text | ナノ




『つっるっぎっくーん』

 着替えを終えて早々、狙ったように携帯にかかってきた電話に出た直後に電源ボタンを連打する羽目になるとは思わなかった。
 一仕事終えたかのようにふうと息を吐いた剣城の手に握られた開いたままの携帯画面が再度光り着信を告げる。携帯の電源を落としてしまおうかとも考えたが、ここでそれを実行した場合平日の学校で何を言われるかを考えた結果、(実に不本意ではあるが)剣城には電話を受けるしか選択肢が残されていなかった。何十コールと鳴り響く携帯を渋々といったように開く。


『ちょっと、いきなり切るなんて酷くない!?』

「……何の用だ」

『もしかして寝起き?ごめんねーっ』

「謝る気が欠片もない謝罪は要らない」


 朝から耳が痛いと言わんばかりの剣城の言い分に悪気など感じていないようにごめんごめんと軽口を叩いた狩屋は、そうだったと剣城が文句の二の句を告ぐ前に先回りする。


「で、朝っぱらから人の携帯喚かせて何なんだ」

『今日昼ご飯御馳走になりたいなーって』

「…お前はカレンダーも見えないのか」


 見えるはずのない狩屋に向けて作った怪訝な視線をそのまま部屋の壁に移す。カレンダーの日付は赤い。つまり日曜日である。部活もなく暇といえば暇ではあるが、押しかけに近い客人のためにわざわざ買い物に出向いたり支度をするほど時間を作ってやる理由もなければ、剣城もお人よしではない。


「わざわざ休みにお前を家に招くわけないだろ」

『いやぁ、今日料理できそうな人皆出かけちゃってるんだよね。自分で作ってもお粗末になるだろうからカップ麺安定だし。で、どうせご飯がないなら剣城君にお願いしちゃえばいいんじゃないかと』

「お前俺のこと何だと思ってるんだ」

『………主夫?』

「切るぞ」

『ごめん嘘!嘘だから!!』


 わああ、と電話口で大声を上げて騒ぐ狩屋。どうやらこの脅しは有効らしい。暫く弁解を続けていた狩屋だが、それきり黙り込んで剣城の返答を待っているようだった。
 沈黙が痛い中、さてどうしたものかと剣城は考える。両親が居る、と理由をつければしっかりと断れるのだが、生憎親は出払っている。仮に嘘を吐いても、それ以上の嘘吐きである狩屋相手にはきっと無駄だろう。下手な断り方は自分の首を絞めかねない。何か断る手段はないだろうか。カチカチと時計の針が五月蠅く感じるぐらい考え込んだ剣城だったが、しかしそれ以上の案が思い浮かばず、半ば諦める形で頭を垂らす他なかった。





「お邪魔しまーす!!」

「糞、帰れ」

「来て早々暴言吐かれた上に帰れとか」


 正午を回る少し前辺りに、剣城家のチャイムが軽快に鳴った。誰かと詮索せずとも来訪者の正体はわかっているので無視を決め込みフライパンを取り出していると、待ちきれないのか玄関の戸が勢いよく開く。現れた狩屋はラフな普段着とニヤニヤとした笑みを引っ提げてどかりとソファに座り込んだ。最早勝手知ったる他人の家状態である。


「これプリン、一応お土産ね。保冷剤入れてたから後で冷蔵庫にでも入れといてよ」

「気が利くだと…」

「剣城君ってたまに失礼だよね」


 一応という割には剣城の両親の分も含めた数の土産に、何だかんだと言って狩屋の律儀さが窺える。その配慮を少しでも俺に回せと内心ぼやきながらも、メニューを吟味している自分が居ることに気付いて。狩屋の来訪と自分の甘さ、二重の意味で頭を抱える剣城であった。


「今日は何作るの?寒いし鍋?」

「どうして二人だけで食うのに土鍋なんか出さなくちゃいけないんだ」

「えー、でもちょっと肌寒いし、あったかいものが食べたいなぁ」

「食わせてもらう身なのに上から目線か、いい度胸だな」

「是非ともこの私めに温かな食事を恵んでくださいませ」


 明らかに棒読みな狩屋の台詞にけっと悪態をつく剣城。だが狩屋の言うように、今日の陽気は昨日一昨日と比べて若干肌寒さを感じる。現に剣城自身、一枚余計にパーカーを羽織っている状態だ。
 外から来た狩屋は寒そうに、置きっぱなしになっていたタオルケットをどこからか引っ掴んできて包まっていた。若干サイズが足りず三角座りで縮こまる様は子供のお化けのようである。その内暖がとれ始めたせいかゆっくりと頭を傾ぎ出した狩屋は、いつの間にか意識を手放していた。


 うとうとと頭を傾いでいた狩屋の鼻腔に、空気に乗って食欲の湧くいい香りが届いてきて、ふと目を覚ます。時計を見れば大体三十分ぐらい経っていた。外の風で冷えた身体も、タオルケットに包まっていたお陰かすっかり平温に戻っていた。肩からタオルケットを羽織り直して、ずるずると引き摺りながらキッチンに行くと、丁度汁物の味付けを確認している剣城と目が合う。


「いい匂いだね、起きちゃった」

「引き摺ってくんな、風邪っぴきじゃないだろ」

「五月蠅いなぁ。剣城君は姑か何か?」

「嫁にせよ婿にせよお前みたいなのは御免だ」


 数時間前の電話でのやり取りの時に似た心底嫌そうな声音にくくっと狩屋が笑ったところで、焼き上がりを告げるオーブンの音がタイミングよく鳴る。用意されていたどんぶりに取り出されたのは焼きおにぎり。ほんのりと香る醤油にすん、と狩屋が匂いを嗅ぐ。


「焼きおにぎりだけ?でもどんぶり?」

「ちょっと退け」


 首を傾げた狩屋の横で剣城はせかせかと動きながら、火にかけていた鍋の中身を一回しする。先程自分が起きる元となった匂いに狩屋が鍋を覗き込む。


「何の出汁ー?」

「…おでんだ。昨日の夕飯の残りの」

「へぇ……」


 道理でどこかで嗅いだことのある匂いだと納得する。コンビニのおでんは何度か園の大人と買いに行ったことはあるが、いつも出汁を多く入れてもらうのに、いざ具を食べてしまえば出汁が残るのは何だか無駄な気がしていた。これがどうなるんだろうか、狩屋が不安と好機の目で剣城の動きを見守る。
 一煮立ちした出汁の温まり具合と調節したらしい味付けの確認をして、納得が行ったのか火を止める。
焼き立てでまだ湯気の立つ焼きおにぎりの入ったどんぶりに、出汁を勢いよく注ぐ。透き通った金の出汁がじわりと焼きおにぎりの隙間に染みてゆく様に狩屋の喉が鳴る。湯気の量が一気に倍近くになったどんぶりを持ってリビングへ。


「いただきまーす」


 スプーンで焼きおにぎりの表面を少し力を入れて突くと、表面の焼けた部分が割れ、中の柔らかな米が出汁に浸っていく。お茶漬けみたいだなぁ、と思いながら恐る恐る口に運ぶ。


「…………うま、」

「あの出汁は美味いからな。茶碗蒸しにも煮物にも、炊き込み飯にも使える」

「あー…おでんの出汁って結構味きいてるもんね。出汁使う料理には合うかも」


 ぐずぐずと焼きおにぎりを崩し出汁に浸しながら言う剣城。昨日の夕飯時にあった具材の味が出汁に染み出ていて、そのままのものよりも味に深みが出ている気がした。既製品のわさびを少し落として食べる剣城に、


「わさび使うの?」

「味を変えたかったらな。入れ過ぎると不味くなる」

「じゃあ適量、っと」


 受け取ったわさびを少量器に落とし、浸した米と共に口に運ぶ。出汁の塩気にわさびのつんとした清涼感が絶妙にマッチして、思わず破顔する。寝て多少は温まったとはいえ、冷えた身体に優しく嬉しい食事。完食するまでにそう時間はかからなかった。
 最後に土産にと渡されたプリンをデザートに食べながら、狩屋は満面の笑みで、


「剣城お母さんのリメイク料理美味しい!今度は肉じゃががいいな!」

「お前部活で覚えてろよ」

「俺が簡単にサンドバックにされるわけないじゃん」

「技を出す間なんてやるか。最初から全力だ」

「イジメ反対!!絶対アームドとミキシマックスする気だ!!」




かないはずのがやけにくんだが
(次こそは鍋ね)
(却下だ)
(人数の問題なら天馬くん達呼ぶからさぁ。でも剣城ママのご飯の腕が広まるのはなぁ…ってちょっと!俺のご飯下げるのやめてくれない!?)



***
磁石さま、お待たせしました!お時間かかって申し訳ありません…

書き始めた時期に丁度コンビニおでんの広告を見たのでおでん出汁のレシピに挑戦してみました。おでん出汁好きな人は美味しいと思います。
個人的には煮物に再利用するのもいいかも。


企画に参加していただきありがとうございました!



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