text | ナノ





だんだんだんだんだんだんだんだんだん。


「櫂くん五月蠅いよ…」

「…ああ、」


だんだんだんだんだんだんだんだんだん。


「………」



デッキ調整をしている僕の正面に座る櫂くんはとても不機嫌そうに地団駄を踏んでいる。頬杖をついた顔もいつもより顰めっ面だ。だむだむと足のリズムがテーブルを揺らして、コンボやグレードで纏めておいたカード達が少しずつずれていく。
幾ら指摘をしても生返事ばかりで、他に何をすると思えば目を伏せたり舌打ちをしたり。明らかに機嫌が悪い。その原因はきっとあれだ。


「やっぱ女の子ってこういうの好きなわけ?」

「別に、女だとかそういうのは関係ないと思うけど」

「わぁ可愛いっ」


レジの前で繰り広げられる、三和くんを中心に置いた和気藹々な会話。如何やらミサキさんの携帯のキーホルダーについてらしい。店長代理に似た鈴付きの猫のマスコットをちょこんと揺らしながら、エミが入手先をミサキさんに訊いていた。如何やらそれには曖昧に誤魔化しをしていたみたいだけど。


「チッ」

「………あはは、」


このあからさまに不機嫌なオーラをもわもわと纏わせている櫂くんから貰っただなんて、やっぱり言えないよなぁ。いや、三和くん達の手前言い出せないだけかも。

櫂くんがミサキさんに漸くそれらしいプレゼントをしたというのは結構前に聞いた話だった。後々ミサキさんからその例のプレゼントを見せてもらったわけだけど。まさかあの櫂くんが女子の巣窟よろしいファンシーショップに一人で行って、わざわざ丁寧にラッピングまで頼んでいるイメージをする日が来るとは思わなかった。
まあそれを厭わないぐらいにミサキさんに好意を持ってる、って思えば、櫂くんにとってはいい成長なのかも。一緒に行くのが照れ臭いって辺りはまだまだだけどね。


「櫂くんも混ざってくればいいのに」

「自分から火の海に飛び込めに行けと?」


確かに油という名の話のネタを持った櫂くんがあの輪に混ざりに行けば、たちまち会話がヒートアップするだろう。主に三和くんが率先して。其処から二人の関係のボロが出る事は十分にあり得る。櫂くんの動向なんて三和くんからしたらもうバレバレなんだろうし。
だからってこうして離れた場所でそれを見ながら苛立つのはやめてほしいなぁ、なんて。僕から見たって嫉妬心丸出しなんだから。


「しっかし、シンプルイズベストなねーちゃんがこういうチャラチャラしたのつけてるなんて思わなかったなー」

「どこで買ったんですか?私、ミサキさんとお揃いにしたい!」

「え、ああ、まぁ…貰い物、だからね」


其処でミサキさんがちらりと櫂くんを盗み見たのを僕は見逃さなかった。ほんのりと色の籠った目。明らかに櫂くんを意識した視線に、何故か僕の顔が綻ぶ。
当人である櫂くんはといえば、それに気づいているのかいないのか相変わらず仏頂面のままだった。けれども、少しだけ雰囲気が柔らかくなったのは気の所為じゃなさそう。


「素直じゃないんだから」

「……ふん」

「この際だから混ざっちゃえば?三和くんにはもうバレてるから意味無いと思うんだけど…」

「お前の妹に勘付かれると面倒だ」

「うーん、まぁ、エミってそういうの鋭いからなぁ」


あの年頃の女の子って恋愛事に興味深々だし、二人の仲を取り持ってくれると思ったけど、それは言わないでおこう。

そろそろ会話を濁すのも限界らしく、言葉が切れ切れになるミサキさん。寧ろエミの率直な質問によく迂回できたと思う。此処で助け舟を出しに行かないかなー、なんてちらりと櫂くんを見ようとすると、徐に酷く静かな動作で立ち上がっていった。
心の声が聞こえたんじゃないかってぐらいすぐ動いた事に驚いていると、櫂くんは三人の輪に這入る事はせず、店の扉を出ようとしていた。ちょ、ちょっと待って櫂くん!君それただ逃げようとしてるだけじゃない!


「おい戸倉」

「…何」

「……………前に言っていた本の続編が欲しい」

「あー、今?」

「今だ」

「…わかったよ」


…と思ったけれど、案外櫂くんなりに現状を如何にかしようとしたらしかった。ちょっとこじつけ臭いけど。状況に困っていたミサキさんは(約束の真偽はわからないけれど)特に深く問う事はしないで、エプロンを外し携帯を持って櫂くんの後ろについていった。距離感あるなぁ…

一連の流れを見ていた三和くんは、ボール一個分の間を開けて歩く二人の背中を見ながら、安堵したようにぽつりと呟いた。


「あー助かった」

「?三和さんどうしたの?」

「ん?いーや何でもないよ。それよりデッキ、組み直したんだって?」

「そうなの!三和さん、相手してくれる?」

「おうっ」


如何やら三和くんにはお見通しらしかった。ちらっと店の出入り口を見た後、エミの背中を押しながら僕の隣のテーブルへと座る。


擦れ違い様、三和くんから一言。


「あいつ、可愛いとこあるけどやっぱ面倒くさいな」


ですよね。





他人を巻き込む天才王子
(アンタ苛々し過ぎ。バラしたくないって言った癖に、傍目でバレバレなんだけど)
(…知るか。あいつ等との距離感を考えない戸倉が悪い)
((隣を歩くのにあたしと三和達との会話以上に距離を置く奴が何を…))



***
二万打企画、綺更さまリクエスト作品です。
「櫂くんがミサキさんに対して独占欲を見せる」との事でしたが、どく…せん、よく…?になってしまって申し訳ないです。

我が家の櫂くんは状況を如何にかしたいけれどファイト以外では口下手(独り言除く)なのでどうしようもないヘタレ櫂です。明らかに誘いの内容が唐突過ぎる。
そんな櫂くんをちゃんとわかってあげていて、話を合わせてくれる優しいミサキさん。彼女が居ないと櫂くんはオバロが恋人になってしまいます。

勝手にアイチ目線にしてしまいましたが大丈夫だったでしょうか…
他人から見た二人の関係ってとてもギクシャクしているように思うので…でも本人達はそれでいいっていう。しかし距離感がおかしい。


長々してしまいましたが、リクエストありがとうございました!



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