今日のレッド・フォース号はいつもより少し騒がしい。
というのも、もうすぐ次の島に着くらしい。
そのため、久しぶりの上陸だ、と船員達が浮かれているのだ。
でもそれは私も同じこと。
私は今まであの島から出たことはなかったから、数日前に後何日かしたら次の島に着くとベンさんに教えて貰ったときは思わず大きな声を上げてしまった。
『どんな島なんだろうなぁ…』
甲板に立ってその島を探すようにあちこちに視線をさ迷わせながらまだ見ぬ島についての想像を膨らませた。
…と。
「島だァ!島が見えたぞおおお!!」
「やっとか!待ちわびたぜ!」
「早く酒が飲みてェなァ!」
「おい!飲み比べやろうぜ!」
見張り台から進路を確認していた船員の一人が片手に持った望遠鏡を振り上げ、もう片手を口元に当てて甲板に向かって声を落とす。
途端に下は大騒ぎ。
私は船の先頭へ走り寄り手すりをつかんだ。
「落ちんなよ?ユウ」
『ルウ!上陸はいつ?』
「はっは、まだ着いてすらいねぇよ。もうちょいの辛抱だな」
『早く着かないかな…』
うっすらと見えてきた島。
私の島はとても小さな島だから、水平線上に広く陸が続くその島はとても大きく見えた。
「錨を下ろせ」
「はいよ!」
ついに島の端に船が着き、ベンさんの指示によってテキパキと上陸の準備が整っていく。
シャンクスの姿を探そうとくるりと振り返ると、
「ユウー!」
船内へ続くドアから顔を出したシャンクスが私を呼んだ。
なんだろうと思いながら近づけば手招きをされて船内へ入っていく。
着いていった先は私の部屋の前。
「そのままでもまぁ悪くはないが…ユウ、もうちょい男っぽい服持ってないか?」
『男っぽい服…?それなりにはあるよ、でも何で?』
私は昔からスカートが苦手でズボンばかりだったし、髪も短く見た目も中性的だから男にも女にも見られる服装をよく着ていた。
のだが、疑問に思った私が質問するとシャンクスは少し難しい顔をした。
「女のお前が俺達と行動してるところを他の奴らに見られでもしてみろ。まず狙われんのはお前だ」
ああ、なるほど。
『男装しろってことか』
「嫌ならいいんだ、何があっても俺達が守ってやるから」
『え、ううん全然。わかった、着替える』
私のことを案じてくれている彼の言葉に快く返事をすれば彼はぽんぽんと軽く私の頭を撫でる。
「俺は甲板にいるから、着替えたら来い」
彼は来た道を引き返し、私は自室へ。
普段特に考えず着ていたものから、男装というテーマで服選びをするのは少し時間がかかった。
結局シンプルに上は左側の脇腹から裾辺りにかけて薄く錨のマークが印刷された厚手の生地で作られた白いシャツ、下は紺のダボダボした七分丈のズボンに決めた。
靴は今履いているものしか無いが、特に女らしいものでもないのでそのまま。
どうせなら、と棚の薬箱から包帯を出して元々無い、それでもまあ人並みにはあると思いたい、胸へサラシとして巻き付けた。
ズボンを履いてシャツに腕を通し袖を肘辺りまで捲っておしまい。
なるべく急いで甲板に戻った。
『シャンクスお待たせ!』
「お!いいじゃねーか」
甲板へ戻るともう結構な人が島へ降りていったのか人が少なく、元から目立つ赤い髪を見つけるのはとても簡単だった。
私の姿を見た途端にシャンクスは笑って誉めてくれる。
『これで大丈夫かなぁ…』
「んー…名前、はそのままで大丈夫か…あとあるとしたら喋り方だな」
『あー…』
と、いうことで。
『俺と僕どっちがいい?』
「うーん……俺って感じじゃねェな」
『じゃ、僕にする』
一人称が決まったところでシャンクスが、あぁ、それから、と思い出したように言った。
「行きたい所があるんだが、ユウも一緒に来いよ」
『?うん、いいよ。どこ?』
「それは着いてからのお楽しみだ。行くぞ!」
『あっちょっと!待ってよー!』
シャンクスを追いかけて島へ降り、少し歩くと街へ入った。
街の人々は始めシャンクスを見て驚いていたようだが、この街は海賊に対して特に敵意があるような街ではないらしい。
すぐに赤髪海賊団が上陸したことが街中に知れ渡り、一目見ようとやってきた大勢の街人に私共々囲まれてしまった。
シャンクスに視線がいく中、彼に着いて歩く私にも好奇の視線が集まるのを感じて男装がバレたりしないかとひやひやする。
「だっはっは!こりゃすげぇ!ユウ、はぐれんなよ?」
『た、たぶん…』
近づくのは恐れ多いのか、街の人々と私達の間に少しの隙間があるのが唯一の助かり。
シャンクスにいつもより少し低めの声で答えれば、なにかあったときのために一応シャンクスのコートの裾を掴んでおいた。
と、シャンクスが一人の街人となにやら話すと礼を言って道をそれる。
『?どこいくの?』
「もうすぐ着くさ」
私の問いにへらりと答えながら歩くシャンクスに聞いても無駄だと察して黙って彼の後に続いた。
「ほら、ここだ」
『…!ここ…刀屋…?』
「お前の刀を買いにな」
『わ、あっ…と…僕の?』
つい私と言いそうになって、なんとか言い直す。
シャンクスが来たかったのは刀屋で、それも私の刀を買うためだった。
『でも、僕そんなお金…』
刀なんて高価なものを買えるほど持ち金はない。
しかしシャンクスは笑ったままどんどん店に入っていく。
慌てて追いかければシャンクスと驚きながらも丁寧に対応する初老の店主さん。
私がシャンクスの隣に立つと、シャンクスが私の肩に手を置いた。
「こいつの刀が欲しいんだが」
『よ、ろしくお願いします…!』
ぺこっとお辞儀をすると店主さんはシャンクスから私へ視線をずらして少し目を開いた。
ば、バレた…?
「ほう…少年、利き腕を」
しょ、少年…てことはバレてなかった。
ほっとしつつ右手を店主さんへ差し出した。
店主さんは差し出した私の手をとってじっくりと眺める。
「お前さん、女のような手をしとるな」
『あ、はは、よく言われます…』
「よく剣を握っている手だな」
『…幼い頃習ってまして、少し間を空けましたが今、また』
そこからは黙って私の手を見ていた店主さんは、少ししてから私の手を離して店の奥へと引っ込んでしまった。
『え、あれ?』
「まぁ待ってろ」
すぐに店主さんは戻ってきたが、その手には一本の刀が握られている。
店内にはいろんな刀が並べられているのに、わざわざ奥から取り出してきてくれたのか。
「この刀を」
そう言った店主さんは驚く私に持っていた刀を手渡した。
くすんだ色の赤い柄、見事な切り抜きが施された金の鍔、鞘は元は黒く先の方は朱や橙が混ざってまるで夜の海に夕焼けが浮かんでいる様。
目を奪われ渡されるがまま受けとれば、心地よい重みが腕に伝わる。
「抜いてみな」
シャンクスに言われて刀を鞘から抜くと、初めて持つ刀なのになぜか懐かしさに襲われた。
刀身を見ると丁寧に手入れされたそれに私の明るい茶色の瞳が映る。
「これはな、とある有名な海賊団の長であり当時最強だと言われていた一人の女剣士が、海賊を引退するときに手放したと云われている刀さ。ウチの宝だった」
『そ、そんなすごいものなんですか!?』
思わず刀を体から離して店主さんを見れば、彼は優しい目で私とこの刀を見ていた。
店主さんは、恐る恐る鞘へ刀をしまう私に近寄ってくると、私の肩にぽんと手を乗せる。
「その刀は少年を気に入ったようだ。どうだ、お代はいらない、そいつをまた海へ連れていってやってくれないか」
『…へ?』
「…いいのか?じいさん」
ぽかんとする私に変わってシャンクスが店主さんへ言うと彼は笑顔で頷いてみせた。
「大切にしてやってくれ」
私は一度刀を見下ろし、それからまた店主さんを見て、もう一度刀へ視線を落とす。
鞘の中の夕焼けが、店の灯りによってキラリと光った。
『店主さんありがとう。大切にする!』
刀をぎゅっと抱き締めて心の中でよろしくねと声をかけた。
心が、じんわりと温かくなった気がした。
「よかったなユウ、いい刀が見つかって」
『ん!』
刀屋から出てその後すぐに刀を止めるための布を買ってもらった。
私の髪を少し濃くしたような落ち着いたブラウンの綺麗な色だ。
腰に巻いて、刀を挿すとくすぐったいような照れ臭いような気分になって自然と頬が緩んだ。
「よし、これで刀はいいだろ。それから後回しにしちまったが服と日用品も買わないとだな」
『…ごめんねシャンクス』
「ん?何もしてないのになんで謝るんだ?」
わかっているくせにわかっていないフリをする、そういうところが優しいんだこの人は。
『じゃあ言い方変える。ありがとう、シャンクス』
そう言えばシャンクスはとても優しく笑って。
「お安いご用さ」
改めてこの人が海賊で、この人に会えてよかったと思った。