text | ナノ


ちょこちょこ捏造
ご都合展開


 某月某日、ライブラ本社にて。K・Kはすこぶる機嫌が悪かった。
 機嫌が悪いというよりは落ち込んでおり、何かショックな出来事があったのだろうと推測するのは容易い。憤りと情けなさを燃料に、K・Kは愛銃の調整を行う。そうでもしなければ、あと一ヶ月なんてとてもやっていけないから。



 そもそもの原因は三日前――ライブラが追い続けていた案件が無事解決した日にまで遡る。この仕事でK・Kは大層な活躍をした。本人はサポートとして高所から狙撃していた――まぁいつも通りだと謙遜したが、重苦しい一件から解放された周りはそれを許さない。誰かが店に連絡を入れれば、すぐにどんちゃん騒ぎの始まりだった。
 大きな山をひとつ越したこともあって、小さなバーで開かれていた打ち上げはあれよあれよと人が増え、二次会三次会と場所を替え人を替え夜通し行われた。中には表の顔が社会人の者も居たが、幸いにも翌日は休みであったため特に支障は来さなかった。尤もそれは他メンバーの話である。

 さて、日を跨いだ明け方、二日酔いまでは行かないにしてもそれなりに酒が抜けず、響く頭を抱えて愛する家族と住まう自宅へ帰ると、一番に次男のケインがK・Kを出迎えた。これで「ママお帰り!」なんて可愛らしい言葉と笑顔があれば特筆すべきもない実に微笑ましい光景なのだが、ケインの顔はこれでもかといわんばかりに顰められ、誰が見ても苛立ちを顕にしていることは明白だった。
 「おはようママ」尖った挨拶が耳に痛い。乾いた声でただいまと零すと、ぱたぱたと奥の部屋から兄と夫が揃って顔を出す。二人とも玄関先のK・Kとケインを見比べてから、兄は弟、夫は妻、それぞれの肩を抱いて家へと招き入れた。「おかえり。とりあえずシャワーかな? 着替えは持っていっておくから」夫の言葉になくただただ頷き、K・Kは重たい身体にへばりついた汗と汚れを流しに行った。

 着替えたK・Kがリビングに出向くと、あまりいい顔でない兄弟と、それに苦笑する夫が思い思いの場所で寛いでいた。久々の家族の姿にK・Kの涙腺がわけもなく緩む。「母さん、ちょっとこっち来て。話があるんだ」そう呟いた兄の口調は硬く、零れかけていたK・Kの涙はひゅっと引っ込んだ。
 そこからの兄弟の言葉は鋭利なナイフで心臓の辺りを突いたり貫かれたりしているようで、K・Kにとってはまさしく地獄のような時間だったと後の本人は語る。曰く「最近帰り遅い」「毎日じゃないけどさ。あと結構お酒も飲んでるよね」「別に飲むことに怒ってはないけど、それを理由に帰りが遅かったり朝帰りはちょっとどうかと思う」「もういっそお酒やめよう」などなど。母親の帰宅時間に対する不平不満が肥大して、最終的に「ママはしばらくお酒禁止!」という話になってしまった。“しばらく”であり“永久”でないところが意地らしくもまた可愛らしい。

 言うだけ言って、さあスクールだと家を飛び出していった二人の背中を見て崩れ落ちるK・K。必死に手を伸ばすが、無常にも玄関のドアはぱたりと閉じた。反論しようにも二人の言い分はまっとうであるし、何より彼等相手では流石のK・Kも同僚の腹黒男のときのようにはいかない。K・Kにとっては酒が飲めないことや禁酒を言い渡されたことが辛いのではない。愛する息子たちに寂しい思いをさせ、あんなことを言わせてしまった。それが歯痒く、悔しい。万人に褒められる母親でなくて構わない、だからそれ以上に二人にとっての誇れる母で居たい、それだけなのだ。

 蹲って涙を流すK・Kに、夫は優しく寄り添い、丸まった妻の身体をそっと抱き締める。「君がお酒を飲むことに反対はしないよ。仕事が上手くいった打ち上げなんだろう? 君が頑張っているってことはよく知っている。気を休めるのは大事だよ。二人もちょっと心配が過ぎているだけさ。帰りが遅かったら心配するし、家に帰らなかったらもっと心配する。僕が心配するんだ、君と僕の子供たちがしないわけないじゃないか」ぽんぽん、と子供をあやすように背中をさすられる。「でも今回は、僕も彼等の味方かな。偶には夫らしく、見守るだけじゃなくて心配させてほしいな」
 怒っているわけではない。厳しい言葉なんてひとつもないお説教は、単純にK・Kの身を案じている。そのことが純粋に嬉しいし、そんな彼らを悲しませているのが自分だということが許せない。
 言葉にならない声を隠しながら、K・Kは夫の腕の中で少しだけ涙を零した。そして決意する。最低でも一ヶ月は禁酒する、その間息子たちにハグとキスはしまい、と。
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