夕焼け空 | ナノ
ふわふわした感覚に目を覚ますと、見慣れぬ天井が視界に入る。
ぼーっとした頭で起き上がろうとして少し浮かせた体はすぐにベッドへと沈んだ。


『…あたま…いた……』


片手で頭を押さえて、そういえば昨日…と思い出していると、コンコンと控えめにドアがノックされた。


『…ぁーい…』


今の自分に出せる最大限の力で返事をすれば、開いたドアからちらりと見える赤髪。
その持ち主シャンクスはするりと部屋に入ると私が横になっているベッドへ心配そうな顔で近寄ってきた。


「大丈夫か?」
『なんとか…』
「悪いな、ヤソップも反省してるから許してやってくれ」
『へ?別に怒ってないよ…?』


シャンクスはぽかんと、私はきょとんとした顔でお互い顔を見合わせるとすぐにシャンクスが困ったように笑った。


「なら、いいんだけどな。これ二日酔いに効く薬と水。飲めるか?」
『ん…ありがと…』


小さなサイドテーブルに小さな音を立てて置かれたコップと紙に包まれた粉薬。
起き上がろうとすると当然のように手を貸してくれるシャンクスに『ごめん』と漏らせば、彼は「何言ってんだ」と笑いながら背中を擦ってくれた。
何から何までのありがたみを感じながら薬の包みと水が入ったコップを手にし、さらさらと紙の中身を口に入れる。
と、私の顔はどんどん渋いものになっていく。


『…にがぁ……』
「でもよく効くぞ?ほら、早く飲み込んじまえ」
『んー……ふは…口の中にがい…』
「ユウ、口開けて」
『…?』


水で飲み下したと言えど若干口内に残る薬の苦さに顔をしかめていると突然そう言われた。
ちゃんと飲んだか確認するつもりかな…そんな子供じゃありませんよーだ。
仕方なく、あ、と口を開ければころりと口の中に何かが転がる。


『……!…あまい』
「…まだ苦いか?」


口の中に広がるイチゴ味に左右に首を振ればシャンクスは満足気に笑って私をベッドへ戻しくしゃりと頭を撫でた。


「少し寝てればすぐよくなるさ。これ、飴はヤソップからのお見舞い。心配してたから元気になったら顔見せに行ってやってくれ」


シャンクスは言いながらサイドテーブルに数個の飴が詰まったガラス瓶を置くと、空のコップと包み紙を手に取った。


『…ありがとう、シャンクス…あとヤソップも』
「あァ、伝えとく。じゃあ俺は行くが、なんかあったらすぐ呼べよ」
『ん…』


近くにいるとは限らないのにどうやって呼べばいいのかと思いながらもこくりと頷けば、彼は、お大事に、と笑って部屋を出た。


『……静かだ…』


一人には慣れてたはずなんだけどなぁ。
この船に乗る前に一人で生活してるとき、静かだなんて思ったのは両親が死んでからの数日だけ。
なのに今は一人になった途端すごく静かに感じてしまう辺り私はこの船、そして仲間になった彼らに浸かってしまっているのだろうか。
……とりあえず、今は寝ようかな…


…………
…何時間たったのだろうか。
すっきりとした目覚めにあの薬が良く効いたんだと感謝しつつのそりとベッドから起き上がった。
立ち上がった途端、ぐう、と音を立てるお腹を押さえちらりと時計を見ればもう夕飯を食べるくらいの時間で、大分寝てしまっていたことが分かる。


『お腹すいた…』


自然と足は食堂へ。
途中途中私を労る言葉をかけながらすれ違う船員さん達にまさか全員に広まってたりするのかとびっくりしつつお礼とお辞儀をしながら足を進めた。


『ヤソップー!』
「あーユウ、体調はどうだ?」
『心配しすぎだよ。もー大丈夫』


食堂の片隅で他の船員達と夕飯を食べていたヤソップに近づけば、彼は申し訳なさそうに頬を掻きながら言った。
きっと今の今までずっと心配してくれていたのだろう。
私はもう全然平気だと軽く手を振って答えた。


『あ、それと飴ありがと!私飴大好きなの。お陰で苦い薬も飲めたよ』
「そりゃよかった!女の子がどんなモンで喜ぶかよくわからねぇからよぉ…」


お礼を言うと安心しながらも照れ臭そうに笑うヤソップににこりと笑みを返す。
と、ぐうううう、と空腹を主張するかのようにその場にお腹の鳴る音が響いた。


『……!…あはは』
「はっはっは!誰かさんのせいで腹減ってるんだろ?これやるから食えよ」
「な、そ、それは悪かったって…!」
『美味しそう…!ルウありがとう』


相変わらず大きな骨付き肉を片手にヤソップをからかうルウに渡されたのは、新鮮な野菜が挟まれた美味しそうなサンドウィッチが数個並んだお皿。
空いていたヤソップの右側に腰を下ろしサンドウィッチを一口かじった。


「そういえばお前、もう船が出てから言うのもアレなんだけどよ?…その、本当に俺達なんかに着いてきてよかったのか?」
『大丈夫。元々一人だったし』


私がそう言うと船員たちは気まずそうにお互いの視線を合わせたり泳がせたりし始めた。


「あー、と、な?そのことならお頭に聞いてるんだ……俺が聞きたいのはよ、…恨んでるんだろ?…勝手なことしてんのは承知してる。こんな質問して悪いことも。だけど気になっちまってよ…」


申し訳なさそうに言うヤソップとそれを申し訳なさそうに黙って見守る船員達に嫌な気持ちはしない。


『分かったの、悪い人達ばかりじゃないって。それに、私も前に進まなきゃいけないから』


最初はこの世の全ての賊を恨んだ。
でも、赤髪の彼に出会ったことでそれはがらりと変わった。
連れてこられた船で楽しそうに騒いで笑う彼らを見て、まるで色を失った世界が一気に明るくなったような気がした。
ここならきっと笑える。
だから、暗い過去を持つあの島での持ち物は衣類以外全て置いてきたのだ。
ここで新しい自分になるために。


『昨日の宴会を見てて思った。この船の皆は言葉に表せないくらいすごく良い人達だって。だからかな、私がこの船に乗ったのは』


そこまで話して薄く笑いながら俯けばポンと頭に乗った大きな手。
びっくりして見上げるとすごく優しい顔で微笑むヤソップ、ルウ、そして他の船員達。


「ありがとよ、この船に乗ってくれて」


頭に乗った手と彼の気持ちが全て籠ったその言葉に目尻が熱くなったけど、なんとか堪えて精一杯の笑顔を見せた。


「そーそー、やっぱ女の子は笑顔だな!」
「だな。ユウちゃんは笑顔のが似合ってるぜ?」


私が笑った途端に船員達も爽やかな笑顔を見せて口々に言う。


「この船の紅一点だもんなぁ。その笑顔で俺は頑張れるぜ…」


え?
今、なんて…?


『あ、の?紅一点というのは…?』
「え、知らなかったのか?ユウはこの船で唯一の女だぜ?」


ルウの一言が私の頭の中でループされる。
なるほど、昨日の宴会のとき女性がいなかったのに少し疑問を感じてはいたがまさか女性が私一人だったなんて。
じゃあなんで今更シャンクスは私なんかを乗せたんだろう。
ていうか、女性がいないってちょっと…心の拠り所が…


『女性がいないならいないって最初に言ってくれればよかったのに…!』
「お頭言ってなかったのかよ…」
『聞いてません…』


まあまあ、と苦笑しつつ慰めてくれる彼らを横に私はため息を吐いた。


「そんなに気にすんな。別にお前を捕って食ったりするような奴ぁいねぇからよ」
『いたら困る…!』


はっはっは!と豪快に笑う彼ら。
幸先不安です。


『…ごちそーさまでした』
「ん?用事でもあんのか?」
『うん。ちょっとね』


お腹も一杯になり、私はある場所へ向かうために席を立った。
手を振り見送ってくれるヤソップ達に小さく手を振り返して食堂を出る。
向かう先は、


『………よし!』


目当ての場所、そのドアの前に来ると私は一度大きく深呼吸をしてから意を決して目の前のドアをノックする。


「おー、入ってこい」


私が来ることを知っていたかのような返事に驚きながらもドアを開けた。
彼、シャンクスは椅子に座って新聞を読んでいた。


「もう体調はいいのか?」
『お陰さまで。元気になってさっきヤソップ達とご飯食べてきたとこ』
「そうか。そりゃよかった!」


シャンクスはいつものように笑うと、口元は弧を描いたまますっと目を細めた。


「…で?俺への用は何だ?」


初めて見るその何でも見透かしたような視線に思わずドキリと心臓が音を立て、何も言わなくても分かっているのではと思いつつ口を開いた。


『…あのねシャンクス、あの…』
「覚悟はあるのか?」
『!』


やっぱり、分かってた。


「危険だぞ?」
『……覚悟は、してます』


危険なのは承知の上。
それでも、私は…


『私に、剣を教えてください』


真っ直ぐにシャンクスの目を見て言えば彼はじっと無言で私の目を見返してきて。
ここで逸らしたら駄目だと、負けじとじっとシャンクスを見つめ返すと、少ししてから彼はにやりと笑った。


「俺は厳しいぞ?」
『…!』
「今日はもう遅い。明日から少しずつやってくか!」
『っ、はい!』


もう握りたくない、握ることもないだろうと思っていた刀。
だけど、この船のためになら、握っても良い。
いや、握りたい。
たとえこの船の人達がとても強くても、あの時のように何もできないでただ見ているだけなんて嫌だ。
新しい居場所をくれた大切な人達と肩を並べられるように、今度こそ護ることができるように。
もう、失うのは嫌なんだ。


『よろしくお願いします!』
「あァ、一流の剣士にしてやるさ!」


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