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ネオンメサイアの一回戦後


 宛てがわれた自室で先の戦いの余韻に浸りながら、レオンは紅茶を口にしていた。
 一瞬でも気を抜けばこちらが飲まれてしまいそうになるほどの気迫。負けじと牙を立て矛を奮い、己の持てる全てを投じて挑んだ初戦。結果は無事自分の勝利で終わったが、一手のミスが直接勝敗に影響してしまうほどに、お互いギリギリのファイトであったと思う。あれは正に死闘と称しても過言ではなかった。この先もまだあのような戦いを続けられることに、レオンの身体は歓喜に震える。疲労を感じていないといえば嘘になるが、それ以上に感情が昂ぶっているのだ。

 部屋にはレオン一人で、ジリアンとシャーリーンは探索や他の参加者の元に遊びに行くと言って出ていった(どちらが率先したかは言うまでもない)。別に構わないと言ったのだが、大会中はできるだけ傍をちょろちょろとして邪魔にならないようにという二人の気遣いを、ありがたく受け取ることにした。
 孤島とはいえ客を持て成すことに抜かりはなく、一通り要望したものは手元に揃っている状況だった。最初こそ島から自前のティーセットを持ち込もうとしていたレオンたちだったが、実行に移さなくて正解だったと思う。どこから仕入れたものかは定かではないが、茶葉缶の隅に立凪財閥の四字がある以上安物ではないだろう。カップからは茶葉の香りが立ち、やわらかな舌触りがまだ口に残っている。できれば滞在中にもう二、三度楽しんでおきたいものだと、レオンは目を伏せた。瞼の裏にはやはり先程のファイト――それこそ自分だけではない、他の参加者たちのものもだ――が鮮明に描かれ、異世界染みたイメージがまるで本物のように記憶を巡る。あの場に吹き荒れていた幾陣もの風たちは良き風だったと、断言できる。

 不意に、コンコン、という控えめなノック音がレオンの瞼を持ち上げさせた。気を落ち着けるために淹れた紅茶はすっかり冷めて目的を成さなくなってしまっていた。
 さて、来客は誰なのか。ジリアンたちが戻ってくるには早過ぎる。大会側から何か連絡だろうかと腰を上げて扉を開けると、つい先程コロシアムで対峙したガイヤールが、人当たりのいい笑みを浮かべて立っていた。

「突然すまない」
「それは構わないが……何か用か?」
「ああ、まぁ。疲れているところすまないな」

 くしゃりと今度は困ったように笑いながら、ガイヤールは視線を逸らした。訝しげに思うも、部屋の入り口で立ち往生していては傍目から怪しく見える。テンプレートのように立ち話も如何なものかと中に通し、紅茶を持て成す準備をし始める。

「本場のお前に出すのも忍びないが、生憎とこれぐらいしか持て成せる品がなくてな」
「僕だってそう本格的なものは淹れられないさ」

 備え付けの個別梱包された焼き菓子も併せて出せば、白い部屋の質素な雰囲気と相俟って、何処か静かな城の中、アフタヌーン・ティーを嗜む王子二人が居るかのような空間となる。尤もそのうちの一人はとある民の末裔の当主で、言ってしまえば王のような存在であるのだが、そういった事情を知る者は僅かである。
 淹れた紅茶はレオンにとって二杯目となるが味は変わらず、どころか焼き菓子を添えることで茶にも甘味が出、一杯目とは違った感触に満足する。

「それで、用件というのは」
「ああ……む、このブラウニーなかなかいけるな」
「何だと、俺にもくれ…………話が進まぬではないか」
「ははっ」

 どうやら思っていたよりも砕けた性格をしているらしい。服装のせいかクランのせいか、ぼんやりとではあるが厳格な印象のあったガイヤールの年相応な面は、何となく意外に映る。

「ファイトに負けたのは悔しいが、勝った君には、僕の分まで勝ち進んでほしい」
「ああ、共に良き風を起こした者の思いは、俺が継ごう」
「期待している。……用件は、それとは別なんだ。さっき戦って負けた手前、あまり切り出す話ではないのだろうが、もう一度ファイトしてもらえないだろうか」

 カップの縁を指でなぞりながら、ガイヤールはレオンを見て言う。特に親近感の湧くような態度をとった覚えもなければ、試合前に声をかけた記憶もない。いわばあの試合が二人の唯一といっていい接点であり、この邂逅が二度目の相対でもある。こうも気にかけられる理由は、思い当たらなかった。

「……俺を選んだ理由は何だ。リベンジか?」
「無論、そのつもりもある。が、なんと言えばいいのか僕自身にもわからないのが正直なところだ」
「何となく……お前の直感で、俺は選ばれたのか」
「気に障ったのならすまない。しかし、君ならば受けてくれると思ったんだ。君もまだ、あの熱を収めきれていないような気がして」

 懐から覗かせたデッキケースに、ぞくりとレオンの背筋が微かに震える。つい半日前の決戦をありありと思い出して、心が昂ぶるのを感じた。

「お前もなかなか策士だな」
「君を焚き付けられたのなら光栄だ」
「……いいだろう、その挑戦受けよう」

 次の試合に備えて調整を、と思っていた矢先の誘いでもある。どれだけ理想的に構築しようとも、最終的に物をいうのは実戦なのだ。熱に浮かされたままでは、次を満足に戦い抜くことはできやしないだろう。それを見透かした目の前の男に、今は感謝を持って、全力で当たろうではないか。

「風の前に今一度平伏せよ、黄金の軍」
「二度も嵐は起こさせやしないさ。覚悟しろ、絶対正義」

 レオンもガイヤールも、負けた方に紅茶のお代わりを淹れてもらおうなどと思いつつも口には出さなかったのだが、どことなくその瞳の色で、互いに同じことを考えているような気がしていた。



***
今更ながら、ネオンメサイア観てからこの軍服組が愛おしくてたまらないのです。
なんとなく同い年ぐらいのイメージなんだけど、実際どうなんですかね。


201608 (レオン様お誕生日おめでとうございます)
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