、なんてこともあったかな。思い出してくすくすと笑っていると、隣であからさまに面白くなさそうな顔をする櫂。自分から三和の話題を振っておいて、アタシがそれに乗るとそういう顔になるんだ。全く、なんて我侭なんだろうか。


「アンタが来たんじゃ、予定変更かな」

「どこかに行くつもりがあったのか」

「ん、昨日は図書館だったから今日は本屋で時間潰そうと思ってたんだけどね。アンタもテスト期間なら、図書館にした方がいいでしょ」

「…行き先の変更はありがたいが、生憎俺も図書館は行き飽きている」


その言葉に図書館の隅のスペースでノートを広げる櫂を想像して、思ったよりも様になっているなぁと妙に納得してしまう。普段の授業態度がどうかはわからないけれど。真剣に数式を解く櫂、か……別に、ちょっとかっこいいとか、思ってない。
ちょっと照れくさくなってぷいっと反対側を向いてみるけど、


「……俺の家でよければ、構わないが」

「………え」


櫂のその一言に思わずそっちを見た。相変わらずのポーカーフェイス。但し耳は少し赤い。寒いからか、それとも。何テンポかずれて抜けた声が出たアタシの顔はきっと怪訝そうに歪んでいるだろう。まあ、普段傍から見えないとはいえ、一応そういう関係の相手を自宅に誘うっていうのは、さ。そういうことに疎そうというか、億劫そうなイメージがある櫂からの提案に色々な気持ちが入り混じってしまうのは仕方がない。


「…何だその信用のない顔は」

「え、いやだって…ねえ?」

「……そういう意味じゃない」


語尾を強めて言う櫂はどこか焦ったような印象を受ける。口走ったとでも思ってるんだろうか。アタシも早計した口だけど。二人して微妙な空気のまま商店街を歩く。このまま行けば店で別れることになる。できれば今はシンさんに会いたくない。テスト的な意味でも、冷やかされる意味でも。


「ぷっ、いいよ。行く」

「…そうか」

「代わりに勉強、教えてもらうからね」

「それはこっちの台詞だ」


滅多に行けないような場所に行けるのは悪いことじゃないし、誰かと勉強するのは自分の知識の再確認になる。それに何より、折角の櫂からのお誘いを断るのは勿体無いと思ったから。
寄り道先に足が進むのは久しぶりかもしれない。浮かれた気分が隣の男にばれなければいいと思いながら、ふふんと一つ鼻を鳴らした。



いつもは見ない貴方にお邪魔します
(夕飯はどうする)
(そこまで長居するつもりはないんだけど…)
(………)
((そんなに落ち込まなくてもいいでしょ))



***
花月さまリクエストの櫂ミサになります。大変遅れて申し訳ありません…!
果たしてこれはデートと呼べるのか…冬明けの期末考査辺りでイメージして頂ければ幸いです。
アイチ達は年末の定期テストの講評を受けている裏設定で。グローバルっていうぐらいだからきっとマメにテストがある気がする。

企画に参加していただきありがとうございました!



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