text | ナノ


 くそ暑い、ぼやいてシャツの襟をぱたぱたと引っ張る。生ぬるい風が少しだけ肌と服の間を舐めるけど、根本的な解決には至らなかった。隣を歩くハイメといえば、燦々と照り付ける太陽にどちらかといえばご満悦で、絶好の観光日和だと声をあげている。夏休み前の小学生かこいつ。楽しそうな男を伴って歩く炎天下の町は、打ち水がされているおかげでじんわりと地面の暑さが和らいでいる。夕方はきっともう少し涼しくなりそうだし、夕食は涼しく素麺でもいいか、なんて。

「しかしお前、よくこっちに来るよなぁ」
「一応ボランティアみたいなことはしてるし、突発的に大会が開かれれば別だけど、基本シーズン以外はオフなことが多いからね」
「いやだからって来すぎじゃね? 日本に」
「エミリオのこともあるし、何より日本のヴァンガードファイターたちとの交流! って言っておけば大体オッケーなんだよね」
「緩くないかそれ……」

 向こうでハイメのスポンサーをやっている企業団体に同情する。
さて、目的地はエミリオの居る児童所だ。今日は午後からあそこの子供たちと遊んでやる約束になっているのだ。で、なんで午前中から出歩きまわってるのかと云えば、ハイメが観光がてら街中を見て回りたいとごねたからだ。お前此処に何回来てるんだよ、来る度観光してるじゃねーか、と溜息混じりに伝えても、特に堪えた様子もなく俺を引っ張り出すものだから、俺はもう諦めてこいつのストッパーになるしかない。まぁ、疲れはするけど嫌ではないし、なんやかんや言って楽しそうなハイメを見るのも悪くはないから、いいんだけど。

 とか何とかしみじみしていると、不意に隣のおちゃらけた気配が消えたことに気付いた。慌てて辺りを見回すと、他の観光客の波の向こう側で、泣いてる男の子にしゃがみ込んで話しかけてるハイメを発見した。すみません、と波を割りながら近づくと、「あっクロノ」なんて平時と変わらない反応をされた。こっちの身にもなってほしい。

「お前、勝手に居なくなるなよ……!」
「ごめんて。それよりこの子迷子みたいだよ」
「おかーさん、どこぉ……っ、ひっく」
「あー、あー……よしよし、俺たちで探してやるから、泣き止め、な?」
「さっすがクロノ、わかってるぅ!」

 ぽんぽんと男の子の頭を撫でてやると、ちらっと俺の顔を見たその子はぴえっと怯えてハイメにすり寄った(誠に遺憾である)。俺ってそんなに強面か……? とハイメを見るも、悩ましい表情で苦笑されてしまった。そうか、そうか……。

 俺よりも背の高いハイメが子供を肩車して、宛てもなくふらふらと街中を歩き出す。昼前には見つかるといいなぁ、なんて思いながら、あっちでもないこっちでもないと店を覗きながら探す。時折男の子が「おかーさーん!」と呼ぶが、子供の声はどうも人混みに紛れてしまって、遠くにまで届かないらしい。それを見たハイメは、何を思ったのか近くの土産屋に男の子を伴って入っていった。ついていこうか悩んだが、万が一迷子を捜しているふうな女性を見つけたらと思い、待機を選んだ。五分くらいして出てきたハイメを見て、俺は心底呆れた。

「ハイメ、なんでお面なんか……」
「私はハイメではなーい! ひょっとこ仮面だ!!」
「だー!」
「お前も乗らなくていいから……」

 いつの間にか打ち解けた男の子と二人して某ライダーみたいなポーズをとってきゃっきゃとはしゃぐハイメ。しかし顔面はひょっとこだ。謎の奇抜さと騒がしさに、道行く人がちらちらとこっちを見ている気がする。今やこの状況で素面なのは俺だけらしかった。切実に他人の振りをしたいところだが、問題が片付いていない以上二手に分かれても意味がない。俺にできるのは、ハイメが羽目を外し過ぎないよう後ろで手綱を引くことだけだった。
 そうしてお面をつけたハイメが賑やかしながら歩いていれば、やっぱり人の目を引く。子供がすっかり泣き止んで一緒になって笑っているのはいいことなんだが。そんな二人の姿を見ていると、いつだったか俺が親父に肩車してもらったりだっこしてもらった記憶がふわっと蘇ってくる。小さい頃のことはあんまり記憶にないはずなのに、頭を撫でてくれる手の大きさだったり、肩車してもらった高さから見える世界の広さだったりが、ぼんやりと頭に浮かんできて。滲みそうになった目尻を乱暴に拭って、ハイメの後を追った。

 男の子の母親が見つかるまでにそう時間はかからず(お面で目立ったのが功を奏したのかもしれない)、男の子が「おかあさんだ!」と指さした先には、必死になって子供を探す女性の姿があった。お面の男にざわつくこっちを見た女性は、この距離でもわかるぐらいぱぁっと表情を明るくして、こっちに駆け寄ってきた。感動の再会を、ハイメはどこからか取り出したハンカチ片手に涙で見守る。お面のせいで全然表情わかんねぇけど。

「じゃあね、ひょっとこ仮面!」
「うむ! もう迷子になるんじゃないぞ!」
「ぐるぐるのおにーちゃんもありがとう!」
「! ……おう!」

 ほぼ面倒を見ていたのがハイメだったからか、男の子の言葉が俺にまで来るとは思っていなかった。若干驚きつつ、片手を振って返す。そうして手を繋いだ親子が雑踏に消えていったところで、漸くハイメがお面を外す。

「やるじゃん、ひょっとこ仮面」
「誰のことだい? 俺はハイメ・アルカラスだよ!」
「はいはい。にしてもあの子、お前のこと見ても全然騒がなかったな」
「別に俺もテレビに出ずっぱりの引っ張りだこじゃないからね。日本での知名度はマモルの方が上でしょ」
「そんなもんか」

 なんとなく、俺の周りでハイメ・アルカラスといえば言わずと知れたヨーロッパリーグの新進気鋭のファイターという肩書で有名な愉快な人、という認識をしていることもあって、こいつの突拍子もない一挙一動に目が向けられるのは兎も角、いちファイターとして眼差しを受けることが少ないのが不思議に思えた。一応、俺だってこいつのことはそれなりに尊敬しているつもりだ(普段迷惑をかけられていることからは目を逸らすが)。

「まぁ俺のファイトを見て盛り上がってくれるのは嬉しいけど、それありきでヴァンガードをやってるわけじゃないからね」
「じゃあなんでだよ」
「いけず。わかってるくせに」

 ふふん、と猫みたいな口をして笑ったハイメは、それきりその話題を掘ることなく、お昼ご飯だー! と近くのうどん屋に入って行ってしまった。ああいうところが、人を惹きつけるんだろう。
 俺には到底真似できないなと思いながら、割り勘だからなとぼやいてうどん屋の暖簾をくぐった。



***
ひたすらにハイメに振り回されるクロノの図。
最初は呆れてても、最終的な結果には案外まんざらでもないんだろうなぁと。


1708 ハイメお誕生日おめでとう!
×