text | ナノ

若干の佐久源(見様によってはレベル。じゃれあいとも言う)
ふわっとした捏造(寺門さんと源田さんが初等部からの付き合い)



 いつもより少し早く部活を終えた帰り道、通る商店街には、誘惑という名の罠がいっぱいだ。例えば、肉屋が揚げる自慢のコロッケの油の匂い、立ち並ぶチェーンの飲食店から香ってくる湯気、開店準備をする寿司屋から漂う味噌汁の温かい香り、その他エトセトラ。夕暮れ時、あちらこちらから手招くように嗅覚を刺激してくる誘惑たちに、源田の腹はぐるぐると我慢ができないといったふうに唸る。

「少し黙らせろよその腹の音」
「仕方ないだろう、部活終わりにこんないい匂いがしていたら、減っている腹がもっと減るに決まってる」
「はいはいそーですね」

 空腹でぺこりとへこんでいる腹を、かっちりと前を留めたコート越しに擦る源田の背中を、佐久間はばしんと叩いた。厚着のせいでそこまでダメージはなさそうだったが、突然の衝撃に少しだけ源田の長躯が前のめりになった。そんなことをされたところでこの食欲は治まることはないだろうと、腹に回していた手を地味に傷む背中に当てながら、源田は思う。
 カレンダーもあと一枚となったこの時期、だんだんと下がる気温に参って、源田はつい服を着込んでしまっていた。今も薄手とはいえセーターを制服の中に着、面子の中では一番厚手のコートを羽織っている状態だ。本当は手袋や耳あて、マフラーなんかも装備したいところだったが、周囲から「今からそんな重装備をして本格的に寒くなったらどうするんだ」と呆れられたため、それらは泣く泣く諦め、今はタンスで出番を待っている。
 背中を擦る源田の脇から、ひょこりと成神が顔を出した。羽織ったコートは学校指定のカラーリングではあるものの、成神が纏うとどこかカジュアルな雰囲気が見えるのは、恐らく彼の着こなしのためだろう。

「源田センパイって寒がりなんすか?」
「どうだろう。でも毎年この季節になるとつい暖をとりたくなってしまうんだ。ありがたいことに学園自体は空調設備が整っているから、中に居る分にはそう感じないんだがな」
「へぇ〜」

 言って、ほう、と掌に息を吐く源田。吹きかけた生ぬるい吐息が、地肌をじんわりと暖める。ひゅう、と外気が髪を浚って、頭皮を抜ける瞬間的な冷たさが、頭の奥にきんきんと響いた。寒いという気持ちが思ったよりも顔に出ていたのか、手を擦っている姿が目についたのか、はたまた未だに不定期になり続ける空腹音が気になったのか。それまで黙り込んでいた寺門が目を細めた。

「大丈夫なのか?」
「ん、まぁ、少し冷えるが、そこまでじゃない」
「腹の虫が五月蝿いのも厄介だし、何か買った方がいいんじゃないか」

 ぶっきらぼうだが心配の色が見える声音に、気を遣わせてしまったな、と思った源田は「大丈夫だから」と笑って返してみるが、初等部からの長い付き合いである寺門にはそれが空元気なのはお見通しのようで、短く息を吐いてみせると、つい、と無言で角に設置された自販機を指差した。一歩引いたところでは「源田センパイにあったかい飲み物買うんだって。辺見センパイ、オレにも奢ってくださいよ」「オレにも〜」「馬鹿言うな!」という成神と洞面の後輩コンビと辺見の至って先輩後輩らしい会話が繰り広げられている。む、と唸って誤魔化そうとする源田に、痺れを切らせた寺門が自分の財布を出そうと鞄に手をかけたところで、佐久間が絡んできた。寺門にはやれやれというような、次いで見た源田へはいい加減にしろというような視線を向ける。

「甘やかすなよ寺門。買うにしたって自分で買わせりゃいいだろ」
「自分の財布の中身がサミシーからって人の好意にケチつけてんじゃねぇよ」
「ちげーよ!」

 咲山の一言に佐久間が吠える。帰宅時の学生や夕食の買い出しにきている主婦たちで賑わう通りは、そんな喧騒すらも飲み込んでしまうほど、活気に溢れていた。学園内でもこうした掛け合いは珍しくはないが、一旦あの要塞を出てしまえば、気負った様子のない、普通の男子中学生としての自分たちが居る。ふふ、と源田が唇の形を崩して笑えば、少しだけ白い息が宙に消えていく。「笑ってんじゃねぇ」と目ざとく見ていた佐久間が、また背中を叩いてきた。咄嗟に身構えてしまったが、さっきよりも幾分か加減はされていたようで、身体が傾ぐほどの衝撃はなかった。
 こんな毎日がずっと続けばいいのにな、と、ふと湧いてしまった寂しさを頭の端っこに追いやりながら、徐に辺見を見ると、きょろきょろと所在なさげに辺りを見回していた。心なしか、焦りの表情が窺える。

「どうしたんだ?」
「……おい、成神と洞面何処だ」

 口を開いた辺見の神妙そうな一言に、全員、一瞬時間が止まったような感覚に陥った。三秒ほど停止して、次の瞬間一斉に周囲へ目を配る。さっきまで雛鳥よろしく自分たちについてきて騒がしかった成神と洞面が、いつの間にか消えていた。

「はぁ!? 辺見お前一緒に居たんじゃねぇのかよ!」
「居たけど別にお守りしてるわけじゃねーよ!」
「二人とも落ち着け。此処まで一本道だし、何処かに寄り道してるんじゃないか? 見慣れた通りだし騒ぐこともないだろう」
「あいつ等の興味引きそうなもんなんてそこら中にごまんとあるだろうが……!」

 面倒くさいと言いたげに舌打ちをするものの、率先して捜索を始める辺見。こういうのをツンデレというのだろうか、辺見のいいところではあるが、などとしみじみしている場合ではない。ずんずんと進んでいく辺見。闇雲に探し回って迷子が増えるのは(体裁的にも面倒が増える意味でも)避けるべきだという寺門の提案に従い、残ったメンバーも辺見を追うことにした。

「何で俺についてくんだよ」
「お前とも逸れちゃ話にならねぇからな」
「保護者サマの勘が頼りだ」
「保護者じゃねーっつうの!!」
「……ん? あれ、成神じゃないか?」
「……確かに、それらしい頭だな」

 騒ぐ辺見たちを尻目に、他よりも身長の高い源田と寺門が幾つかの見せの入り口付近を眺めていると、ふとそれらしい影を見つけた。源田が指した方向――チェーン店のコンビニの前に、見慣れた紫色の頭がぴょこんと揺れている。それを認識した二年生たちは、安心半分呆れ半分で、その背中に近づいた。見れば足元には洞面も居る。

「おい成神!」
「あっ、センパイたちじゃないっすか! も〜何迷子になってるんすか!」
「迷子はおめーらだよ!!」

 怒り心頭の辺見の呼びかけに、ぴくりと肩を揺らして振り向いたかと思えば、さして悪びれもしない笑顔といつものトーンで物を言う成神。洞面も大して反省をしていなさそうだった。大物だと感心すればいいのか、ただ阿呆だと額を押さえればいいのか。今居るメンバーからすれば、後者の割合が非常に多いのだが。
 へらへらと笑う成神の頭を、辺見がごつりと殴った。くぅ、と声にならない声を上げて、成神は頭を押さえながら蹲る。ぺちぺちとその頭を洞面が叩いているが、労わっているのか追撃しているのかは判断しかねる。そんな二人を見下ろすように、佐久間が腰に手を当て、いつものように説教を始める。

「勝手に逸れるな。見知った道だからって、一緒に居た奴が居なくなったら慌てるんだ。捜すこっちの身にもなれ」
「……はぁーい」
「寺門からも何か言ってくれよ。こいつ等、俺や辺見じゃ聞きやしねぇんだ」
「はぁ?……まぁ、あまりふらふらするなよ。面倒を増やすな」
「でも何もなくてよかった。次からは勝手に居なくなるなよ? 何か見つけたのなら、教えてくれれば一緒に行くから」
「うへぇ、寺門センパイと源田センパイに言われちゃうとなぁ……。ま、できるだけ善処しまーす」
「まーす」
「俺のときにもそれぐらい素直に返事しろや!!」

 明らかな態度の差にまた拳を振り上げそうになる辺見だったが、二発は流石に、と良心が働いたようで、渋々腕を引っ込める。
 そんな辺見に苦笑した源田がコンビニに目を向けると、丁度客が出てくるところで、自動ドアがすぃーっと開いた。緩やかに開いた隙間から零れる店内のぬるい暖房に混じって、ふわりと何かの香りが鼻を掠めた。閉まりかけのドアから店内を見れば、コピー用紙に大きな文字で『おでんはじめました』と印字された手製のポップが吊り下げられていた。恐らくその下にある銀色の四角い鍋の中では、出汁と具材がぐつぐつと踊っているのだろう。その様子を想像した源田はすっかり思考をそれに染め上げられてしまって、ぎゃいぎゃいと未だに騒ぐ辺見たちを置いて、まるで魔法にかけられたかのようにふわふわとした足取りで店のドアをくぐった。
 入店音にあわせて、「いらっしゃいませー」と笑顔の店員に迎えられる。客の少ない店内は暖房の風が十二分に行き渡っており、ずっと外を歩いていた源田の身体をコート越しにふんわりと包む。冷えた頭と頬がじんわりと熱を持っていくのがわかった。そのままとことことレジ横のおでんコーナーに駆け寄り、ゆらめく出汁と具を見つめて、ほう、と感嘆の息を漏らした。

「おい源田!」

 と、不意に叫ばれた自分の名前にそちらを向くと、佐久間がずかずかと店の中に入ってきた。その後ろから辺見が小脇に成神と洞面を首を締めるようい抱えて引き摺りながら、次いで咲山と寺門が入店してきて、結局コンビニ内に全員が揃う形となった。閊えるぞ、と小さく漏らした寺門の一声に、咲山が辺見の背中をどつきながら先に進ませる。尚も成神と洞面は引き摺られていて、ごつごつと成神のローファーが店の床を叩く。
 源田の隣に寄ってきた寺門が、目尻をやや下げて彼を見る。どこか心配のような呆れのような、例えるなら毎回公園に遊びに行っては怪我をこさえて帰ってくる子供を見る父親のような目。

「お前な、これじゃあふらふらするなと成神たちに言える立場じゃなくなるだろ」
「悪いな寺門、つい」
「……まぁ、程度は弁えているだろうし、お前にきつく言う必要もないだろうが」
「寺門センパイ、大概源田センパイに甘いですよね」
「元はお前等のせいなんだよ!」

 ぎちぎちと首を絞められた成神は、ギブアップの意を示すように辺見の背中を叩いた。痛い痛いと喚く声が店内に響く。客が居ないことが救いだ。

「そのへんにしとけ」
「……けっ、ったく。もうやるなよ」

 寺門からの窘めに、辺見は舌打ちをひとつしてから二人を解放した。ぐえ、と舌を出していた成神だったが、すんすんと鼻を鳴らしたかと思えば、すぐに源田の隣に駆け寄り、おでんコーナーを覗き込む。変わり身の早さというか、興味の移り変わりの早さに額を押さえるが、そんな面子も店に入ったときから漂う昆布出汁の香りはずっと気になっていたのか、一人また一人とおでんコーナーに集まり始める。中学生とはいえ、それなりにたっぱのある体格のいい男子が数人、小さなおでんコーナーに群がっている図は、端から見れば異様だろう。たっぷりの出汁に浸かった、目移りしてしまうぐらいの具材たちを見て、源田は兎も角、特に減っていなかったはずの数人の腹からもぎゅるる、と虫が鳴いて合唱した。

「……一個ぐらいなら、夕食前でも問題ないよな?」

 合唱団員の一人である源田が口火を切ったことを皮切りに、他の面子もあれだこれだとお品書きを見て声をあげ始めた。最初こそ呆れた様子の寺門だったが、洞面の「大根おいしそ〜」という一言にそわそわとし、まんまと釣られてしまった。その一歩後ろで、佐久間は輪に加わらずに呆れた視線で押し合うメンバーの背中を見ていた。別に買い食いするなというつもりはないし、迷惑をかけるレベルで騒いでいるわけではないから止める理由もない。何だかんだといって、一日の活動を終えた男子中学生の腹というのは、山盛り出てくるであろう夕食を控えていても、出されたものは食べられてしまうほどに余裕があるものだ。それが美味しいとなれば、尚のことである。佐久間としては買い食いが嫌なわけではないが、この賑わいに混じることに若干抵抗があった。キャプテンという立場故に、というのも理由のひとつである。

「こーんな美味しそうな匂い嗅いでそっぽ向いてられるとか、佐久間センパイほんとに人間ですかぁ?」
「おでん如きで種族を疑われる筋合いはない」
「じゃあ財布の中身?」
「牛丼買えるぐらいはある! 馬鹿にするな!」
「キレるところそこかよ……」

 疲れる。特にこの後輩コンビを相手にしていると果てしなく疲れる。とりあえずこれ以上突っかかったところで無駄なのは明白なので、諦めて他の面子がおでんを選んで会計を終えるのを待つことにした。こいつ等も何か腹に入れれば騒がしいのも少しは落ち着くだろう。呆れたように目を細めて遠くを見る佐久間の顔を、おでんのカップを持った源田が覗き込む。

「佐久間はいいのか?」

 目敏い奴だ。大方、仲間外れになることを気にして声をかけてきたんだろう。そういう気遣いが鬱陶しいような、しかし嬉しいような。妙なこそばゆさを感じてしまうのは、仕方のないことだろう。

「俺は別にいい。今日は買い食いする気分じゃねーんだよ」
「俺は厚揚げを食べたいんだが、今しがた目に入ったしらたきも捨てがたくてな」
「二つ食えばいいだろ」
「それじゃあ食べ過ぎになるだろう? だから半分ずつ食べないか?」
「っハァ!?!?」
「俺の我が侭だし、佐久間は支払いしなくていいからさ」

 頼むよ、と(本人に自覚はない)女性受けのする柔和な顔でそう言われてしまうと、佐久間も言葉に詰まる。源田のやんわりと物を頼んでくるときの苦笑気味なこの表情が、佐久間は苦手だった。嫌いという意味ではなくて、捨てられた子犬に見られているような、まるで自分が悪いことをしたみたいな罪悪感に駆られるからだ。
 腹が減っていないわけではない、しかし源田からの申し出を素直に受け入れるのは何だか癪である。ましてや奢らせたなどとあっては、人間的に負けた気分にもなる。
 レジでは辺見が会計を済ませているところで、一緒のカップで買ったらしく手ぶらな成神と洞面が、急かすように源田の名前を呼んでいる。既に購入したらしい寺門と咲山も、皆が会計を済ませるのを待っていた。

「……あーっ! ったく、貸せ貸せ!」
「わっ!」
「さっきのふたつだけでいいんだろ」
「あ、あぁ、まぁ……」
「ケッ」

 悪態を吐きながら源田の手から掠め取ったカップを片手に、おでんと向き合う。トングで厚揚げとしらたきを詰め、出汁もそこそこ注いでおく。具を食べるだけなら出汁はそんなにいらないだろうが、どうせ源田のことだからそっちも美味しく頂くんだろうと、要らぬ思考が働いた結果である。

「おら、百円寄越せ」
「いや、だから金は俺が出すと……」
「うるせぇ。今セール中だから一個八十円なんだよ。端数は払ってやるから早く出せ」

 カツアゲのようにも聞こえる佐久間の台詞に一瞬ぽかんとした源田だったが、すぐに柔らかく微笑んで、財布から百円玉を取り出す。それをかっぱらうような勢いで手中に収めていった佐久間に、(やっぱりカツアゲだ……)と誰かは思ったらしいが、それは当人の知らぬ話である。
 会計を済ませ、割り箸を受け取り、ついでにからしも貰って。ぞろぞろとコンビニを後にしながら、カップの蓋を開ける。三箇所から湯気が上がって、同時に出汁の香りが鼻を擽る。成神は早速割り箸を割って、自分の具を取ろうと寺門のカップに遠慮なく箸を突っ込む。

「おい馬鹿! はんぺん取るのは構わねぇけど引っ掻き回して俺の大根崩すな!!」
「えーっ、だってカップ使って食べるの辺見センパイなんだから、オレと洞面は出して食べなくちゃじゃないですかぁ。あ、洞面これ先に渡しとくわ」
「成神ナイス〜」
「ちゃっかり蓋を持ってくんじゃねぇ!」

 出汁に浮いた大根の欠片に騒ぐ辺見を横目に、洞面が選んだがんもを蓋によそって手渡した成神は、次に一歩前を歩く源田に声をかける。

「源田センパーイ、そっちの蓋も貰えますかー?」
「いいぞ、ほら」
「ありがとうございまーす」

 少し距離を詰めて蓋を渡すと、さっさと自分が買ったはんぺんをそれに入れて食べ出した。辺見の手には、表面が崩れて欠けた円となった大根がひとつだけ、少ない出汁の中から顔を出しているカップと、割り箸。何とも言えない表情になるのは致し方ないだろう。どうしたところで完全体の大根が戻ってくることはないので、辺見は自分を納得させるように大きく溜め息をひとつ吐いてから、箸で大根を裂き、湯気の尾を引くそれをひとつ、口に入れた。はふりと口から出汁の香りがする吐息が零れ、広がる熱さと旨味にしみじみとする。さっきまで腹を立てていたのが馬鹿らしくなった。

「やっぱ、寒い日のおでんっていいもんだな……」
「さっきまでめちゃくちゃイライラしてた奴が何か言ってんぞ」
「辺見センパイ、情緒不安定だもんね」
「それだと俺が精神的に問題あるように聞こえるだろうが!」
「えっ」
「えっ」
「成神てめぇ! あと誰だ便乗した奴!!」

 後ろから流れてくるコントのようなBGMを耳に、源田は鼻歌交じりでおでんに箸をつける。しらたきを留めている太いこんにゃくを外すと、纏まっていた糸が出汁の中で解けた。

「佐久間、しらたきを崩したから、食べたい分だけ食べてくれ」
「俺はひと口でいい」

 元々そんなに食べるつもりねぇし、と、渡された箸を口で銜え、器用に割る。佐久間としてはそれぞれひと口か、多くてもふた口ぐらい食べられれば十分だったのだが、それを良しとしない源田は、三角形の厚揚げの頂点に箸を入れようとする。

「それじゃあ金額に見合わないだろう。ほら、厚揚げは半分に分けるから、片方持っていって……」
「あーもうわーったよ! 寄越せ!」

 厚揚げが半分にされる直前、源田の手からカップを奪い取った佐久間は、自身の箸で厚揚げを引っ張り出して、あぐっと勢い良く噛み付いた。染み込んだ出汁が一気に溢れてきて尋常でなく熱かったが、顔に出さないよう我慢しながら咀嚼する。残った厚揚げをカップに戻し、続けざまにしらたきを啜る。やはり唇を掠めるしらたきが熱いが、これも我慢。適当に食べたと思いつつも、どちらも半分以上残っていたのはきっと無意識だろう。自分の分を食べ終え、カップを源田に押し付ける。

「ん」
「わっ、……ありがとう」
「何にお礼言ってんだよ、変な奴だな」
「はは、佐久間には適わないさ」

 ひとつ笑って、ほくほくと嬉しそうに厚揚げを頬張る源田。浮かれた様子のままぱくぱくとおでんを胃に収めていく源田を見て、現金なやつ、と心の中で付け足した佐久間は、しかしその言葉の呆れ具合とは裏腹に、唇の端っこを吊り上げた。

 そんなやりとりを後ろから見ていた、お喋り者たちは語る。

「やっぱあいつ素直じゃないな」
「素直な佐久間センパイとか最早誰おま状態じゃないですか」
「言えてる〜」
「聞こえてるからなお前等!!」



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