夕焼け空 | ナノ
島に船が着いて二日目。
ミホークさんは昨日あの後すぐに棺船に乗ってどこかに行ってしまった。
一緒に行くか?と言われたけど私がご冗談を、と笑って返そうとする前にシャンクスによって阻止された。
あの時のシャンクスは口は半円なんだけど目が笑ってなくて正直怖かったです。
そして…


「俺も行く」
『一人で大丈夫だってばー』
「駄目だ。危ないだろ」


昨日話していた通り私が一人で下着を買いに行こうと思って、ちょうど甲板でベンさん達と話していたシャンクスに行ってくると言った途端にこれ。


『ベンさんこの人なんとかして…!』
「…お頭、ユウが困ってる」
「心配なんだ俺は!」
「それより昨日の分の書類を仕上げてくれ…」


そうベンさんが言って、私はにやりと口元を上げた。
これを使わない手はない。


『仕事しないシャンクスはきらーい』
「なっ…!」


ベンさんとヤソップとルウが苦笑を浮かべる中、ふん、とそっぽを向きながら言えばシャンクスは慌てたようで、私に詰め寄ると肩を掴んでくる。


「悪かった…!ちゃんと仕事はするから嫌いになるな!な…っ?」
『じゃあ今日私が買い物行ってる間に仕事してね?』
「っ、………だあああしょうがねェ!」


恨めしそうにベンさんを見るシャンクスに小さくぐっと拳を作った。
だけど、心配してくれていることに変わりはない。


『心配してくれてありがとね、シャンクス。でもすぐ帰ってくるし、私には夕がいるから大丈夫』
「せき…?」


聞き慣れない単語に眉を寄せるのは、ベンさん達も一緒で。
私は緩く笑って視線を腰へ落とした。


『この子の名前。柄の色もそうだけど、鞘が海に浮かぶ夕焼けみたいでしょ?だから、夕焼けから文字をとって、夕』


昨日の夜考えた名前。
我ながら、この刀にピッタリだと思った。
刀を撫でながら話す私に小さく息を吐くと、シャンクスはぽんと私の頭に手を乗せた。


「怪我するなよ?」
『当たり前じゃん』
「何かあったら遠慮なくやれよ?」
『うん、そのつもり』
「本当は行かせたくねェが…気を付けて行ってこい」


いってきまーす、と笑顔を向けて船を降りた。
昨日と同じ道を通って街の中へと入っていくと今日も人がたくさん行き来していて、海賊になって初めて一人で歩く街中は少し緊張するが同時にわくわくする。


『…さてさてー、どこいこっかなー』


ちなみに今日の服装は白のTシャツに薄い赤のパーカー、下は普通のジーパンといった至って普通の格好。
だけど、やっぱりこういうシンプルな方が動きやすいし気に入っている。
並ぶ店を見比べながら歩いていくと、丁度いい店を見つけた。


「いらっしゃいませー」


にこにこした少し高い声のお姉さんに軽い会釈を返して真っ直ぐ下着コーナーに向かう。
困らない程度に何着か気に入ったものを持ってお会計をすませて店を出た。
過保護な彼のことだからどうせもう心配だ心配だなんて言ってベンさんを困らせてるんだろう。
急いで帰ろう、と船の方へ足を向けたとき。


「ママぁ…!!」


小さい子の悲鳴。
私の足は自然と声の方へ進んでいく。


「うぅ…っ」
「すみません…!すみませんっ!!」


片手で少年を持ち上げた大柄な男と腰に手を当てて下方を睨み付けるやせ形の男。
足元には、土下座をしひたすら謝る若い女性。
周りにはちらちらと様子を伺いながらも恐怖からか関わらないようにしている人々。


「てめーのガキが誰にぶつかったのか、知ってるか?」


やせ形の男が偉そうに、頭を下げたままの若い女性に言う。


「300万の賞金首、ガズル様だぜェ?この落とし前、このガキにきっちりつけてもらわねぇとなぁ…?」


やせ形の男が腰の刀を抜いて、大柄な男の腕の先で震える少年の首へその刃を向けた。
若い女性は弾かれたように頭を上げて目を見開き、大粒の涙を流す。


「も、申し訳っありません…っ!それっ、それだけはっ、私がこの子の代わりに!なりますから…っ!!」


ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じる。
一歩、また一歩と彼らに近づいていくと、優しそうな顔をした男性が私を止めるように肩に手を置いて声をかけてきた。


「お、おい嬢ちゃん…!関わる気か?ガズルっていったらここじゃ有名な悪党…」
『これ、少しの間お願いします』


その声を遮って無表情のまま先程買ったものが入った紙袋を男性に渡し、更に彼らへ近づいた。


「ま、まま…っ」
「黙りなァ、ガキ」
『黙るのは貴方達』


自分でも驚くほど冷たい声。


「あァ?」


私に気づいたやせ形の男が、刀はそのまま怪訝そうに此方を振り返った。
大柄な男も視線のみこちらへ向けて汚い笑みを浮かべる。


『貴方達がどこの誰だか知りませんが、女子供に手をあげるのは感心しませんね』
「なんだ女、テメェがこのガキの代わりになるか?」


大柄な男が自身の刀に手を伸ばしながら言った。


『いいですよ?』


こんなやつらに負けるつもりはない。
それに、こんなやつらがシャンクスやベンさんや赤髪海賊団の人達と同じ賞金首だなんて、何がなんでも嫌だ。
挑発的に笑って、腰にある夕を撫でた。


「このガズル様に歯向かったこと、後悔するんじゃねぇぞ」


そう言って大柄な男、ガズルは少年を若い女性の方へ放り投げ刀を抜き、やせ形の男も刀をこちらへ向ける。
若い女性が無事少年を抱えたことを確認し、私も夕を抜いた。


「っ死ねぇえええ!」


まずはやせ形の男。
刀を振り上げて向かってくるが、一瞬でカタがついた。
一回避けてしまえば後は隙だらけの彼に夕を叩き込み、その体は地に落ちた。


「けっ、使えねェ野郎だ…」


仲間がやられたというのに。


『…汚い』
「はっ、そりゃ俺様のことかァ?……殺してやるよ、女」


ガズルが刀を斜めに構えて地を蹴った。
思ったより素早く体格に似合わない動きだが、いつもシャンクスと剣を交えている私にはまるで止まっているように見える。
振り下ろされた刀を受け止め、あの稽古の時と同じように刃を滑らせてガズルの横へ抜ける。
凪ぎ払うように振るわれた相手の刀をしゃがんで避けて、同時に彼の片足の腱を切った。
頬と服に少量の血が飛ぶ。


「っぎゃあああ!?」


汚い悲鳴と共にガズルが崩れ落ち、そこへまた刀を握る腕ともう片足の腱を狙って夕を振る。
血が飛び、同じような悲鳴が響き、からん、と刀が落ちる。
すかさず刀を遠くへ蹴り飛ばし夕の柄の先でガズルの首裏を殴って気絶させ、隣で力無く横たわるやせ形の男の刀も奪って遠くへ放った。
どうせ血がついてしまっているから、自分の服で夕に付いた血を拭いお疲れ様、と呟いてから鞘へ収めた。


『……お怪我はありませんか?』


糸が切れたように座り込む若い女性とその腕に抱かれた少年へ目線を合わせるようにしゃがんで、なるべく安心できるように笑顔を作って話しかけた。


「あ、…あ…っ…」


どうせまた、怖がられるのだろう。
涙を浮かべながらパクパクと口を開閉する女性に苦笑を向けて、船へ戻るために立ち上がった。


『おじさん、これ持っていて頂いてありがとうございました』
「あ、あぁ…強いんだな、嬢ちゃん…」
『あの人達は賞金首なんですよね?後で政府に渡して下さい。少しですが賞金は差し上げます。この街のために使ってください』


男性から無理矢理預けてしまった紙袋を受け取って、まだ唖然とした空気が流れるその場を後にしようとした時。


「ありがとう!お姉ちゃん!!」
『!』


あの少年の声。
振り返ると、まだ涙は浮かべてはいるが、精一杯笑ってくれている少年がこちらに手を振っていた。


「あ、ありがとうございました…!」


我に返ったようにその少年の母親であろう若い女性も少年を抱き締めながら座ったまま深々と頭を下げ、何度もお礼の言葉を繰り返している。
にこりと笑い少年へ手を振り返して、母親へはぺこりと一礼してからその場を後にした。


『はぁー…』


歩いていて思ったこと、それは血。
自分の血ではないものの、街中で顔や服に血を付けつつ紙袋を提げた姿は異様で、街中の誰もが二度見をするくらい。
視線に耐えられずになるべく人目につかない細く狭い道を選んで船に戻っているのだが、一番重くのし掛かるのは船に戻った後だ。


『…絶対これ、なんか言われるよ…はぁ…』


足取り重く項垂れながら深いため息を吐いたとき、視界に影が射し、立ちはだかるように立つ誰かの足。
何だ、と顔を上げていくと、とても高いところで怠そうな目と視線が合った。


「君、何者?」
『…へ?』
「ん、ごめん。人に聞くときはまずは自分からだね。俺はクザン、海軍本部大将だよー」
『海軍本部…大将!?』


そ、それってまずいんじゃ…?
とりあえず自分が海賊だということがばれないようにしないといけない。
そしてこの街に海軍本部大将がいることをシャンクスに伝えなければ。


「さっきの見てたけど、君戦闘慣れしてるよね?」
『それは…ていうか、助けてあげればよかったじゃないですか!海軍の大将なんですよね!』
「えー、俺が出る前に君が出ちゃったんじゃないの」


失態だったかもしれない、が、でもそれであの人達、あの少年を守れたし笑顔も見れたからいいか…ではなく。
問題はどうやってこの人から逃げるか。


『…あの、私そろそろ行かないと…』
「どこに?」


クザンさんのそれまでの怠そうな目から鋭いそれへ一瞬で変わり、少し温度が低くなったように感じる。
思わず小さく身震いをすると、ふっと気温が元に戻った気がした。


「ごめんごめん、別に捕って食おうなんて思ってないよ。ただ君が何者か聞きたいだけ」
『…私はただの旅人ですよ』
「一人で?」
『はい。賞金首を倒しながら旅してます』
「こんな若くて可愛い女の子が、一人で、このグランドラインで、ねぇ…」
『ってことで!私はもう行きますねさようなら!』
「あ、……あーらら、行っちゃった。名前聞きたかったのになぁー」


自分ながら次々に口から出た嘘に感動しつつ、何か言いたげだったクザンさんに背を向けて逃げるようにして走り出した。


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