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>>突然の同居設定<<



 カチコチとやけに大きく聞こえる時計の音で、レオンは目を覚ました。夜も更けた、真夜中のことであった。
 薄く開いた瞳にぼんやりとひとつ明度の落ちた明かりの端っこが入り込んできて、思わず目を瞑る。そのままぱしぱしと瞬きをしていれば、すっかり目が開いてしまった。何度か意識を落とそうと目の前を真っ暗にしてみたり壁側に寝転んでみるが、どうもすぐに寝付けはしなさそうだった。
 もぞりと布団を剥いで上半身だけ起こし、ふと扉の向こうに細い光が灯っているのに気づいた。同居人がまだ起きていることに呆れるも、夜更けに目が覚めてしまった自分がどうこう言えるものではないな、と思いつつ、レオンはそっとベッドから降りた。どうせ起きているのなら、眠るまでの話し相手にでもなってもらおう。




「おやレオン君。夜更かしはいけませんよ」
「お前が言えた義理か……」

 案の定リビングでは、ローテーブルにカードを並べ、ソファに足を抱えて座りながらそれを眺めているレンが居た。レオンの気配に気づいたレンはへらりと怒るつもりもない表情で彼を窘めた。説得力があるとも思っていないのだろうそれに嘆息しつつ、飲み物を求めてキッチンへと足を向ける。

「デッキ調整か?」
「ええまぁ。近々ファイトの機会がありまして」
「珍しく意気込んでいるな」
「僕はどうでもいいんですけど、テツやアサカがどうしてもと言うので、渋々ですよ」

 そうは言いつつも、カードを見る目は真剣さと愛おしさの混ざった色をしており、レオンは苦笑しつつ二人分のマグにココアの粉末とお湯を注いだ。ここに牛乳を半分ほど足して温めれば、レオン流のホットココアの完成である。

「レオン君こそ、珍しい時間まで起きてますね」
「俺はたまたま目が開いてしまってな……それも珍しいといえば珍しいか」
「そうですねぇ。少なくとも僕からすれば、君は頻繁に夜中に目を覚ましてしまうぐらい繊細な神経の持ち主だと思っていますけど」
「……昔のことは、忘れたわけではないがな」

 なかったことにはならない過去に、魘されないといえば嘘になる。ふと帳の降りたような真っ暗闇で、過去の自分が囁いてくる。時折そんな夢を見ては、朝になって苦い思いを何度もした。蝕まれ、夜中に起きなかったのが不思議なほどに。尤も、今回に限ってはそのせいでこうしてホットココアを作っているのかもしれないが、あの夢を見たあとにある重く濁った不快感はなく、本当にふと目が覚めてしまっただけなのかもしれない。常々、自分のことがよく判らなくなる。

「ほら」
「ありがとうございます。テツやアサカの淹れるコーヒーや紅茶もいいですけど、僕、レオン君の淹れるココアも好きなんですよねぇ」
「褒めても何も出ないぞ」
「もう、感謝の言葉ぐらい普通に受け取っておくべきですよ」

 テーブルに置かれたマグににんまりと微笑んで、レンは手を伸ばした。一口飲めば、程よい甘さと温かさがじんわりと内側から広がる。ついついまどろんでしまいそうになるが、まだデッキが纏まらないまま寝るわけにはいかないと、閉じそうになる瞼をごしごしと擦る。
 向かいのソファに座ったレオンは、マグの中身に口をつけたあと、未だに広がったままのカードたちとレンを眺めた。

「一段落着けて寝てもいいのではないか? いつからやっているんだ」
「君が寝てからちょっと経ってですかねぇ。そういえば、と思い出して始めたので」
「始めると区切りがつかないのは判るがな」

 自分も一度デッキに触り始めると、終わるまで中々切り上げることができないので、あまり強くは言えない。どうせ眠れないなら付き合って起きてもいいかもしれないと、すっかり冴えてしまった頭でレオンは思う。

「それを抜いて、こっちを増やしてもいいんじゃないか?」
「でもこれとこれでコンボを狙いたいんですよねぇ」
「あまり現実的ではなくないか……」
「いやですねぇレオン君。浪漫コンボは追いかけてなんぼですよ」

 やいのやいのと騒いで、夜は更けていく。




 かちゃかちゃと陶器の触れ合うか細い音で、レオンは目を覚ました。すっかり日の昇った、朝のことだった。
 どうやらそのまま寝落ちてしまったらしく、少し身じろぐと肩からかかっていたブランケットがぱさりとずり落ちた。いつ寝たのかも定かではないせいかまだ眠かったが、不意に鼻を擽ったスープの香りにつられて、ふらふらとソファから立ち上がる。
 ふんふんと鼻歌交じりでキッチンに立つ男にのそりのそりと近寄れば、レオンの存在に気づいた彼はおや、と零した後、にこりと笑った。

「おはようございますレオン君」
「……ああ、おはよう」
「まだねぼすけさんですねぇ。もうちょっと待ってください、朝ごはんにしましょう」

 くるくると鍋をかき回すたびに湯気に乗るスープの香りにうつらうつらとしながら、レオンはのんびりと頭を縦に振った。コーヒーの入った二人分のマグを受け取って、テーブルに並べる。そう間を開けずに目玉焼きとベーコンを焼いた皿とスープカップがカウンターから出てきて、それを並べていると、キッチンから焼いたトーストを持ったレンが楽しそうに躍り出てきた。トーストにはかわいらしいおばけのイラストが焼き書かれている。

「今日はグランブルーのおばけですよ〜」
「常々思うが、お前はこういうものを何処で買ってくるんだ」
「毎回サプライズしたいので内緒です」

 よいしょ、と席についたレンに併せて、レオンも座った。街中のマンションとはいえ、差し込む光はやわらかいし、聞こえる小鳥の囀りは綺麗だ。まるで長閑な場所の茅葺小屋で、自然に囲まれているような暖かさがある。朝のニュースを流すテレビが若干場違いな気がしてしまうが、それはそれだ。

「いただきまーす」
「いただきます」

 今日もまた、なんでもない一日が始まる。



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唐突にレギオンメイト編での中立組を書きたくなって。
性格的にはなかなか接点なさそうだけど、立場的には色々重なるところがあるんですよね。


1708 レオン様お誕生日おめでとう!
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