夕焼け空 | ナノ
私は走った。
もう少し…お願いだから、間に合いますように…


『っ、はぁ…はぁっ…!』


そこに昨日の船と、彼らはいなかった。


『……これで、よかったんだ…きっと…』


そうだ、彼らは海賊。
私は一般人。
きっとこの現実は、私に海賊になるなという神様からのお告げだ。
おばあちゃんが言っていたのは本当だった。
彼らのような良い海賊たちに会えてよかったと心から思う。
私はもう見えない彼らを見送るため、息を整えながら海岸沿いまで近づいた。
否、近づこうとした。


『……っ!?』


突然背後から口を塞がれ、私の背中とその人の体がぴたりとくっついた。


「おいおい…気をつけろ、って言ったろ?ユウ」
『…!』


どう抵抗しようかと考えていたところで聞こえたその言葉に、目を見開く。
解放された途端すぐに後ろを振り返った。


『なんで、ここに…船、行ったんじゃ…』


私の反応が面白かったのか、彼、赤髪さんは満足げに笑うと親指を立てて、ん、と少し離れた方を指す。
つられて見れば木々の隙間から昨日見たものと同じ、竜を象っている船首が僅かに覗いていた。


「ここだと人目に付きやすいだろ?だから移動させたんだ」


誤解させて悪いな、と赤髪さんは謝ったけど、私にはそんなのどうでもよかった。


『もう…会えないかと思いました。せめて挨拶くらいはできそうでよかったです』


私の言葉に、赤髪さんは短く息を吐いて苦笑した。


「そうか…別れの挨拶なんて聞きたくはなかったけどなァ」
『……誰が、そんなこと言いました?』
「は…?」


今の言葉と手ぶらの私を見て、私が一緒に行かないと判断したのだろう。
私の口元は自然と弧を描き、唖然としている赤髪さんを見上げた。


『これからよろしくお願いします、って挨拶を言いに来たんです』


一瞬の間。


『私をこの船に乗せて下さい』


赤髪さんの目を真っ直ぐと見て言えば、彼は数回瞬きを繰り返した後困ったような顔で笑って赤い髪をかき上げた。


「まさか、脅かし返されるとはな…」


その様子にくすりと笑うと、頭に乗った大きな手。


「大歓迎だ!」
『っ、はい!』


こんなに温かいのは久しぶりだった。
それくらい、赤髪さんの手は温かかった。
それから私は出航を少し待ってもらって、支度をするため一旦家に戻った。
赤髪さんに副船長さんを連れて一緒に行こうか、と言われたが、大丈夫だと断った。


「…そんだけでいいのか?」


戻ってきた私を見るなり、ぽかんとした様子で赤髪さんが言う。
彼の視線は私が持つ小さな旅行バッグ。


『いいんです。ほんとは何も持っていくつもりはなかったんですけど、一応困るので着るものだけ』


せっかく行くと決めたんだ。
何か持っていくと立ち止ってしまいそうになるだろうから、最低限のものだけ持っていくと決めた。


「んなもん、言ってくれりゃ買ってやったのに」
『それは申し訳ないです…!』
「何言ってんだ。俺たちは仲間、家族だ。遠慮なんかするな」
『!か、ぞく…』
「おう。だから、船に乗ったら敬語は無しだぜ」
『っでも…』
「もう決めた」


そう言って背を向け船へ歩き出す赤髪さん。
有無を言わせないその言葉に胸の奥から暖まっていくようで、私は鞄を胸に抱えると頬を緩ませて彼の後を追った。


「ユウ、だっけ?これからよろしくな!」
「お頭に無理やり乗せられたんだろ?オレと一緒だな!」
「いやーまた可愛い子が入ったもんだ…!」


ビクビクしながら船に乗ると、迎えてくれたのは船員たちのあたたかい声だった。
驚いているといつの間にか隣にいたのか赤髪さんがにっと笑ってこちらを見下ろしていた。


「言ったろ?悪い奴はいねぇって」
『赤髪さん…』


………あれ?


「赤髪、さん?」
『あ、いや、えと』
「俺の名は教えただろ?ちゃんとシャンクスって呼べよ」
『あ、赤髪さんてほんとにシャンクスだったの!?』


静寂。
誰かが噴き出す声が聞こえた。



「「「「あっはっはっはっは!!!!!」」」」


途端に割れるような笑い声でいっぱいになった甲板。
と、頭に黒いバンダナを巻いた口の大きな人がお腹を押さえながら私の方に向かって言った。


「おっ、お嬢ちゃん…!お頭が赤髪のシャンクスだって、知らないでついてきたのか!?ぶっ、こりゃすげぇ…!!」
『え!いやっ、冗談だと…!』
「「「ぶわーっはっはっはっは!!!!」」」
「テメーら!!笑うんじゃねェよ!!」


ひたすら笑い転げる船員たち。
それに食って掛かる赤…シャンクス、さん。
私がどうしようと慌てていると、


「騒がしいと思ったら…何をしているんだ…」


姿が見えなかった副船長さんが船の扉から呆れた顔で甲板に出てきた。


「ユウのやつ、お頭があのシャンクスだって知らなかったらしいんだよ…!」
『ご、誤解です!知らなかったんじゃなくて信じられなかっただけで…っ』
「一緒だよ、一緒!はーっはっは!!」


私が口ごもっていると、副船長さんは、はぁ、とため息をついた。


「そのうち治まるから放っておけ。…ついて来い、お前の部屋に案内してやる」
『はい…!』


これは助けてくれたんだろうか。
私は船長を中心に未だに騒がしい甲板をちらりと見てから、歩き出す副船長さんの後を追いかけた。


「ここがお前の部屋だ。普通は一般船員に一人部屋なんてねぇんだが、お前は女だから特別に用意させてもらったぜ」


割と船の中心の場所に近いと思う。
副船長さんが開けたドアから中を見ると思ったより綺麗で、すでにベッドやクローゼット、鏡台などがそろっている。


『え、これ…』


元々誰かが使っていた部屋だろうか、そんなことを考える私に気づいたのか副船長さんがふっと薄く笑った。


「全部新品だ。お頭が昨日用意した」
『え…?』
「お頭はお前が絶対来るって信じてたからな」


そう、だったんだ…


「ついでに言うと隣はお頭の部屋、その隣は俺の部屋だ。何かあったら来い」
『…はい!ありがとうございます…!』
「きっと今夜は忙しくなる。すぐ終わると思うが、今のうちに荷物を片付けておけ」


シャンクスさん同様私の荷物をちらりとみた副船長さんは、そう言って自分の部屋に戻るのか背をを向けた。


『…服だけだし、とっとと片付けちゃお』


一人になった私は、とりあえずベッドに鞄を置いて中身を広げた。
クローゼットにはちゃんとハンガーもたくさんかかってて、ありがたく使わせてもらうことにした。
少し動けばもともと少ない荷物のため、ものの数分で終わってしまって暇になってしまう。


『出航はいつなんだろう……甲板、静かになったかな』


特にやることもなくなった私はふと立ち上がると、先ほど案内された道を戻った。


「あ、ユウ!どこいってたんだよ!」
『シャンクスさん。副船長さんに部屋に案内してもらってました。家具、ありがとうございます』


ぺこりと一礼もしたのに顔を上げた時に見たシャンクスさんの顔はなぜか不服そうで。
どうしたのか聞く前に彼が口を開いた。


「シャンクス!あと敬語!」
『え…あ、』
「…で?どこ行ってたんだ?」


本当にこの人は赤髪のシャンクスなのか、何度でも疑いたくなるような人懐こい笑顔で彼は言う。


『…副船長さんに、部屋に案内してもらってたの。えと、それから…家具ありがとう、シャンクス』
「合格!あとベックのことも名前で呼んでやれ。副船長さん、じゃなげーだろ」


…名前忘れてたなんて言えない。
とりあえずぎこちない笑みを浮かべて返事をしておいた。


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