text | ナノ

かなり多大な自己解釈
ヌイヌイがおかしな程ミゲル(アンテロ)に執着してる



 どこか、自分でも把握できていない意識の根底に、彼が居るような気がした。


 すぐ疲れ、常に栄養を補給しなければ果ててしまうような燃費の悪いこの素体を、彼は大いに気に入っていた。自分としては制限の多い人間の身体はまるで枷のようにしか思えなかったが、その枷すらも彼は楽しんでいたように思う。決して昔からの知り合いではない。出会いすら惑星クレイから離れた地球で、彼の素体の望みである大会に出場し、それから度々連絡をとったり、観光に付き合っただけ。一般的にはそれを友人だと云うのだろうが、どうしても自分では、その言葉の意味を碌に知らないくせに、自分たちの関係に当て嵌めるのは都合がよすぎて、また安っぽいものだなと思った。

 何がなくても楽しそうに、何かあるともっと楽しそうな彼を嗤うことが、なかったとは言えない。ただ不可解ではあった。常に笑みを湛えるほどの何かが、この世界にあるとは思えなかったのだ。触れる物全てが新鮮ではあっても、そこに理解や認識以外の感情を持つことが、自分にはなかったからかもしれない。彼は花を愛でては草木に触れ、そのたびに目尻を緩めていた。ともすれば慈愛のような暖かさは、自分の置かれていた環境では決して触れることなどなく、その指先からの微熱に、ただただ戸惑うばかりだった。瞬きの間にもくるくると変わる彼の、一挙に目を奪われていた。彼にすら「呆けてどうしたの」などと問われてしまうほどだ、どんな間抜け顔を晒していたのかは、想像に難くない(が、自分自身今までそんな表情をとったことなど殆どなかったせいで、自分が間抜けな顔をしている感覚は薄かった)。

 無知な自分に人間として生きるとは何かを子供に説くよう丁寧に教授する彼の、何と滑稽で何と柔らかいことか。否定や皮肉を紡ぐことなど容易いはずなのに、その言葉を遠くに置き忘れてしまったみたいだった。出しあぐねた言葉が吐息となって空気に混じる。この形容しがたい感情が、己の手に止まった蝶に触れようとする彼に知られなければいいと思った。

 彼と一緒に駆け上がった道をもう一度彼と、などと思った矢先に、彼は死んだ。目に映る何を残すことも、何を植えることもなく、ひっそりと、自分の知らないところで消えた。その事実に酷く胸を掻き毟りたい衝動に駆られた。何故、なぜ。己のような憑依した存在がことごとく人の世の運に好かれないことは判っていたが、ここまでとは。命を奪われるほどの何かを、彼がしたとでもいうのか。彼が死んだという事実が、彼が殺されたという虚構に塗り変わるまでにそう時間は要らなかった。もしかしたら嘘ですらないかもしれないことなのだ、自分たちクレイの生物は、この世界に命を握られているも同然なのだから。軋むほど歯を食い縛る己の記憶の中の彼は、今も生きているのだと錯覚してしまうぐらい、柔らかに微笑んでいた。
 もしも彼が残した何かをこの世界の人間が持ち得ているのなら、自分はそれを全霊を以て剥ぎ取りに行くだろう。お前が託されるには不相応だと、嘲笑い踏みつけてやるのだ。見ろ君よ、君が信じた人とはこんなにも脆く弱く、踏み躙られただけで握った手を離してしまうような、薄情な生きものなのだ。自分は世界を壊す醜き人の可能性など、信じられない。そして矢張り君は、この世界で生きるにはあまりに透明過ぎたのだ。

 彼が可能性を感じた生きものたちはみな期待外れだった。こんな奴らの何を彼が気に入ったのかすら判らない。己が器としている素体すら、過去の些末な出来事に捉われている。真っさらなものなど、彼と彼との思い出以外この世界には無いのだろう。日々の高鳴りは既に鳴り止んで、静寂と暗鬱さだけが毎日を取り巻いていた。

 弱い、弱い、この存在たちに良いようにされていた自分たちは一体何だったと云うのだろう。蹂躙の喜びは元の肉体では顕にしてはいけないものだったが、この肉であれば問題ない。高笑い、嘲り、踏み潰す。決して満たされるものではなかったが、渇きの潤し方をこれしか知らなかったから、只々荒らした。どう足掻いたところで、ヴァンガードを続けている限り、彼との思い出や記憶はいつだって背中合わせであることを知りながら、ずっとずっとつまらなそうに、道端の雑草と詰っては芽を摘んだ。

 彼のか細い輝きと崇高さは、讃えられるべきだ。そしてそれは、自分だけが知っていればいい。

 この気持ちを、低俗な人間共は恋だの愛だのと安っぽい熟れた言葉で呼ぶのだと思うと、虫酸が走った。彼への想いは、そんなもので表されるほど矮小なものではないのだ。


 思い、嘆き、悲しみ、欲していた。

 もう決して、追いつくことも追い越すこともできないほど、遠くに逝ってしまった彼の人よ。
 君に告ぐ、最適な言葉を、やっと見つけた。

 きっと自分は、君を請い、君に焦がれていたのだ。


***
自分の中でのお題は「ひたすらにミゲル(アンテロ)を想って、消えてしまったことを嘆き、彼が気持ちを傾けた存在たちを憎みながらも、ただ只管に彼を請う女々しいヌイヌイ」でした。

君よ、我ばかりな此の思慕に何と名をくれよう
170615
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