AnotherColor | ナノ


その年、ライは14歳になっていた。
教団にも慣れ、沢山の仲間ができ、大変なりにも楽しい毎日だった。
しかし、


『……っ、…』


ーーー黒の教団 歴史的大敗。


「…っ、く…」
「うぅ…ひっく…」


ホールにずらりと並ぶ、真っ黒な棺。
十字架の模様の下で、何人もの仲間たちが永遠の眠りについていた。
それぞれの棺では親しかった友人や仲間が肩を震わせ、棺に覆いかぶさり叫ぶ者も見受けられた。
ライはそんな惨状を、吹き抜けになっているホールの上の階から見下ろしていた。
身体中に包帯や絆創膏を付け、傷だらけの顔を辛そうに歪ませ、手すりを強く握りしめている。
ふと視線を動かした先に、見知った姿を見つけた。


『(……リナリー…)』


ライと同じように全身施術の跡が残るリナリーは、一つの棺の前で泣き崩れていた。
そんな姿に、ライの表情も更に苦しいものへと変わる。
と、不意に感じた後ろからの視線に、ライはゆったりと振り返った。
そこにいたのは、赤いショートヘアで片目を眼帯で隠した、すらりとした青年だった。


『……?』


初めて見る顔に、ライは怪訝そうな表情を浮かべた。


「ハジメマシテ」


この状況にどうしていいか分からないといった風な表情ながらも、へら、と笑って彼は言った。
なんとなくその笑顔に嫌なものを感じたライは、ふいっと視線を外すとまたフロアをぼーっと眺める。


「……ありゃ」


青年は頭を掻くと、静かにライの隣へ立ち、同じように下のフロアを眺めた。


「…辛いよな、こりゃ」
『…………』


ライがぐっと拳を握った。
惨劇に、ではなく、なんとなく青年の放つ他人事のような空気が嫌だった。
まるで自分ではない何かに心を動かされているかのような、なんとなく昔の自分と重なるそんな雰囲気が、嫌だった。


「オレ、ラビっていうんさ。こんな時にあれだけど、少し前にエクソシストとして教団に来た。ヨロシクな」
『…あなたは誰なの?』
「へ?だから、ラビって…」
『そのラビの中にいる、“あなた”は誰なの?』
「!」


ラビはじっと眼下から目をそらさずに言うライに目を見開くと、言葉に詰まったのか、あーとかうーとか言いながらぽりぽりと頬を掻いた。


「…悪いな、ワケありでホントの名前は捨てたんさ」
『……そっか』


困ったような微笑を浮かべたラビに、やっとライは視線を向けると、にこりと綺麗に微笑んでみせた。


「!」
『ライ・トキハ。よろしく、ラビ』


傷だらけの顔の、綺麗な笑顔。


『あなたの本当の名前なんてどうでもいい。ただ、あなたが誰なのかが知りたかった』


その不思議な違和感に思わずラビが見とれていると、それだけ言ってライはくるりと踵を返して歩き去ってしまった。
残されたラビはぽかんとライの去った方向を見つめた。


「あ…………嫌われちまったかなァ、こりゃ…」


そう呟くと、困ったように笑いながら未だに悲しみの漂うフロアへ視線を落とした。



* * *



「あん時のライ、めっちゃ綺麗だったけどマジで怖かった…」
『だってラビが気持ち悪い笑顔見せるんだもん』


びしりと言い放ったライにラビはショックを受けたようで、キモチワルイ……と呟きながら胸に手を当て項垂れた。


「しょうがないんさ…!あれは癖で…」
『まあほら、今は普通じゃん?ちゃんと、オレらの仲間のラビとしてここにいるじゃん。オレは今のラビ、好きだよ』
「すっぅ!?」


突然ほんのりと赤くなるラビに、リナリーはなんとも言えない笑みを向け、アレンは白い目を向け、神田は眉間に皺を寄せた。


「純情ボーイですか…」
「うるせっ」


ラビはアレンのツッコミに鋭く返すと、はーと息を吐きつつこてりと背を大木に預けた。


「でもそう言えば、最初の頃ライとラビが話してるとこあまり見かけなかったけど……そういうことだったのね」


リナリーが思い出しながら言えば、ライは困ったように笑った。


『んー……今だから言うけど、ちょっと苦手だった。ただ動かされてる中身の無い人形みたいで、なんか、昔の自分を見てるような…』
「はは…」
「でも、それがどうしてここまで仲良くなれたんですか?」


アレンの問いにライは懐かしそうに口元を綻ばせた。


『ラビと初めて一緒に行った任務でね…』


そして、また話し始めた。



* * *



ラビが入団して間もない頃、ライとラビに共同任務が課せられた。
その日の任務は割と楽なもので、イノセンスの回収もなくただレベル1のアクマの巣を壊しただけだった。
辺りを見回し、もういないだろうと一緒に来てくれたカリスという探索部隊の青年と教団へ帰ろうとしたその時。


「ライさんラビさんっ後ろ!!」


たまたまライとラビと対面するように立っていたカリスが、二人越しにレベル2のアクマを発見したのだ。
レベル2のアクマはレベル1達の残骸をぐるりと見ると、にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「ほォ〜!エクソシストが来テタ!来テた!ワタシと遊びマショ!遊ビマしょ!!」


両手を鎌に変え、まるで巨大なカマキリのような姿になったアクマが真っ直ぐに三人へ突っ込んで来る。
ライとラビはカリスを背に、イノセンスを発動してアクマと対峙した。


『カリス、下がってろ!』
「レベル2、どんなもんかお手並み拝見さ!」


ガキン、とアクマの鎌とライの水牙がぶつかる。
その横で、ラビが槌をアクマの胴を目掛けて振り払った。
まだ進化したてなのか、呆気なく吹っ飛ばされるアクマ。


「へへ、大したことねェさ!」


呆気ないものに、油断していたのが悪かった。
ラビが槌を背に背負い、へらりと笑う。


「ラビさん!!!」


一瞬だった。


「な…!?」
『!?』


どこからか飛んできた、先程のアクマの鎌。
それは静かにブーメラン状に空を舞い、ラビの背に突き刺さる、はずだった。


『カリス!?』
「な、んで…」


尻もちをつき呆然としているラビの目の前で、カリスの体が力なく崩れた。
その背には先程のアクマの鎌が深々と突き刺さっていた。


「ザァ〜ンねェ〜ん、エクソシストはハズレぇ?はズレェ?」


遠く、先程ラビに飛ばされ瓦礫に埋もれたアクマが、ガラガラと音を立てながら瓦礫から這い出でくる。
その手にあったはずの鎌が、一つ無くなっていた。


『カリス!しっかりしろ!』
「…は……ら、びさん…無事、ですか…?よか、た…」


アクマを用心しつつライが駆け寄ると、倒れるカリスの下からはじわりと赤い血が溢れ地面に染みを作っていく。
そんな状態にも関わらず、カリスはラビのことを心配し、その安否を確認して安堵の笑みを浮かべていた。


「お前……なんでオレなんか…」


地面に手をついたままふらふらと近寄るラビに、カリスは笑みを浮かべたまま途切れ途切れに言う。


「俺、エクソシスト達に、憧れてて……俺の代わりは、いくらでもいるけど…エクソシストは……貴方は、貴方しか、いない…から…」
『!』


そのままカリスは瞳を閉じた。
ライが確認すると、どうやら気絶しただけのようだ。


『…大丈夫、気絶し……!』


言いながらラビを見たライの目が徐々に大きくなっていく。
本人が気づいているのかいないのかは分からなかったが、未だ呆然と見開かれたラビの目から、一筋の雫が零れていた。


『……ラビ…』


ライの言葉を合図にしたのか、ゆらりと立ち上がったラビ。
無言で槌を巨大化させながら、ふらりふらりとアクマへ向かっていく。


「…………す…」
「ンん〜?」
「お前はぜってぇオレがブッ壊すって、言ってんだ!!!」


ラビの周りに丸で囲まれた地、天、木、火等の文字が浮かび上がる。


「お前もソイツみたイニ、ザッくり串刺しィ!」
「…黙れよ」


片手の鎌を構えてにやにやと笑うアクマにラビは無表情でそう返すと「火」の文字へ槌を押し当てた。
槌の表面が「火」の字の判子のように変わる。
そのまま地面へと槌を叩きつければ、ラビを中心とした広範囲の地面に丸で囲まれた「火」のマークが浮かび上がった。
それはライ達の足元や、アクマの足元にも広がっていた。


「あァん??」
「…劫火灰燼」


怪訝そうな顔をするアクマを無視して、ぽつりとラビが言った。
そして顔を上げると、アクマをキッと睨みつけた。


「火判ッ!!!」


ラビがそう叫んだと同時にアクマの足元から蛇をあしらった火の柱が立ち上り、あっという間にアクマを包み込む。


「グっ、ぅグガアアア…!」


そして呻くアクマを飲み込んだ炎の蛇は一度空高く登ると、その体を燃やしながらアクマを地面へと力強く叩きつけた。



* * *



『そのままレベル2は破壊完了。カリスはすぐに手当てできて、今も探索部隊として世話になってるよ』
「なっつかしいさぁ…オレ、あれからカリスには頭上がんねェもん」


ラビが頭の後ろで手を組みながら、眉尻を下げつつ口端を上げた。
だろうねぇ、とライが返す。


『…あの時にさ、ああ、この人もちゃんと人間として生きてるんだ、ってやっと分かったんだ』


そのままライはすまなさそうに視線を落とした。


『オレ、ブックマンのこと何も知らなくて…ラビはラビでいろいろ苦労してるのに、上辺だけ見てさ。何事も全部他人事の様に見てて、心のないロボットのような人だって思ってたけど、そんなことなかった。ホントはすごく人間らしくて、でもそれを必死に隠してただけなんだって』
「そんなこと思っててくれたんさ…」


しんみりとした空気を振り払うかのように、ライは、へへ、と笑ってみせた。


『その日からは、オレからラビに突っ込んでくのが多かったかも』
「あ、確かに。オレの知らない教団の抜け道とか教えてくれたりしたな」
「ええ!今度僕にも教えてくださいよ!」


ずるい!と口を尖らせるアレンにライはけらりと笑うと、いいよー、と快く了解した。


『なんかさー、ブックマンのなんやかんやはもちろんラビにとって大切だけど、たまにはちょっとでも忘れて一緒に心から笑えたらなーって思ったんだよねー』
「ライ…!」
『ちょ、泣くな兎…!』


ガシリとライの肩を掴んで、いい子さ…!とぶわあああっと泣き出すラビに、若干引きつつ困ったように笑うライ。
周りもつられたようにくすくすと笑いが起こる。


『前はオレがそうしてもらったから、今度はオレの番かなって』


リナリーと神田に向かってにっこりと笑ったライに、リナリーは微笑み、神田も口端を上げて応えたのだった。


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