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部分部分にすごく薄っすらぼんやりとした佐久源・鬼源


 高級な布地で設えられたぴしりと皺ひとつないスーツは、普段軍服めいた制服を纏っているときとはまた違う気の張りようを要求してくる。この姿を見る人間は自分のことを知らない不特定多数で、自分よりもずっと偉い人間ばかりだ。学校での知名度や威厳、優等生の肩書きなど、まるで役に立ちなどしてくれないことは明白だった。

「問題なさそうだな。よく似合っているぞ」
「わざわざ鬼道財閥が拵えてきたものだ、俺でなくとも十全に似合う奴は居るだろうさ」
「何を言う、お前のためだけにと設えたものだぞ。お前以外に似合っては困る」

 鬼道邸の一室、姿見の前でくるりと自分の服装を確認した源田は、少しだけ不安そうな面持ちで、ソファで寛ぐ鬼道を見た。既に着慣れた自前のスーツに袖を通した鬼道は、指定された時間までをゆったりと潰すように、学生向けの新聞を片手に、執事の袴田が持ってきた紅茶のカップを傾けていたが、源田の問いに新聞から視線を外し、彼を見遣った。同年代の中では頭ひとつ分抜けた長躯は、常々帝国学園の制服がとても似合うものだと思っていたが、ひとたびスーツに包まれると、それとは別の威圧や品の良さが伺える。綿密な採寸データを元に設えた黒地のフォーマルスーツは、源田のすらりと伸びた手足と、しっかりとした肉付きの身体を映えさせていた。気恥ずかしそうに裾を引いてみせる源田に、鬼道はほう、と息を吐く。これならば、自分と並んで歩くには申し分ないだろう。

「見栄えは十分だが、あまり困ったような表情をしてくれるなよ。今日のお前は、俺の友人として参加するんだからな。フィールドで見せるような威厳を保ってくれるとありがたい」
「お前と、お前の父君に頼まれては断れまい。任された仕事はしっかりこなしてみせるさ」
「何があるわけもないと思うがな。……ところで、佐久間はどうした」

 鬼道が招いたうち、本来であれば源田よりも率先して到着しているであろうもう一人の人物は、まだこの場に姿を現さない。そろそろいい時間になるが、と室内の時計を見遣った鬼道を見て、源田は自分の携帯を取り出し、履歴から該当する名前を引っ張り出して、通話ボタンを押した。何回かコール音がしたあと、回線が繋がる。

「おい佐久間、今お前何処に居るんだ」
『あと、……五分もすれば……っ、はぁ、着く……っ!』
「……わかった。早くしろよ」

 電話口のかなり息せき切った声と響いてくる足音に状況を察した源田は、それ以上その場で問い質すことはせず、それだけ告げてそっと電話を切った。ソファから顔を出す鬼道に「恐らく寝坊したんだろう」と適当な憶測を告げると、困ったような呆れたような表情で深く腰掛けなおした。ゴーグル越しに微々たる怒りが見えたのは気のせいではないだろう。きっと無事に着いたとしても佐久間は一度叱られるだろうし、理由はどうあれ弁明の余地もないのだろうな、と数分先の光景を想像した源田は、せめて準備にかかる時間を減らしてやろうと、遅れてやってくる彼のために用意されたスーツのビニールを外しておいてやった。



「だから、この遅刻には理由があって……っ!」
「もういい。本番はきちんとしてくれれば構わない。さっさと着替えろ」
「きどっ……っ、源田ぁ!」
「仕方ないだろう。理由はどうあれ遅れてきたのはお前なんだから」
「ぐぅ……」

 汗だくで現れた佐久間をまず風呂場に放り込んで綺麗にし、出てきたところでスーツを着せて、髪を整える。鬼道邸のメイドや執事は実に手際がいい。あっという間に身奇麗になっていく佐久間に、源田は感嘆しっぱなしだった。佐久間はシャツのボタンを留めながら遅刻の理由を取り繕おうと忙しなく開口していたが、理由に興味のない鬼道は遅いと苛立ったような一言を零したあとは終わったことだと一蹴し、泣きつかれた源田もこれ以上鬼道が取り合わないことを判っているので、話を収束させるつもりで彼を嗜めた。その間にも、メイドは佐久間の髪をまとめていく。伸ばした銀髪を左側に寄せ、ヘアゴムで括り、肩から流してやる。仕上がりましたよ、という一声に佐久間は立ち上がり、姿見で全身を映しながら襟元を正す。眼帯は健在だったが、有り余るほどの美男子ぶりがそれを良しとしていた。黙っていれば、彼がペンギン狂いなどとは誰も思うまい。

「やっぱり制服とは違うな」
「身が引き締まるよな。ユニフォームとも違った緊張感がある」
「……これ、汚したら買取だよなぁ」
「どうしてもう何かやらかす前提で話をしてるんだ……」
「だって鬼道の家の食事って美味しいじゃん。ってことは、パーティーの食事は同じかそれ以上に美味しいに決まってるだろ」

 左目を輝かせ、謎の理屈を獲物を前にした肉食動物のような雰囲気を思わせる声で佐久間が言う。そのあと何故か「お前の作るもんもまぁ悪くないけど」などと、謎のフォローをされた。目的を忘れてやいないか、と源田は呆れ気味に手で顔を覆ったが、これから自分たちが投下される場でもこの様子を保っていられるのであれば、いっそそちらの方がいいのかもしれない。緊張して空回り無様を晒すようであっては、鬼道に恥を掻かせてしまう。自分は佐久間ほどの余裕を見せることはできないが、普段より少しだけ礼儀正しく余所行きで居れば、少なくとも皿や壷を引っ繰り返すような真似はせずに済むはずだ。

「あまりがっつくなよ。目的は忘れないようにな」
「それぐらいは弁えてる。メインはあくまで鬼道だからな」
「ならいい」

 慣れない手つきで緩めていたネクタイを締め、襟のボタンを一番上まで留めながら、源田は身なりの最終チェックを進める。佐久間は一度映画か何かで見た覚えのある役者がとっていたポーズを姿見の前で決めてみて、気分を一層高揚させていた。その姿をにやれやれ、と苦笑しながらシャツの手首を正す源田を見た佐久間は、その様になり過ぎている姿に妙にもやもやとして、源田の膝裏を蹴った。加減されていようと現役FWの一発はそれなりに強力で、膝カックンをされたように源田の身体は傾いだが、持ち前のバランス感覚で何とか踏み止まった。
 と、養父と打ち合わせを終えた鬼道が部屋に戻ってきた。すぐに居住まいを正し、準備万端だと示してみせると、鬼道は少し雰囲気を和らげて口端を持ち上げた。

「二人とも、支度はできたか」
「ああ」
「問題ない」
「そうか、なら行くぞ。今日は頼む」
「任せておけ」



 今日のパーティーに、そういった世界とは縁遠い佐久間と源田が呼ばれたのには理由がある。単刀直入に言ってしまえば、鬼道の友人関係を心配した養父が「たまにはパーティーに友達でも誘ってみてはどうだろうか」と言い出したことがきっかけだった。最初こそ謙遜したものの、此度のパーティーは厳格なものではないので、友人の二、三人程度であれば連れてきてもいいだろうと話をまとめられてしまったら、鬼道はもうノーとは言えなかった。誘う相手が居ないわけではないが、幾ら格式ばったものではないとはいえ、着飾った老若男女が入り乱れるパーティーに連れ込める友人となると選択肢は狭まる。目ぼしい存在としてはサッカー部の面子。その中から佐久間と源田を選んだことに、私情が挟まっていないとは言い切れなかった。事情を説明すれば二人とも二つ返事で了承し、事前に一度鬼道邸にてスーツの採寸をし、今日に至る。

 リムジンに揺られながら着いた会場は、外壁の周りが柔らかな光でライトアップされ、上品な印象を与えていた。高級ホテルの入り口のようだと、会場を見上げながら二人は思う。明らかに自分とは住む世界の違う青年たちが通り過ぎていくのを、佐久間はちらちらと見遣っていた。感覚としては、田舎者が都会に出てきてビルを見上げたときのような気持ちだろうか。

「あまり物珍しそうにすると、却って怪しいぞ」
「わかってる。けどさ、こういうところって滅多に来られるものじゃないだろ? いざ自分がそういう場所に居ると思うとワクワクしないか?」
「気持ちはわかるが……」

 佐久間は「ドラマのワンシーンにエキストラで参加しているみたいだ」と言って、どこかそわそわと落ち着かない様子だった。そんな佐久間を見て、自分が呼ばれた理由のひとつはこれかもしれんと、源田は額を押さえた。
 と、そんな二人の横をすっと通り過ぎたワンピース姿の幼女が、すれ違い様にぺこりと源田に会釈をした。律儀にお辞儀で返すのは堅苦しいだろうか、どう返すべきかと一瞬悩み、にこりと警戒心を解くような柔らかさを意識して微笑めば、彼女は途端に顔を真っ赤にして、慌てて先を歩く親を追いかけていってしまった。

「罪な奴」
「何がだ?」
「自覚なしかよ……」

 モテる男はこれだから、と佐久間が源田の肘をつつく。あまり意味がわかっていない源田ははてなを浮かべるばかりだ。すっかり普段と変わりないフランクさを見せているが、受付を済ませた鬼道に名前を呼ばれれば、二人の雰囲気はすぐにしゃんとしたものへと変わり、しっかりとした足取りで階段を登って、友人の元へと赴く

「鬼道有人様と、そのご友人方ですね。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へお入りください」
「ありがとうございます」

 小さく会釈し、慣れたように淡々と進んでいく鬼道の背を追いかける。マントのない背中。そんな小さな違いに、佐久間の胸はきゅっと締め付けられた。此処に居るのは“帝国学園サッカー部”の鬼道有人ではなく、“鬼道財閥の跡取り息子”としての鬼道有人なのだ。その背中に、グラウンドで見る圧や威厳が薄いのは、仕方のないことなのかもしれない。つくづく、自分はサッカーを通しての鬼道ぐらいしか知らないのだと、思い知らされた気分だった。

 会場に入ると、佐久間と源田は揃っておお、と声を零した。映画やドラマで観るような豪奢な装飾のされた広い造りの室内に、ワイングラスを片手に煌びやかなドレスコードで談笑する老若男女。走り回る子供でさえ、育ちのよさが垣間見えるほどだ。目を瞬かせる二人を他所に、鬼道は近くを通ったボーイに炭酸飲料を人数分頼んだ。手渡されたグラスを、おたおたと受け取る。

「俺はこれから養父さんに付き添って何人かに挨拶をしてくるが、お前たちはどうする? 此処で食事を楽しんでいてもいいが……」
「まだ場慣れしていなくてな、少し不安なんだ。邪魔にならないようにしているから、ついていってもいいか? お前の傍がいい」
「……そういうことを言ってくれるな」
「?」

 留守番を言い渡された子供のような表情で覗き込んできた源田の言動に、鬼道は胸を押さえて照れ隠しのように炭酸を煽った。喉が渇いているのかなどと素っ頓狂な発言をする源田の隣で、佐久間は何とも言えない表情を作ったが、すぐに切り替える。

「ま、俺たちが此処に居る理由的にも、一緒に居た方がいいだろうな」
「確かにそうだな。あまり面白いものでもないが、その方がいいならそうしよう」
「一歩下がって頭でもさげているさ」
「あ、できれば食事のあるテーブルの前とか通ってくれると嬉しいぞ鬼道」
「佐久間お前……」

 テーブルに並んだ豪勢な料理たちをきょろきょろと見渡しながら、涎が垂れそうな勢いで佐久間が言う。どこか呆れ気味な鬼道だったが、付き添い話をしたときから佐久間がまず食事について問い質してきたことを思い出して、妥当な反応かと嗜めるのを諦めた。流石の佐久間もどんな名目で自分が此処に居るかは理解しているだろうし、目立つことはしないだろう。それにいざとなれば源田が諌めるはずなので、そこまで心配もしていないのが本音だ。
 離れたところから自分を呼ぶ養父に気づき、行くぞ、と二人に声をかけた鬼道は、身を翻して会場内を進んでいく。やはりその背中は学園で見ているものとは違っていて、佐久間は目尻を下げて遠くを見るように視界を歪めた。それに気づいた源田は、そんな佐久間の背中をぽんとひとつ叩く。彼が抱いている寂しさの一端を、全く理解できないわけではない。だけど自分は、彼ほど悲観的に感じてはいないというだけで。

「何が違うこともないだろうに。それに、この鬼道のことは、これから知っていけばいいじゃないか」
「……うるせ」
「拗ねていたくせによく言う」

 図星を突かれたこともだが、自分の心情を理解されたことに対する妙な喜びと、見透かされたという気恥ずかしさに、佐久間はそっぽを向いた。その反応も想定内だというように源田は笑ってみせる。少し離れたところから、「今日は友人を連れてきました」と自分たちを紹介しようとする鬼道の声に、二人は襟元を正した。



「佐久間、流石にそれはとりすぎじゃないか」
「いいんだよこれぐらい。持ち帰るわけじゃあるまいし」
「向こうから声がかかったなら兎も角、自主的に言い出すのはやめてくれよ……」

 皿いっぱいに料理を乗せていく佐久間に苦笑しながら、源田は離れたところで養父と挨拶をして回る鬼道をぼんやりと見た。サッカー部に居るときよりもきりりとした雰囲気で大人と接する鬼道は、財閥の跡継ぎとして申し分ない風格を見せていた。そんな鬼道を見るのが新鮮で面白いと思う反面、サッカーでも日常でも、彼が常に自分たちよりも一歩先を歩いているのだという事実を、まざまざと見せつけられているような気もした。
 先まで行われていた、見知らぬ父親母親世代の人間と顔を合わせ、友人だと紹介される度に小さく会釈をし、微笑む行為。会話という会話もなくこの繰り返しばかりであったが、不思議と源田は一連のルーティーンが嫌ではなかった。慣れない場所で緊張していることもあり、決められた動作をしていればいいというのは気が楽であったからだ。
 数歩後ろで控え、鬼道と大人たちのやりとりを見守る。財閥の人間としての鬼道を取り巻く風景の一端に自分が居るということが、源田にとっては覗き見していた扉をくぐったその先に居るようだった。未知の世界への高揚と、少しの境界線。きっと鬼道はこの先もこんな風景の中に居続けるのだろうし、自分はそれを外から見ているしかないのだろう。選べる道は、鬼道と自分たちでは違う。だから、できればもう二度もないだろう今日、鬼道と共有できる今この時間を鮮明に焼き付けておきたいと、源田は不自然でない程度に辺りを見ては、記憶に書き記していた。こんな感傷を抱いていては、自分も佐久間のことを笑えない。

「源田も食えばいいのに。普段あれだけ学食でがっついてるくせに」
「場所が違うだろう場所だ。しかし食べないのも勿体無いし、少し貰おうか」
「このエビチリ美味いぞ。あとこっちの春巻きも。あ、野菜も食えよ」
「わかったわかった」

 もごもごと咀嚼しながらメニューを勧めてくる佐久間の野次を軽く聞き流しながら、気になった料理を皿に盛っていく。普段は肉ばかりを食べがちなので、佐久間の小言も踏まえて野菜も、などと考えて盛り付けていくとカフェのランチメニューのような皿が出来上がってしまい、佐久間が「普段肉食なくせに今日はどうした」とけたけた笑っていた。むすっとしながらパスタを放り込む。あっさりとしたアンチョビドレッシングがパスタと具材に絡み、幾らでも食べられてしまいそうだった。
 暫し二人(どちらかといえば佐久間が主体)でビュッフェを堪能し、腹も満たされたところで、辺りを見回した佐久間がふぅと息を吐いた。

「しかし、慣れない空間ってのは精神的に疲れるな。家のソファが恋しいぜ」
「確かにな。……そうだ、少し外の風に当たらないか? ほら、あそこ」

 源田が指差した先には、窓の開け放たれたバルコニーが幾つかあった。そのうちのひとつに先客が居ないことを確認した二人は、そこかしこで談笑する賓客たちを避けるように、バルコニーへと向かった。
 一歩外に出れば、中の荘厳さや眩しいシャンデリアの光とは打って変わって、静かな夜が広がっていた。すっかり場面が切り替わったようだった。遠巻きに見える街灯や店の明かりが、空の星々が落ちてちらばったように煌めいていている。見慣れたもののはずなのに、やけに綺麗だと思った。どちらかといえば自分たちが居るのはあちらなので、不思議な気分だ。

「街の灯りも結構いいじゃん」
「俺たちはいつもあの中に居るが、離れてみると、案外悪いものじゃないな。此処に来なければ気づけなかったかもしれない」
「……鬼道は、この景色を見慣れているんだろうな」

 その言葉に、源田は静かに横の佐久間を見た。嬉しそうな、でも寂しそうな、置いて行かれた子犬のような目をしていると、源田は思った。源田はそれに同意も反論もしなかった。柔な慰めなど必要としていないだろうし、意見に同調してほしいわけでもないはずだ。ほろりと零れた独り言は、きっと喧騒のひとつに紛れたことにして、そのままにしておいた方がいい。夜風に靡かれながら、源田は何を言うでもなく、ぽんぽんと佐久間の頭を撫でてやる。いつもなら振り払うそれを、このときの佐久間はそのまま受け入れていた。言葉もなく、後ろから僅かに聞こえてくるクラシックと談笑の声がBGM代わりに響いている。何だか、世界に二人きりになったような気分だった。
 其処に、かつんと革靴の音が響いた。どちらともなく振り向けば、グラスを片手にした鬼道が立っていた。二人の姿を見て「お守りか?」とおかしそうに呟いた鬼道に、はっとなった佐久間は、かぁっと頬を赤くしながら源田の手を払い除け、自棄になったように道中また皿いっぱいに詰め込んできたローストビーフをがつがつと頬張る。

「すまない、放ってしまって」
「いやいいさ。俺たちこそ勝手に抜け出してきてすまなかった」
「こういった雰囲気は俺も未だに慣れなくてな。お前たちを探す名目で逃げてこられたから、逆に感謝したいところだ」
「そう言うな、いつかはお前が開く側になるんだろうに」
「まだまだ先の話さ」

 ひゅうっと差し込んだ風が、鬼道のドレッドを揺らす。ゴーグル越しでない赤い双眸の輝きは、まるで夜景を見ているようだった。思わずまじまじと見つめてしまっていたらしい、きょとんとした顔で鬼道が源田を見ていた。おい源田、と機嫌の悪そうな声で佐久間が唸ったことで、漸く自分の行動を理解した源田は、さっきの佐久間のようにぼぼっと頬を紅潮させ、すまないすまないと謝罪しながら一歩退いた。

「すまん、悪気はないんだ、許してくれ。お前の目が夜に映えると思っていたらつい……」
「…………はぁ」
「いやほんと、怒らせたなら謝る」
「そういうわけではないんだが……」
「?」
「まったく無自覚さんは。これだから困る」

 こほんと咳払いしてみせる鬼道の頬もどこか赤かったが、それに気づいたのは茶化した佐久間だけだった。会場の熱気で火照った身体も、気恥ずかしさに体温の上がった頬も、やわらかな風が優しく抱擁して、冷ましてくれる。三人揃ってしまえば、スーツを着ていようが、此処がパーティー会場であろうが、いつも部室に集まっているときのような緩やかな繋がりを思い出して、さっきまでの緊張が和らいでいく。そして、解けた緊張の隙間から、また不安が顔を覗かせる。夜を背景にした、ゴーグルもマントも身に纏っていない鬼道が、佐久間からすればやっぱり寂しくて、遠い。当たり前のことのはずなのに、自分の知らない鬼道が居ることが、そして知らない鬼道が増えていくことが、少しだけ怖くなってしまった。

「……鬼道はさ、この先もこういうこと、していくんだろ?」
「俺は鬼道財閥の跡取りだからな。こういう顔合わせの場には今後も出るし、さっき源田が言ったように、いつかは俺がこの場を作ることにもなるんだろう。尤も、後者はまだまだ先のことだろうがな」
「ならさ、なら……」

 言いかけて、佐久間はゆっくりと視線を下げた。言葉の続きは、言えない。言ってしまったら、自分が懇願しているようで――それが酷く醜く、浅ましいと思えて、佐久間はそれ以上言葉にすることなく、フォークを握る手を強めた。そんな佐久間を、鬼道は一度だけ見遣り、ひとつ瞬きをしてから、静かに告げた。

「家もサッカーも、両立させてみせるさ。俺を誰だと思っている」

 その言葉に、佐久間はふるりと体を震わせた。無性に泣きたくなったが、鬼道が居る手前ぴーぴーと嗚咽を漏らすのは憚られたので、せめてもと源田の腕に寄り掛かって、体重をかけるだけに留める。源田が見下ろした先の佐久間は、どこか安心したように目尻をやわらかくさせていた。どちらも手放さないと言った鬼道の決意に、源田も自身が急いた結論を出していたことに気づいて、そんな自分を嘲笑うようにふっと唇を歪めた。閉じたまぶたの裏に描いた景色が、いつまでも続くようにと、そっと願いながら。



「今日は楽しかったよ。学校や部活では見られない鬼道を見られた」
「食事も美味かったしな。当分市販のローストビーフは食べられそうにない」
「そっちか……」
「まぁ、お前たちが退屈せずに済んだのならそれでいいさ」

 帰りの車の中、すっかり来る前の雰囲気に戻った佐久間は、あれが美味しかっただのこれなら親でも作れそうだのと食事の話ばかりしていた。確かに料理のレベルが高かったことは認めるが、如何せん初めてバイキングに来た小学生のように語られては、流石の鬼道や源田も苦笑するしかない。

「なぁ鬼道、あの料理もう一回食べたりできないのか?」
「レシピなら頼めば貰えたはずだが……」
「そりゃいいや。おい源田、作ってくれよ」
「ええ……」
「うちのキッチンを貸すが? 上手くいくまで何度でも使ってくれて構わないぞ」
「俺を専属シェフにしないでくれ……」
「……ふむ、それはそれで悪くないな」
「えっ」
「あっ鬼道ズルいぞ! 俺だって源田に毎日飯作ってもらいたいぐらいなんだからな!」
「えっ」



***
最初は出席にすら慣れないでいる鬼道さんも、そのうちパーティーを主催する側になるんだろうなぁと思うと成長が見られて感慨深いですよね。いつになってもやや不慣れ感があって、そこを身内に茶化されてるといいなぁとは思います。
多分初主催のパーティーには円堂さんと豪炎寺さん、佐久間さんと源田さんと不動さんを呼んでそうな気がする。



宇宙ときみの似ているところ/英雄
200115
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