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SG編終了後のIF


 そわそわ、そわそわ。あっちからこっちから、来ては去っていく人の流れに視線を彷徨わせながら、ヒロキは居心地悪そうに顔を顰めた。遊ぼうね、約束だよ。ぶっきらぼうに返事していた相手からの突然の誘いに驚嘆ばかりで禄に反論できないまま、今日。それなりに日数はあったのだから断ることはできたけれど、ふとそうしたときの相手の悲しそうな顔を想像してしまって、断るに断れないまま、かといって無視してしらばっくれることも何だか逃げた気がして正義に反すると、結局待ち合わせの場所に来ていた。
 噴水時計は十一時よりちょっと前。約束は十一時だ。どうせなら先に来てあれこれ文句でもつけてやろうと、ヒロキは少しばかり早めに此処に着いていた。相手も時間に遅れるようなタイプではないから、もうすぐ来るだろう。

 そわそわ、そわそわ。行ったり来たりの老若男女を眺めていると、その中から人波を割ってこっちへ近づいてくる男の子が一人。ぱたぱたと小走りの彼が、ヒロキに気付いて手を振ったとき、十一時を告げる噴水がヒロキの後ろでぱしゃあっと跳ね上がった。



 遅刻してくれば文句を言えたのに、時間ぴったりに現れられてはそれもできない。おまけに「待たせちゃった? ごめんね?」なんて先に謝られちゃあ、いよいよ言葉に困る。手持ち無沙汰に唸ったのち、「お、おう。別に」と吃った返ししかできない自分は、何だか自分じゃないみたいだ。

「ヒロキくんは、カードショップには行かないの?」
「……昔は、行ってたことある」
「じゃあ行こうよ。新しくできた所があるって、ユナサン支部の子が教えてくれたんだ」

 にこにこと名前のように明るく笑うタイヨウが、ヒロキにはわからない。仮にもそのユナサン支部の破壊のきっかけを作って、リューズの野望に加担して、あれだけタイヨウの周りのものを壊して傷つけたっていうのに、当の本人は寂しそうな目を以て自分を見るものだから、ヒロキとしては居たたまれない。いっそ糾弾されて、罵倒されて、拳のひとつでも受けた方がマシなぐらいに、タイヨウはぬるかった。

 促されるまま新装のカードショップに行けば、同年代の子供がたくさんうろついていた。オープン記念のくじだとか買取強化だとかのサービスに食い付く子供たちはとても楽しそうで、遠巻きに見ていた学校のクラスメイトたちのそれと被る。ふい、と視線を逸らしたヒロキに気付いたタイヨウは、ささっと買い物を済ませるとヒロキの手を引いてショップを後にした。ぱちくりと瞬きをするヒロキには、タイヨウの表情が伺えない。
 来たときよりもだいぶ大股で連れてこられたのは街角のファストフード店だった。休日なので相当の混雑だが、なんとか席は確保できた。人波の次は人混み。イベントでもないのにこの量には思ったより疲れていたらしく、二人揃って一息零した。

「あっ、何か食べる?」
「オレ様はいーよ」
「でも、飲み物ぐらいは飲まないと」
「……いい、自分で頼む」
「うん」

 気を遣われてるようでイライラするけど、嫌だと口に出すことはしなかった。しないのではなくできなかったのだと、このときのヒロキは知る由もないのだけど。
 レジが混んでるから一緒に頼んじゃおうよ、というタイヨウの言葉に面倒臭さは感じたけれど、不思議と突っぱねる気持ちは起きなかった。実はあんまり慣れてなくて、そうこっそり言われてしまえば、感じていたもやもやが次第に薄まる。

「仕方ねぇ、オレ様が一緒に頼んでやる」
「ありがとう」

 言ってまたタイヨウは笑う。上辺だけじゃないお礼にヒロキはまたうっと息が詰まったみたいに言葉が出なくなって、店員に声をかけられたことで取り繕うように注文をはじめた。つられる形でタイヨウもいつも頼むお決まりのセットを頼んで待つと、混み具合に反して割とすぐにメニューが揃った。連れ立って注文をし、トレイを受け取って席に戻ると、各々頼んだドリンクを手に無言のひと啜り。少しだけ汗が引っ込んだ。

「お前、こういうとこあんまり来ないのか」
「うん。最近になって、クロノさんや伊吹さんに連れてきてもらうぐらいかな」

 ずずっとフロートを啜りながら、タイヨウがはにかんで言う。聞けば、あの店のポテトがよく半額になるとかこの店はフロートが美味いだとか、豆知識といってもいいのか悩むレベルの知識をタイヨウに吸収させているのだとか。学生は兎も角いい歳した大人が何やってんだ、と指を差されてもおかしくなく、現にヒロキは自分に関係ないはずのタイヨウの交友関係にげんなりしつつ「あんまり変な大人に近づくなよ」とやんわり注意する羽目になってしまった。

「あっ、そうだ」

 もしゃもしゃとポテトを咀嚼するヒロキの前で、タイヨウがリュックを漁る。取り出された袋のうち片方をヒロキに、もう片方を自分に振り分けた。これにはヒロキもポテトに伸ばす手を止め、怪訝そうにタイヨウを見た。

「なんだよこれ」
「さっきのショップで買ったんだ。クランごとのくじだって」

 渡された銀色の袋には『ディメンジョンポリス』と書かれたシールが貼られていた。タイヨウの持つ黄色の袋には、同じように『ゴールドパラディン』のシール。あのとき済ませていた買い物はこれらしい。

「なんでこんなもん買ったんだよ」
「本当はショップでファイトとかしたかったんだけど、ヒロキくんあんまりあそこに居たくなさそうだったから……。せめて、っていうか」

 言って、申し訳なさそうにえへへと笑うタイヨウ。気を遣わせた、気を遣ってくれた、弱く見られた、馬鹿にされた、助けてくれた――恥ずかしい。嬉しい気持ちと悔しい怒りがない交ぜになって、ヒロキをぐちゃぐちゃにした。ぐるぐると駆け回る不快感と安堵が両極端過ぎて、ぱちぱちぱくぱく、瞬きと口の開閉を繰り返すことしかできない。自分はこんなに口下手だったか、そう思うほどに、何も出てこなかった。否、「馬鹿にしてんのか」「悪かった」「気なんか遣ってんじゃねぇ」言いたいことは幾つもあったのに、どうしてか胸の辺りでつかえて、それ以上出ることができなかった。歯痒いのになんだがほっとしてる自分が居て、しかもその原因が何もわかっていないようにくじを開封したそうにするものだから、いよいよ返しが思いつかない。
 その場凌ぎのように「……そうかよ」と返した自分の声音は、思った以上にやわらかい気がした。



***
全部終わったら微笑ましい二人が見られると信じて

臆病な呼吸にメイプル・シロップがあふれてしまいそうよ/メルヘン
160712
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