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ストーカーぼっちおっさん回の後話的な



「このたびは!」
「クロノが本当に!」
「「申し訳ありませんでした!!」」
「…………」

 俺は非常に困惑していた。
 夕暮れを背に、自分に頭を深々と下げる男女の中学生。綺麗に直角を描く腰と真摯なその態度は、例えば相手が商談先の会社だったならば評価される姿勢だろう。しかし彼らが頭を下げている相手は俺で、しかも内容は彼らには直接的に関係の薄いもので。

「確かにクロノの気持ちもわからなくもないです。色んなことがいきなりで、鬱憤も溜まってたと思います。でも、シオンも私も、あれは言葉が過ぎてると感じました。クロノだけじゃなくて、伊吹さんも」
「その点は伊吹さんにも反省して頂ければと」
「あ、あぁ……」

 何故子供に諭されているんだ俺は。こういった場面で助け船を出すだろう三和をちらりと見ると、木陰でわかりにくかったが必死に笑いを堪えていた。後で覚えていろ。

「まぁお互いに悪いとして、それでも年上に無礼を働いたクロノから謝る。それが礼儀ね」
「なんで俺が……」
「君、仮にも目上の人間に暴言を吐いたんだよ? まだ知り合いだからいいとはいえ、ケジメをつけるのは大事なことだ」
「先にあれこれ言ってきたのは俺じゃねぇし」
「もう、聞き分けないことばっか言ってるんじゃないわよ!」

 俺は家族コントでも見せられているのか。反抗期真っ盛りの息子とその父母の日常会話か何かかこれは。再度木陰を見やれば、三和は木の幹を叩きながらそれはそれは苦しそうなほど笑いを堪え、櫂は微笑ましそうにその光景を見つつ「お前から謝ったらどうだ」と言いたげな視線を俺に向けていた。こいつ等自分が当事者でないからといって好き放題だな。というか俺がおっさんならお前たちもおっさんなんだぞ、そこに異論はないのか。

「ほらクロノ……」
「へいへい。すいませんでしたー」
「ちょっとクロノ!」
「んだよ。謝ったじゃねぇか」
「誠意がないって言ってんのよ! アンタ自分がそんな謝られ方して許す!?」
「だって俺だけが悪いわけじゃねーじゃん。餓鬼に喧嘩売るような真似してきたそこのおっさんも同罪だろ」
「今はアンタの話!」

 その物言いだと、まるでこの後は俺の番になるみたいじゃないか。そう口に出そうものなら、今度は俺がこの口達者な中学生たちに丸め込まれてしまうのではないかと本能的に感じ、つぐんだ。贄になるのはクソガキだけで十分だろう。

「いーぶき。もうさっさと謝っちゃえば?」
「俺が率先する必要があるか?」
「いや、必要とか理由とか理屈じゃなくて、倫理の話。このまま先に中坊に頭下げられるの、成人男性としてどうよってこと」

 こそりと近寄ってきた三和(目尻に浮かんだ笑いの余韻が腹立たしい)がそう耳打ちしてくる。百歩譲って、先に煽ったのが俺だとしても、あそこまでの言葉が返ってくるだなんて誰が想像しようものか。先に精神的ダメージを負ったのは俺なのだから、先に謝罪をするべきはあっちのはずだ。応じない俺に大人気ないなぁ、と苦笑する三和。おい櫂、何だその「俺なら面倒だから先に頭を下げるがな」とでも言いたげな表情は。何マトモぶってんだ、数年前のお前を鏡で見てこい。
 平行線を辿るやり取りに折れたのは金髪の方――綺場シオンだった。家庭の事情も相俟ってだろうか、こういう雰囲気には聡いのかもしれない。ただできることならば、その折れをもう少し早い段階で見せてほしかった。
 わかったよ、と落ち着いた、しかしどこか据わったような声音にひっ、と渦巻き頭が肩を揺らす。何か覚えでもあるのだろうか。こうなることが予想できたのに引っ張ったのなら、なんて無計画なんだこいつは。おかげで俺までとばっちりだ。
 そして、練られた言葉が静かに告げられる。

「……先に謝れるかどうかも立派な大人としての要素だと思うんだ」
「悪かった」
「すまなかった」
「アンタたちチョロ過ぎ!」

 後ろで、とうとう堰を切ったように三和が噴き出した。



***
例の回の次回予告のシオンとクロノが父と反抗期の子供みたいだったので



160225
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